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36.視察を終えて(テオドール)

翌朝、朝食をすませると視察団は荷物を積み込み王都へ帰る為に隊列を整えていた。


「殿下、途中まで護衛させて頂きます」

「ああ、ありがとう。世話になったな、良い報告ができそうだよ。伯爵あの件よろしく頼む」

「はい、かしこまりました」

俺は、見送りに来ている人の中にレイチェルの姿がない事に気付いて顔を曇らせた。

(レイチェル…朝食にも来なかったな……)

夜遅くまで庭にいたせいで、朝は寝坊しているものだと思っていたがまさか、見送りにも顔を出してくれないとは思わず…俺は、昨日何か気分を害する様な事をしただろうかと不安になった。

その様子を見たハリスは、俺の肩に手を置くと、

「殿下、心配しなくても大丈夫ですよー。ほら」

「ん?」

ハリスが指差した方を見ると、邸の扉が開き大きな篭を抱えたレイチェルが慌てて走って来るのが見えた。息を切らして俺の前まで来ると、

「はぁ…はぁ…ま、間に合った…。あ、あのこれよろしかったら食べて下さい。王都までお気を付けて…」

俺に大きな篭を差し出した。

「ふふっ。ああ、ありがとう。帰ったらレイチェルに手紙書くよ」

「はい。待っています」

俺は、レイチェルの可愛い笑顔を見て抱きしめたい気持ちを我慢すると、頭を撫でて「また来る」と言って馬車に乗り込み伯爵邸を後にした。



俺は、ソルフェージュの街並みを薄いカーテン越しに眺めながら窓枠に肘をついて頬をのせた。向かい側に座るハリスは早速いつものように、にこにこしながら話しかけて来る。

「殿下ー」

「ん?なんだ?」

「いい視察でしたねー色々と」

「ああ、そうだな」

「誤解も解けて仲良くなったみたいですしー。とりあえず?婚約者になって、髪飾りも渡せたんでしょ?」

「ちょっ!なんで知ってるんだよ!」

「それは、護衛ですから…?」

「はぁ…」

俺は、呆れた顔でハリスを見た。

(こいつ…いつから見てたんだ…)


「それにしても…」

「ん?なんだよ?」

「ちょっと、レイチェル嬢のそばにベッタリ居過ぎたんじゃないかなーと…」

「そっ…それは、レイチェルと親睦を深めるためにだな…必要だったんだよ…」

俺は、恥ずかしくなってプイっと窓の方へ顔を向けた。

「まぁ、そう言う事にしときましょうかー」

(確かに、調子に乗りすぎたかもしれないが…レイチェルと仲良くなる為に必死だったからな…。それに、レイチェルが可愛すぎるのが悪い)

側に寄ると恥ずかしそうに困って…顔を赤くして見上げて来る大きな青紫の瞳に俺は、ゾクゾクした。俺は、数日しか側にいられないこの貴重な時間をできるだけ一緒にいたかっただけだ。



「それにしても、驚きましたね…レイチェル嬢の能力…」

「ああ、スキルと能力だけじゃない知識もだが…想像よりも遥か斜め上を行く存在だったな。すでにクローズ領の噂は少しずつ王都にまで広がっているからな…。とりあえず信用できる護衛を一人送る事にした」

「ああ、例のあの人ですね。だったら安心ですねー」

「ああ…」

俺は、今回レイチェルの偵察に出した者が帰って来ない事を不信に思い。父に話をしてまだ、見習いではあるが影であるジャスパーの妹リズを付ける事にした。

「次に会えるのは、いつになるんでしょうねー?」

「ん?さぁな…俺は、忙しいからな…」

娘を心配する伯爵に協力する為、予定外ではあるが…俺はまたレイチェルと婚約する事になったが…

まさか、レイチェルが「小さい頃に約束した人がいる」なんて事を言うとは思わなかった。

レイチェルは、あの約束を覚えていたんだと嬉しくなったが反対に婚約を渋られて焦ってしまった。さすがに、「俺がテッドなんだ」と一瞬言ってしまおうかとも思ったが、とても戸惑っているレイチェルに話せる雰囲気ではなかった。何とか、説得して婚約をとりつけたが…

