16.任務遂行 (ジャスパー)
薄いピンク色のドレスを着てキャラメル色のふわふわの長い髪を風になびかせて茶色の瞳で遠くを見つめる。囮令嬢は、一人ベンチに座りため息をついた。
(俺はなぜドレスなんか着てこんな所に座っているんだろうか……)
俺は、陛下の影だ。いつも姿を現さず闇に紛れ任務を遂行する。変装は何度かした事があるがこの様な可愛らしい女装をするのは苦手だ。ましてや王城の庭園で真昼間にベンチに座り、殿下とイチャイチャする演技など……もう勘弁してもらいたい。
いつもより近い植え込みの陰から誰かがこちらを睨みつけているのが見えた。
(ずっと見てるな……。作戦は成功の様だが出てきてくれるだろうか)
俺は、レースの扇をひろげ分からない様にその人物を監視した。
しばらくすると、その植え込みがガサッと揺れ侍女服を着た女がこちらに駆けて来た。茶色の髪を三つ編みに結び緑の小さな瞳をした女は、寝不足なのか目の下に大きな隈を作った目で俺を睨みつける。そして、俺の前まで来ると自分のポケットに手を突っ込み果物ナイフを取り出しこっちに刃先を向けて来た。
(ああ、この女終わったな。刃物なんか振り回したら罪が重くなるだろうがまったく…)
そして、ナイフを持った手をプルプルさせながら、女がいきなり大きな声をあげた。
「で、殿下は、私のものよ!あ、あなたには渡さないわ!」
(は?)
「さ、さっさと家に帰りなさい!そして、二度と此処には来ないで!言う事を聞かなければ痛い目に合うわよ!」
ナイフを持っている手がもっとガタガタと震えている。
(うーん。どうしたものか……。俺は何か言った方がいいのか?それとも怖がった方がいいのか?)
扇子で口元を隠している俺は、かける言葉を探したが見つからなかった。
「…………」
「なんなの?何か言いなさいよ!あなたなんかより私の方が殿下に愛されているのよ!これ以上邪魔しないでよ!前に出した手紙でやっと殿下は、気付いてくれたの。本当の運命の相手は、別にいるって婚約だってなかった事になったんだから!」
(あーあ、言質とれちゃったよ。最後の脅迫文の犯人お前か!しかし、愛されてる?殿下は、この女と知り合いなのか?)
「ねぇ?なのに、どうして?どうして?今回は、手紙を読んでくれなかったの?あなたが読ませなかったのね!もうすぐ殿下が求婚してくれるはずなの、私が運命の相手なのよ!」
(話が急展開したな……求婚?妄想癖でもあるのか?ヤバいな……こいつ)
「だから、邪魔なあなたには消えてもらいます!」
女はそう言うと、俺に向かってナイフを振り回して来た。俺はベンチから立ち上がりナイフをスルリとかわし距離をとった。
「もう!なんなのよ!」
女は、また振り回しながら近づいてくる。俺はそれをかわし、その女がよろけた隙に片手でナイフを叩き落す、女の手首を捻って背中にまわすと身動きが取れない様に押さえつけた。
「やだ、痛い!放してよ!」
女は、最初だけ抵抗したが次第におとなしくなった。
(ふぅ、女性にこんな乱暴な事はしたくないが仕方がない。早く護衛騎士に引き渡したい……ああ、やっと女装から解放される)
この後、陛下の影に戻った俺は変装の仕事が増えた。気のせいだろうか?
変装の腕を上げたジャスパーは数年後『変容のジャスパー』と呼ばれるようになる。




