24.街をきれいにします
私は、今…目の前の光景にショックを受けていた。
(あ…これは、どうにかしないといけないわ…こんなのダメよ)
顔は、みるみる青ざめて…フラフラした足取りで馬車に乗り邸へと帰った。
なぜそうなったのか…それは、3時間前に遡る。
私は、朝から父とディオスの港町へと来ていた。父に冷凍技術について熱弁した私は、
父に「そんなに必要だとは思わないが、それだけ言うならやってみろ」と言われ。
やけくそで、数日かけて試行錯誤し、まずは邸用の冷凍庫付き冷蔵庫を作り上げた。冷凍すると食品が長持ちする事を証明した結果、トントン拍子で港の市場に冷凍倉庫を建設する事になったのだ。冷凍倉庫の冷凍設備だけレイチェルが創造の扉を使って作る事になりイメージを膨らませる為、建設途中の倉庫の視察に来たと言う訳だ。
(ふむ、木造だけど内側は地面以外鉄板で作られてるのね…イメージはだいたい出来たけど…出られなくなった時の対策と凍傷についても…話し合わないと)
帰りの馬車の中、父と危険と対策について話し合い、ルピナスに寄るからとソルフェージュの街で馬車から降ろしてもらった。帰りは、マリーが馬車で迎えに来てくれる予定だ。
ルピナスを開店してから数か月経ちメニューの品数も増えた。私は時々お店の様子を見に訪れるのだが…。ちょうど、大通りの噴水前のベンチに座った三人の男達がルピナスで買ったであろうフィッシュカツサンドを食べる所だった。
「あそこの店のこれうまいよなー」
「俺いつも昼飯ここのフィッシュカツサンド食ってる」
「わかるわかる」
(う…嬉しい!割引券でもあれば配ってあげたいくらいよ!)
三人は、紙の包みを破るとガツガツと食べ出した。しかし次の瞬間その紙の包みをポイっと地面に捨てたのだ。
(…えっ?!)
そして、素手でカツサンドを食べているのだが…手が汚れていたのか白いパンには、手の汚れがくっきり付いていて…そのまま、汚れ事食べてしまったのだ。3人の男達は、食べて満足したのか地面に落ちたゴミをそのままに去って行ってしまった。
私は、茫然とした…。さっきまで、自分の店の事を褒められて嬉しいと思っていた事が嘘の様に消え去ってしまった。…今は、すごく虚しい気持ちでいっぱいだった。
その地面に落ちたゴミは、そこだけじゃなかった。周辺至る所で捨てられたゴミは、誰も拾う事なく踏みつけられ無視され転がっている。店の前を掃除している人もいるのだろうが、きっと狭い路地を入ればゴミだらけなのかもしれない。
(ああ…これは、どうにかしないといけないわ…こんなのダメよ)
…お分かりいただけただろうか?
自分のお店の包み紙がポイポイ捨てられている光景を見れば顔も青くなるでしょ?
フラフラした足取りで馬車に乗りマリーにすごく心配されながら邸へと帰った私は、あのゴミをポイ捨てされた場面と手形のついたパンを食べる場面が忘れられなくなっていた。
(私の大好きな街が…汚れていくのは許せないわ…)
自分の部屋に戻って机に向かって考え込んだ。
マリーが心配そうに
「お嬢様、少し休まれた方がいいですよ?」
と、言って来たけれど、
「大丈夫よ。お茶を入れてくれると嬉しいわ?」
と、にっこり笑って対応した。
(マリーごめんね。今は、休んでる気分じゃないのよ)
トントン… トントン…
ペン先が机の紙を叩く
「うーん…」
(あんなに不衛生だとは思わなかった)
手を洗う習慣がないのだろう。私達貴族と生活環境が違ったのだ。邸のトイレは浄化装置の魔道具がついているし手洗い場もある。お風呂は蛇口をひねればお湯が出る。しかし魔道具は、高額なものも多い為庶民はトイレに排泄物を吸収するスライムを飼い手洗い場を設けている所は少ないようだ。お風呂も共同の井戸から水を汲んできて温め身体を拭くだけの人もいる。魔法で水を出せばいいのに?と思うだろうが生活魔法が使えると言っても魔力量が少ない為ペットボトル1本分くらいしか出ない。なので庶民は基本的に魔法をあまり使わず生活している。調べれば調べるほど違いを見つけてしまう。私は、頭を抱えた。
(貴族と庶民の差を思い知らされた…。でも、このままじゃいけない)
「やっぱり、せっけんを作らないといけないわね」
今世のせっけんは、錬金術を使って作られた無色透明の液体で泡は少ししか出ないが汚れはよく落ちる洗浄液。邸では普通に置いてあったから気付かなかったけれど、高級品だったらしく一般的にはB級品の物が出回っている程度。
前世の様に科学技術が発展していない為、苛性ソーダなどの材料はないし、昔ながらの灰と油から…と言うのも品質的に良い物が出来る気がしない…。
(だったら、代用できる物があるはずでわ?)
