30.木箱の中の食材達
夕方馬車は邸へと到着した。
「レイチェル、着いたよ」
「んん…う?……っ!」
「おはよう。レイチェル、寝顔可愛かったよ」
「……っ!」
いつの間にか馬車の中で眠ってしまっていた私の隣には、王子の爽やかな笑顔があった。私は堪らず顔を両手で覆って気持ちを落ち着かせ様とするのだが、今度は耳元で、
「気分悪いの?大丈夫?」
「歩けないんだったら、抱っこしてあげる」
と、囁くものだから…落ち着ける訳がない。
(ああ、近い…近すぎる。ありえないから、心臓…もたないから)
王子の話によると馬車の揺れで頭を打ちそうになっていた私を支えてくれていたそうだ。
(よだれ垂れてないよね?…そんな所見られてたら最悪だわ…お嫁にいけない…)
とりあえず、口元に手を当てて大丈夫な事を確認した私は、先に馬車から降りた王子にエスコートされて邸へ入ったのだが、父やマリー、母と帰りを待っていた使用人たちの視線は、とても生暖かかった…。
(だって、王子のエスコートを…断る事できないよね…?)
夕食は、早めに港町で済ませた為そのままみんな自分の部屋へと戻る事になって、すごくホッとした。
自室で楽なワンピースに着替え、マリーとお茶を飲みながら休憩する。
「ねぇ、マリー?」
「はい、なんでしょう?お嬢様」
「…小腹すかない?」
「でしたら、お夜食を用意してまいりましょうか?」
「…その夜食なんだけど、今から作りにいかない?一緒に!」
「今から…ですか?…お菓子を作られるのですか?」
「ううん、お菓子じゃないわ。でも、美味しい物よ!」
「しかし、視察でお疲れでは?」
「大丈夫!馬車の中で寝てたから、マリーは?疲れちゃった?」
「私は、大丈夫ですよ。ほぼ馬車で待機してましたから、って…お嬢様、馬車で寝てらっしゃったのですか?!王子の前で?」
「うん…よだれは垂らしてなかったよ。確認したし…」
「はぁー…。お嬢様らしいですが…無防備すぎます」
マリーは、額に手を当てて大きなため息をもう一度ついた。
結局、エプロンをつけて私とマリーは、厨房へと向かった。
夕食の後片付けをしている料理人達に厨房の使用許可をもらい馬車から持って帰って来た木箱を運んでもらった。その様子を見てマリーは嫌な予感がしたのか顔を曇らせた。
「お嬢様…今から何を作るのですか?」
マリーをよそに料理人達は興味津々で私に注目する。
「ふふふっ それはね…これよ!」
私は手袋をはめると木の箱の中から、ゴツゴツとしたからだの長い脚の生えた生き物を取り出した。
「ひゃあ!えええ?お嬢様?!そんな生き物触ってわ…!」
「これは、カニと言ってとても美味しいのよ!もう、死んでるから触っても大丈夫よ」
「「「!!!」」」
みんなは目を丸くして少し後ずさった。
「本当に?…本当にこれを食べるのですか?すごく硬そうですよ?」
「もちろん、食べます!さあ、手伝ってね」
大きな鍋にたっぷりの水と塩を入れて、沸騰したら洗ったカニの甲羅を下に向けて入れる。15分程度したらできあがり。
蓋を開けるとカニの匂いがフワッと厨房に充満した。マリーと料理人達は嗅いだ事のない匂いと赤くなったカニに毒でもあるんじゃないかと怯えた。
アツアツのカニを風魔法で少し冷まし。
「じゃあ、さっそく食べてみましょう」
私は、脚を食べやすいように包丁で切れ目を入れるとパキッと折って中から出てきたぷりっぷりの身にかぶりついた。
「はむ…んん………」
「お嬢様?大丈夫ですか?やっぱり、毒味した方が…」
マリーは心配そうに見つめる。
「ああ、…すっごく美味しい!最高!」
私は、心の底から声を上げた。
(久しぶりのこの味、この触感、塩で茹でただけなのに甘みがあって、ああ、美味しすぎる。ポン酢がほしい。それとごはんも…ああ、ごはんが恋しい…)
周りのみんなは、驚いた。
((あのゴツゴツした赤い生き物が美味しい?))
