第2話
「そういえば、ゆのみさんってVREいつも何時頃からやってるんですか?」
相変わらずすぐには返事はなく、感動詞もない。
その代わりに、考える素振りをしている。
―ゆのみさんと僕はいつも、本当にたまたま毎回ログインする度に互いがログインしている。
だから、毎回二人でVREの世界を冒険している。
そんな彼女だが、一つ特徴というか僕にとっては困ってたことが一つ…。
相変わらずゆのみさんはボイスチャットをオンにしない。
マイクを持ってないのか壊れているのか、近所迷惑とか親フラの関係で声が出せない状況なのか。どちらにせよ、声をメインにコミュニケーションを取るVREではそこそこ不便なはず。
別にボイスチャットをオンにしてください。って言えないわけじゃない。でも、どこか強要しているような感じになってしまうかもと思って言ってはいない。
それに言わずとも、最近は身振り手振りでなんとなく伝えたいことがわかってきた。まぁ…撫でたり頰を揉んだりとかは何を伝えたいのかよくわからないけど…。-
しばらくしてから表情が閃いた様な表情に変わった。
すると、彼女は人差し指を目の前で小さく動かした。何かメニューでも操作しているのだろうか。
でも、このタイミングで何を操作してるんだろう…。
VREは文字を使ったチャット機能は無いしからそれ関係ではなさそうだけど…。
スッスッ
ん?
スススッ
あ!
「文字を書いてるんですか?」
彼女は頷いた。
メニューを操作していたのではなく、空間に指で文字を書いていたらしい。けど、描画ツールを使っているわけではないので、指の動きでなんの文字を書いているのかを当てる必要がある。
そして案の定、難しい。何を書いているのかわからない…。恐らく数字だろうけど、数字はどうしても体の動きでは伝えにくい。だからこうして書いてるんだろうけど…なんて書いてあるんだろう。
「わ、わからないです…」
もう一回ゆっくり書いてくれているが、それでもわからず申し訳なさが込み上げてくる。
(あぁ…そんな笑顔で首を傾げられたら…わからないのがすごい申し訳ない…)
「わからないです…すいません」
右手を振って気にしないでと伝えてくれているが、すごい心残り。
すると、彼女は扉を出して、僕の背中を押すように扉に進ませる。
(これ、どこに行くんだろう?)
視界が真っ白になり、しばらくしてロードが終わると見知らぬ部屋に立っていた。
日本で見るような一般的な部屋。寝室だ。
でも、見渡しても寝室に僕一人が立っているだけ。ゆのみさんはどこにもいない。
「ゆのみさ〜ん?」
呼んでも返事がない。確かに、僕と一緒に扉を通ったはずなのだが…。
(どこだろう…)
何度見渡してもゆのみさんはいないが、見渡すたびに視界に入るベッドが気になった。
人、二人か三人は入れる様な大きいベッド。布団の色も寝室の落ち着いた雰囲気によく合う。
無性にそのベッドに惹かれて、布団に仰向けに横たわってみる。
次の瞬間、ガバッと視界の端から何かが飛び出してきた。
「うわぁぁ‼︎」
その正体は布団に隠れていたゆのみさんだった。僕の驚いた声を聞いて、体を揺らし、手で口元を隠しながらクスクスと笑っている。
「も、もう〜…ちょちょちょっ」
すると、突然抱き寄せてきた。あぐらの足の上にサイズ感的にちょうど良い僕が乗ってちょっとしたクッションのようになっている。
(ち、近い…!)
いつもとは比にならないくらい近い。なんせ、抱きつかれてる。ゼロ距離になっている。
「おわわわ…」
嫌だと伝えるのは傷つけてしまいそうでできない、第一嫌だというわけではないし…。いや、この状態が良いっていうわけではないけど…。
でも幸い、真正面からではなくて後ろからだから何とかまