31.伯爵から告げられた事実(テオドール)
クローズ領に到着して3日目
俺は午前中ソルフェージュの街の視察を終え、昼食をすませた後、伯爵の執務室へと足を運んだ。
(大事な話か…あの時伯爵は、ずいぶん真剣な顔をしていたな…)
ハリスが執務室の扉を叩き。「どうぞ」と言う声を聞いた後、俺だけ執務室へと入った。
「殿下、今日も街の視察お疲れ様でした」
「ああ、いい街だった。ルピナスも繁盛しているみたいだな。フィッシュカツサンド美味しかったよ」
「そうですか、レイチェルも喜びます」
俺は、今回の視察でレイチェルが街に与えている影響を思い知った。フィッシュカツもそうだが揚げ物料理を考案したのはレイチェルらしい。邸の夕食でも口にしたがサクサクの触感のする料理とあの濃厚なソースは王都でも食べた事がない。街の出店や飲食店でもその影響を受け、揚げ物料理や自家製ソースを使っている店も多かった。そして、街には数か所憩いの広場があり誰でも使えるように男女に別れたトイレと子供が遊べる遊具や休憩できるベンチが設置されていた。街もゴミがほとんど落ちておらず色んな所にゴミ箱が置かれ清掃員が街を綺麗にしている。伯爵はレイチェルから頼まれたのだと言う。
そして、今頃クローズ領に派遣した護衛が街で見つかった。護衛の話だと前に来た時と様子が変わっていて調べているうちに居心地が良くなり報告が遅れたのだと言う。呆れたが確かに事前にもらった書類とは様変わりしていて驚くのも無理はない。視察が終わったら一緒に帰るよう話をした。
しばらくの沈黙の後、伯爵は真面目な顔で話しはじめた。
「うちの娘の事を大事に想ってくれる殿下にしか頼めない事があります。今回の視察の事を含め協力して頂きたいのです」
「分かった。とりあえず話してくれ」
「はい…。まず、今回の船乗りの病を解決したのは、レイチェルです」
「え?!」
伯爵は、その経緯を話してくれた。
「なるほどな、なんでそんな知識を持っているのか不思議だな」
「それは……殿下、 信じられないかもしれませんが、……レイチェルは、前世の記憶を持っています。ここの世界よりもっと進んだ文明の知識です」
「え…?そんな、事が、あるのか……?」
俺は、予想外の理由に驚いた。
(前世の記憶?進んだ文明の知識……だと?)
「はい、あのフィッシュカツサンドも…今まで料理を教えた事がないのに簡単に作ってしまった。船乗りの病もそうですが、レイチェルの助言通りに街を綺麗に清潔にする事で病気になる者が減ってきているんです。ああ、それと、せっけん工房には、行かれましたか?」
「ああ、見て来た。孤児院の子供達や生活に困っている者が働いていた。せっけんもすばらしかったよ」
「そうですか、よかった。せっけん工房もレイチェルの案ですよ。ディオスの港町の冷凍倉庫も…表向きには、私が動いてますがね。裏でレイチェルは、領民の為に頑張ってくれています。本当に優しい子なんです…」
「…っ?!」
(そうか、せっけんも冷凍倉庫もその知識を使って…民の為に…)
伯爵は、執務机の上に用意してあった船乗りの病気の症状、原因と対処方法、予防方法をまとめた書類を王子に渡した。
「…そうか、なるほどな…」
その書類に目を通している俺に、伯爵は話を続けた。
「そして、レイチェルは……全属性持ちです」
「なん…だと…っ?!」
思わず手元の報告書を持つ手にグッと力が入り皺が寄った。
「殿下、このまま陛下に報告すれば…レイチェルの噂はあっという間に広がり危険に晒され、普通の令嬢としての生活をする事もできなくなるでしょう。娘の幸せの為にも…どうか協力して頂きたいのです!レイチェルを守っていただけますか?」
伯爵は、握りしめた拳を膝に置き深々と頭を下げた。
「ああ、伯爵 頭をあげてくれ…分かった。大丈夫だ」
(前世の記憶と知識…全属性持ち……?父上が手元に置きたがるだろうな。俺の婚約者ではなく兄の婚約者に…そんなの耐えられない。それだけは絶対に避けたい。船乗りの病の件もレイチェルの知識だと分かれば神殿もほっとかないだろうな聖女に祭り上げられてしまう可能性も……)
俺がしばらく無言で考えていた事が気になったのか、伯爵が静かに問いかけてきた。
「殿下、……レイチェルの事が怖くなりましたか?」
「ん?いや、俺の気持ちは変わらない。話を聞いてもっと大切にしたいという気持ちが沸いた。俺は何があってもレイチェルを守ると誓う。今回の視察の報告だが、レイチェルの名前は一切出さない。他国から来た謎の旅商人に口伝えで治療方法を教えてもらった事にする。ギルドや港町の船乗りにも手を回してくれ。噂を流すのもいいな。レイチェルには俺から話す事にするよ」
「そうですか、殿下、ありがとうございます。ではその様に進めます。ああ、それとレイチェルに話されるのでしたら、……スキルも見せてもらうといいですよ。それも内密にお願いします。驚きますよ?」
「そうか、分かった」
(まだ何かあるのか……?)
伯爵は、安心したのか笑顔を作り執事を呼んでこれらの対策を練る事にした。
今回、隠し通したとしてもクローズ領でのレイチェルの影響は大き過ぎる。いずれ商人などを通して王都にまで色んな噂が広まるのも時間の問題だ。
(それにしても、このままではレイチェルは無防備すぎるな……)
「伯爵…大事な話がある」
「何でしょうか?」
伯爵に俺の考えを打ち明けた。
「なるほど…分かりました。その話お受けしましょう」
「ああ、ありがとう」
(レイチェルには悪いがやっぱり外堀は埋めさせてもらうよ。これで心置きなく守る事ができる…)
さっそく俺は伯爵とその計画を進める事にした。