「じゃ、じゃあ……私も食べてみますね」
マリーは、私が余りにも美味しそうに食べるものだから、確認してみたくなったのだろうか、恐る恐るカニを掴んで口に運ぶ。周りの料理人達も「私も!僕も!」と恐る恐る試食した。
「「「…美味しい!」」」
「ふふふっ、でしょ?まだ、あるから全部調理しちゃいましょ!」
「「「はい!」」」
料理人達は、喜んで調理をしてくれた、私とマリーはカニを堪能する。
「本当に美味しいですね…驚きました」
マリーは、カニを気に入ったのかとても嬉しそうだ。
「良かったわ。ふふふっ」
沢山のカニが茹で上がった所で、厨房の入口に伯爵が立っている事に気付いた料理人達は、サーッと離れて後片付けに戻って行った……。
「え?あれ?みんなどうしたの?」
料理人達の焦った様子を不思議に思った私の背後で父の声が聞こえて来た。
「レイチェル!……、この匂いは何だ?」
「うひゃ!」
父の声にびっくりして飛び上がりそうになった私は、思わず変な声が出てしまった…。ゆっくりと振り返るとそこには、父が立っていた。その後ろに母まで。
(まずい…、怒られる…)
「あ…、お父様?えーっと、これは…か、カニです……」
「ふむ…」
前に腕を組んだまま、私の隣まで来るとカニを見て黙り込んでいる。
「………」
すると、今度は王子の声がした。
「これはカニと言うのか?」
「え?!」
いつの間にか左隣に座っている王子は、見た事もない茹で上がった赤いカニのハサミを掴んでいた。
「え?殿下まで?何で分かったんですか…?」
「厨房の方が騒がしいと護衛から報告があって様子を見に来たんだよ」
「なるほど…」
(確かに、あまりの美味しさに騒いでいたかも…)
「俺は執事からまた、レイチェルが報告もなく何かしていると聞いて来たんだよ」
「あ、…その…、ごめんなさい…」
父は、はぁー…とため息をついて額に手を当てた。
「私は、面白そうだったからついて来たのよ?ふふふっ」
「そうだったんですね…」
その頃マリーはと言うと、厨房の隅で執事の父と侍女長の母に注意されていた。
(ああ、ごめんね。マリー、また今度いっぱいカニ食べようね…)
「レイチェルこれを食べてたの?」
興味津々の母は、早く食べたいと言わんばかりに私を見つめて来る。
「はい、美味しいので食べてみて下さい!」
私は、3人にカニの脚を食べやすい様に殻を取り除いて渡した。
3人は、受け取ると恐る恐る口に運ぶ。
「「「!!!」」」
「見た目はあれだが…美味しいな…。あの木箱に入っていた生き物か…ふむ」
私は、父の眉間の皺がなくなってホッとした。
「こんな味はじめて食べるわ!」
「意外だな、甘みがあってうまいな」
「でしょ?あ、マヨネーズをつけても美味しいと思いますよ?」
「…っ!誰かマヨネーズを持って来い!」
父の言葉に慌てて料理人がマヨネーズを持ってくる。
あんなに沢山あったカニの脚はあっという間になくなって、食べずらい部分の身は明日の食事に使う事になった。昆布は干して、たこも調理してみたけれど、うねうねぬるぬるした見た目からみんなに不評で今度たこ焼きを作る時の為にインベントリーに収納した。
父は、後日港で今まで捨てていたカニを食料として広めた。王子も陛下に食べさせたいと視察が終わったら凍らせて王都へ持ち帰る事になった。
近い将来、国王陛下に献上されたカニはディオスの名産品になる。