私は、椅子から立ち上がり秘密基地へ入るとノートパソコンを開いた。そう、検索を使う事にしたのだ。
(ええ、チートですよずるしますよ)
「えーっと、せっけんの作り方は……フルルの実の粉末…油と水と香油…無害なの?なるほど…」
やっぱり、代用できる物があった。私が、紙に書き留めていると、
「お嬢様、お茶をどうぞ」
マリーがお茶を用意してノートパソコンの画面を不思議そうに覗きこんだ。
「この絵は…フルルの実ですか?」
「そうなの…え?マリー知ってるの?」
「はい、お庭にもありますよ?」
「え?庭に?!」
「お嬢様も知ってるはずです。白と黄色の大きな花が咲く木ですよ」
「ああ、あの夏に咲く…?街でもいたるところで見たような」
「あれがフルルの木ですよ。実は食べられないですけどね」
「今…実がなってるかな。マリー庭のフルルの木まで案内して!」
「はい!行きましょう。お嬢様」
邸の裏手畑の横にフルルの木があった。今はもう花は枯れて茶色の実が沢山なっている。
「これ!この実が欲しかったの!」
「お嬢様、この実を何に使うのですか?」
「せっけんを作る材料になるの」
「え?!じゃあ沢山収穫しましょう!」
二人は持って来た大きな篭に入るだけ実を採って帰り、皮をむいて大きな白い種だけを取り出す。種は、前世で言えば少し大きなマカダミアナッツに似ていた。
数分後……。
「ふぅ…、これは人数がいないと大変な作業だわ……手が痛いわ」
「そうですね……」
「「……」」
少しナイフで切り込みを入れるとみかんの皮のように剥けるのだが…収穫した数が多くてなかなか終わらない。とりあえず、一篭分だけ種を取り出して後は手の空いた使用人達に任せる事にした。
「……お嬢様、今日は、何かあったのでしょ?」
「………」
「よかったら、話してみませんか?」
フルルの実を剥きながらにっこり笑っている。
「マリーには、かなわないな…。あのね。今日、港町の帰りにソルフェージュの街に寄ったでしょ?そこでね……」
私が今日見た事思った事をマリーに話した。
「そうですか、確かに貴族と庶民では、生活環境は、まったく違いますからね。困惑するのは当然です。でも、お嬢様は何とかしたいのでしょ?」
「ええ、そうよ。どうにかしないと、あの時の光景を思い出して辛いのよ」
「それで、このせっけんなのですね?」
「ええ、前に衛生面の話をしたと思うのだけど、手の汚れには身体によくない物が沢山含まれているの、だから、トイレに行った後や食事をする前には特に綺麗にしないといけないわ。このせっけんが出回れば少しでも意識して手を洗ってくれるんじゃないかって思うの。ルピナスにも行列に並んでる間に手を洗えるように手洗い場を作ろうと思ってるわ」
「素晴らしい考えだと思います!わたしも全力でお手伝いいたします!」
「ありがとう、マリー。試作品が成功したら、石けん工房を作るのもいいと思わない?簡単なこの作業なら孤児院の子供達でもできるし、働いた賃金はギルドに貯金して将来孤児院を出た時の支度金にもなるわよね…」
「いい考えだと思います。生活に困った人の雇用も増えれば飢えて死ぬ者も減りますし…」
フルルの実を黙々とむきながら、二人は色々考えを巡らせた。
「ああー、やっと終わった。後は、種を乾燥させて粉末状にすれば材料は完成ね」
「あの量、大変でしたね。お疲れ様でした」
二人は、両手を伸ばして背伸びをした。続きの作業は明日以降にまわして、使いすぎた手の指をお茶を飲みながら労る。
「残りの材料は、植物性油と精製水と香油…植物性油は、厨房にあるわね。精製水は、魔法で出せばいいし。香油は…お母様が持ってる」
