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1.婚約拒否されました

気持ちのいい風が吹き抜けふわっと青い空色のドレスの裾を揺らした。

ハニーブロンドの長い髪を風になびかせ青紫の瞳で舞い上がる花びらを目で追っている少女は、ドキドキする胸を押さえ色とりどりの花が咲く王城の庭園で父と高貴なお方を待っている所だ。


しばらくすると城のバルコニーの扉が開かれ、この国の現国王陛下と王子らしき人物がこちらに歩いて来るのが見えた。

国王陛下の隣に立つその王子は、艶のあるサラサラの黒髪に透き通った海を想わせる青い瞳の美少年だった。

紺色に銀糸の刺繍を施した正装の少年は、少し長い前髪から青い瞳をこちらに向けて目を見開いて立ち止まった。

少女もまた青紫の瞳でお互い黙ったまま見つめた後、フイッと目を反らした。


心臓の音がドクンドクンとうるさく鳴って、少女は思わず胸を押さえて俯いた。


(こ、この方が…わたしの婚約者なの?)


今日は、この国オルティス王国の第二王子テオドールとクローズ辺境伯家の次女レイチェルとの婚約式の日だった。


「待たせたな クローズ伯爵」

「陛下 お久しぶりでございます。ご健勝のこととお喜び申し上げます」

伯爵は胸に手を当て深々と一礼し、陛下はにっこりと笑った。

「ああ、ありがとう。頭を上げてくれ、そう畏まらなくていい。俺とお前の仲だろう?」

「ハハハッ、まったく…相変わらずだな」


陛下と伯爵は、王立学園時代の親友だった。

学園を卒業してからは、何かとお互いに忙しく数年ぶりの再会に肩を叩き合って喜んだ。


「おお、その可愛らしい御令嬢がレイチェル嬢だな?」

「ああ、そうだ」

伯爵は、娘の背中に手を添えて挨拶するように頷いた。

「レイチェルと申します」

少女は、慌てて赤い顔で淑女の礼をした。

この国の一番偉い人への挨拶するとあって緊張して、ドレスのスカートを掴む手が震えた。


すると、挨拶した次の瞬間、「レイチェル嬢!!」と大きな声で名前を呼ばれ肩がビクッと震えた。

聞き覚えのない声にゆっくり顔を上げると、目の前の王子が深々と頭を下げていてギョッとした。


(え…?何?)

どうして、頭を下げられているのか分からず、オロオロして父を方を見上げて見ても、父も何がおこったのか分からず固まっていた。


「レイチェル嬢 すまない。……この婚約は、なかった事にしてくれ 頼む…」

「「「!!!」」」


落ち着いた低い声で頼み込むその姿に、その場にいた全員は茫然と見つめるしかなかった。


国王陛下と伯爵は青ざめた顔をしている。

「何を言い出すのだ!テオ!あれほど……」

顔を赤くして怒りを露にする陛下に対して、

「父上!もういいのです。どうか白紙に戻してください!」

深々と礼をしたまま目を閉じて懇願する王子に他に声をかけるものはいない。


なにこの小説みたいな展開は…、レイチェルは、心の中でそう思った。

そう思ったと同時に、納得する。


(ああ…、そうか。会ってみて好みのタイプじゃなかったんだ。きっと、きっと、そう…)


レイチェルには、美男美女の双子の兄姉がいる。優しくて優秀な彼らを見て育った彼女は、非常に自分の自己評価が低かった。

それにしても、初めて会った相手に自分の事を全否定されたみたいでレイチェルは、悲しくなった。

要は、恋する前に失恋してしまった。そんな感じがした。


王子は未だに頭を下げたまま、レイチェルの言葉を待っていた。

何度か深呼吸したレイチェルは、背筋を伸ばして口を開いた。


「殿下のお気持ちはよく分かりました。……その申し出、承知いたしました。私はこれにて失礼いたします」

レイチェルは無理に笑顔を作り一礼し踵を返した。

背後で国王陛下や父が何か話をしていたけれど足を止める気にもなれず1人馬車に乗り込んだ。


夜遅く王都の邸に戻って来た父は、私を執務室に呼んだ。

「お父様…」

「レイチェル…こんな事なら婚約の申し出を受けなければよかったな。すまなかった…。もう、このような婚約は受けないから安心しなさい」

「はい、ありがとうございます」

私は、ホッとしてしまったのか気が抜けたのか無意識に涙がぽろぽろと零れた。その様子を見た父は、そっと私を抱きしめてくれた。

王城での出来事に疲れてしまった私は、自室のベットに入るとすぐに眠ってしまった。



翌日


目を覚ました私は、昨日の出来事が夢だったのではないかと一瞬思った。

しかし、鏡に映る少し腫れた目をした自分を見て現実だったんだと実感する。

ひどい出来事ではあったけれど、もう関わる事のない人達に悩まされるのはごめんだ。


「よし!終わった事を考えても仕方ないよね!忘れよう!」


顔を洗って、朝食と身支度を終えた私は、もう王都には用がないからと仕事が残る父を置いて先にクローズ領へ帰る事にした。


「じゃあ、気を付けて帰るんだよ」

「はい、お父様もお仕事頑張ってくださいね」

父にギュッと抱きついて挨拶を終えた私は王都の邸を後にした。


そして、馬車の中ひとりごちる。

「それにしても、慌ただしい1週間だったな…タイプじゃないからって、ちょっとひどいよね。婚約式の日に王族が断るって…そんな我儘…。まぁ、いっか、もう関わる事もないんだし!」


(それに、わたしには彼がいる)


普通の令嬢であれば未だにショックで泣き暮れているかもしれないが……。

レイチェルは、ポジティブでちょっと変わった特殊な令嬢だった。

私を乗せた馬車は、二日後無事クローズ領へと到着した。 



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