35.眠れない夜
その日の夜
ベッドに入った私は、何度寝返りを打っても寝付けなかった。
「………」
ふと窓の方を見ると薄いカーテン越しに綺麗な満月が浮かんでいるのが見えて、身体を起こした私は夜着の上にガウンを羽織ると誘われる様に夜の庭へと足を運んだ。噴水の側のベンチに座って星空を眺めていると。
「眠れないのか?…」
「……っ!」
突然後ろから声がして私の肩がビクッと跳ねた。振り返るとそこには夜着姿の王子が立っていた。
「テオ様もですか?」
「ああ…色々考えていたら眠れなくてな…」
「そう、ですか…」
王子は私の隣に座ると同じように夜空を見上げている。
「「………」」
しばらく二人は黙って綺麗な満月と満天の星空を眺めた。
「……この一週間、楽しかった。視察もいい報告ができそうだよ」
「それは、良かったです」
私は、隣に座る王子を見上げて笑った。
「レイチェルとも、誤解が解けて仲良くなれたし…」
「そうですね…。私…あんな事があって…王族なんて我儘で自分勝手な人達なんだと思ってました」
「そうか…」
「はい。……でも、全然違いました。私を守ってくれて本当に感謝しています。でも、やっぱり少し我儘な所はあるみたいですけどね……」
そう言って、私は王子をチラッと見た。
「……フッ、ハハハハ、そうだな」
仕事の時とは違いプライベートの王子は私の前でよく笑ってくれる。ハリスさんが殿下は氷の王子と呼ばれていると言っていたけどそんな風には見えない。
「あ、テオ様に私のお気に入りの場所を教えてあげます」
「お気に入りの場所?」
「はい、こっちです」
私は、なんとなくお気に入りの場所を王子に教えたくなって、立ち上がると無意識に王子の手を取って庭を歩き出した。細い垣根の道を抜けて大きな一本の木がある場所をめざして。私の後ろを歩く王子が繋いだ手を見て顔を赤くしている事にも気付かずに…。
「ここですよ」
そこは、大きな大木を中心に円を描くような広場だった。人の気配に反応した様に地面の暖色の外灯がホワッと灯る。右には滑り台と二人がけのブランコがあり、左の小さな池には、赤い魚が泳ぎ水花が浮かんで美しかった。
繋いだ手を離した私がブランコに腰掛けると王子も隣に座る。
「いい場所だな……」
「そうでしょ?ふふふっ」
私は、ここから見る星がとても好きだ。誰にも邪魔されず前世では見た事のない沢山の星を見る事ができる。でも、ずいぶん前に夜抜け出してここで星を見ながら眠ってしまって、あくる日大騒ぎになって激怒した父に一人で夜あの場所に行くなと怒られて以来…夜はほとんどここへ来ていない。
(今日は、テオ様が一緒だしいいよね)
「「………」」
「レイチェル」
「はい…?」
王子は、こちらに身体を向けて私の手を握った。
「俺は明日王都に帰る…。もし、何か困った事があった時は力になるからすぐに知らせてくれ。急いで駆けつける」
「はい、ありがとうございます」
「それと……」
(???)
王子はポケットに手を入れると、綺麗な髪飾りを取り出した。その髪飾りは、たくさんの四葉のクローバーの細かい細工にひし形の魔石が嵌め込まれ月の光に照らされキラキラと輝いて見えた。
「すごくきれい…ですね」
「ああ、これは、ずいぶん前にレイチェルに贈ろうと思って買ったものだ」
「え?」
王子は、その髪飾りの留め金を外すとそっと私の髪に留めた。
「この髪飾り、受け取ってくれないか?」
「え?でもこんな高価な物頂くわけには…」
「たいした物じゃない。ちょっとしたお守りだ。できればいつも身に着けていてほしい」
優しく微笑む王子に、これ以上断る言葉を掛けられなかった私は、素直に受け取る事にした。
「はい。ありがとうございます。大事にしますね」
「ああ」
王子はそっと髪飾りに触れて、そのまま髪をすくい取ると毛先に顔を近づけてキスを落として私を見つめた。
「…っ!」
月の光を浴びて妖艶にも見えるこの状況に私の心臓は煩く鳴って、しばらく動く事ができなかった。
(…なんでこんなこと…だめだ…落ち着け…落ち着け私…)
私は、俯くと目をつむって深呼吸した。その様子を見て、ふふっと笑った王子は、
「少し身体が冷えてしまったな。そろそろ邸に戻ろう、部屋まで送るよ」
と、立ち上がって私に手を差し伸べた。
「…はい」
(あれ?笑われた?…からかわれたのかな私…)
そのまま自然に手を繋ぎ黙って前を歩く王子に戸惑いながら私は部屋まで送ってもらった。
私は、ベッドに入ってもすぐには眠れず……髪飾りを手に取り眺めながら考える。
(テオ様は、すごく私に優しくしてくれる。でも、それは私を守る為に父と協力すると約束したから。きっと、私の事を妹の様に思ってくれているのだと思う。今回の婚約も公にしないと言っていたし…本物の婚約者じゃないから隠しておきたいのだろう。いずれ、テオ様にも本物の婚約者が現れるはず、そうなれば、この婚約も白紙に戻るだろうから。それまでに私は自分の身は自分で守れるようにならなくてはならない。もしかしたら、テッドが迎えに来てくれるかもしれないから。だから…)
私は……今、心の中にある焦がれる気持ちに蓋をする事にした。
髪飾りはランプの光に照らされキラキラと輝いている。
青くてひし形の魔石は、角度を変えると紫にも見えた。
「不思議な魔石ね……きれい」
私は、空が少し明るくなる頃、やっと眠りについた。