「レイチェルに愛する人が出来て…どうしても、嫌だと言うのなら破棄してくれても構わない…」

なんて心にもない言葉を自分で言っておいて傷ついている俺がいる。まぁ、絶対にそんな事はさせないが…。やっと、手に入れたんだ…手放すわけがない。


俺は、護衛達に休憩をとるように指示を出すと、レイチェルから貰った大きな篭の布を取って驚いた。

中には、色んな種類のサンドイッチとからあげやたまご焼き、他にも数種類のおかず。木箱には氷で冷やしたアイスクリームが入っていた。

「これを作ってくれていたんだな…。うまそうだ。一人じゃ食べきれないな…ハリスも一緒にどうだ?」

「いんですか?では、お言葉に甘えてー」

二人は、サンドイッチにカブリついた。


「あ、そう言えばー」

「ん?」

「視察に来た最初の日、レイチェル嬢と何かあったんですか?部屋から出て来た殿下の様子おかしかった気が」

「は?……別に何も…」

俺は、また、プイっと窓の外へ目をやった。

「えー、教えて下さいよー」

「………」

(教えられるかっ!レイチェルのあんな可愛い姿…ハリスに見られなくてよかったな…)

あの時俺は、止める侍女の言葉もきかず、レイチェルがいるであろう部屋の扉を開けた。本当であれば女性に対してこんな事をしてはいけないのだと言う事は分かっていたが…あの時の俺は嫉妬で気持ちに余裕がなかった。

扉を開けた俺は、目にした光景に驚いた…

ベッドの上に可愛い姿でちょこんと座るレイチェルは、二年前の少女とは思えない程、ふくよかな胸と細い腰…肌は白く綺麗で…目が離せなくなった。

(ああ、なんて綺麗なんだろう…もしかしたら、花の妖精なのではないだろうか?)

そう思わずにはいられなかった。

まぁ、声を掛けられるまで見ていたのだが…。あれは、下着なのか?本当に良いひと時だった…。その後も、あの街の少年の話は勘違いだったし、初めて抱きしめたレイチェルは、俺の腕にスッポリはまって小さくて柔らかくて良い匂いがして最高だった。俺はあれから癖になってしまったのか、レイチェルを見ると抱きしめたくなってしまう。

(俺は…相当、重症だな)


「殿下ー、聞いてます?」

「おまえは、黙ってサンドイッチを食え!」

俺は、サンドイッチを掴むとハリスの口に押し込んで蓋をした。

「んぐっ!」

あのレイチェルの姿は、俺だけの宝物だ。絶対に他の奴らに見せないと心に誓った。



2日後、王都に到着した俺は国王陛下である父に報告をした。

「そうか、なるほどな、その謎の旅商人の足取りは分からないのか」

「はい、調べましたが分かりませんでした」

「仕方ない…まぁ、ご苦労だった。で、その荷物はなんだ?」

「伯爵からの献上品です。きっと、父上も気に入ると思います」

「そうか、後で中を見るとしよう…下がっていいぞ」

「………」

俺は、そこに立ったまま父を見つめた。

「テオ?まだ、何かあるのか?」

「はい」

「なんだ?言ってみろ」

俺は、懐から婚約の契約書を出して父に手渡した。

「これは…」

「はい、レイチェル嬢との婚約契約を結んでまいりました」

「テオ…お前!」

父は、少し眉間に皺を寄せたがため息をついて額に手を当てさすった。

「婚約式もせず婚約契約をすませた事は、申し訳ないと思っています。ですが、父上…今は、何も言わずこのまま内密に受理していただけませんか?」

俺は、深々と頭を下げた。

「……婚約発表は、どうするんだ?」

「それは、時期が来たら…したいと思います」

「ふむ…わかった。だが、王妃には自分で話しなさい。理由が曖昧過ぎて説明できん」

「はい、わかりました。ありがとうございます。父上」

(よし、これでレイチェルは、俺の婚約者だ)


俺は、母にも話を通し。レイチェルに王都に着いたと手紙を書いた。

(また、しばらく公務と学園か…レイチェルは今何をしてるんだろうな…)

遥か遠く辺境の地の彼女の事を思って今日も俺は、忙しい毎日を送る。

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