私はまだ社交の場に顔を出す事もないので高価な化粧品も香油も持っていない。街に行く時も常にすっぴんで出歩いている。化粧をしたのは、今までで1度だけあの婚約拒否をされた日だけだった。
私は、さっそく母を訪ねる事にした。
コンコン
「レイチェルです」
「どうぞ」
「それで?用事があって来たのでしょ?」
「あの、お母様の香油を少しわけて頂きたいのですが…」
「香油を?」
「はい。せっけんの材料にするんです」
「せっけん?」
母が理由を聞きたそうに見ているので私は、せっけんの事そして今日の出来事を話した。
「そう…そんな事があったのね。分かったわ。必要なだけ持って行きなさい。足りなければ手配してあげるわ。そのかわり、試作品が出来たらちゃんと私達に報告する事。わかったわね?」
「はい!お母様ありがとうございます!」
私は、ギュッと母に抱きついた。
次に父にも相談する為、執務室へと足を運んだ。
「レイチェル、どうしたんだ?」
執務机に着き書類に目を通している父は、方眉を上げた。
「あの、実はお願いがあります」
私は、今日の出来事と対策について話をした。
ディオスと街を綺麗にする為、ディオスとソルフェージュの街にゴミ箱と清掃員配置、憩いの場所兼外出時排泄場所として空いた土地に公園とトイレの設置を頼んだ。それから、せっけんを制作する事も話した。
「そうか…、そう落ち込むな、わかったよ。ゴミ箱の設置、清掃員の配置それから公園だったか?本当にいいのか?ルピナスの利益から出費しても」
「はい、お願いします。あ、それと公園には公衆トイレの設置手洗い場付きでお願いします」
「公衆トイレか…なるほど、検討しよう。レイチェル、領民の事を考え行動してくれた事すごく嬉しいぞ!俺とは目の付け所が違うな。さすが俺達の娘だ!」
父は、落ち込んでいる私の頭を嬉しそうに撫でた。今まで街のゴミは、傭兵達が見回りのついでに邪魔なゴミだけ拾っていたらしい。
「わたしなんか…まだまだです。今回の事で思い知らされました」
「庶民の暮らしを知る事は大事な事だ。成長したな、これからも頑張りなさい」
「はい、お父様」
それから数日掛けてマリーと一緒に作業を進めた結果せっけんを作る事に成功した。
さっそく試作品で手を洗ってみる。
「お嬢様、すごく泡が出ますね!洗った後もすべすべですよ!」
「ふふふっ、あわあわサイコー!」
私は、親指と人差し指で輪を作ってせっけんのまくを作り息をふーっと吹きかけた。せっけんのまくは、シャボン玉となってふよふよと宙を舞う。
「ほわぁ!なんですかそれ?きれいですねー」
(せっけんに砂糖をいれたらシャボン玉液できるんだったかな?)
「次は、何を作りますか?」
マリーは、手をまたあわあわにして私にキラキラな笑顔をむける。
「そうね…。次は、ゴミ箱に貼る張り紙の作成かしら?『ゴミはゴミ箱へ!』ってね」
「なるほど。お嬢様、なんでもお手伝いします!」
「ありがとう、マリー」
せっけんは、香油の入った物と入ってない物を作った。香油入りは少し高価になるが、入ってない物なら庶民でも買える価格で販売できるだろう。
(着色したり可愛い形をしたせっけんもいいな…。考え出したら止まらなくなっちゃう)
さっそく色々工夫して商品開発していけるように簡単な書類と試作品を持って父に報告すると「よくやった!」と褒めてくれた。母には、試しに作ったバラの香料とピンクの着色料を入れたせっけんをプレゼントするとすごく喜んでくれた。せっけん工房の話もすぐに許可が下りて後は父に任せる事にした。
せっけん工房は、数年後レイチェルのアイデアであふれた色んな物を開発する研究所となる。




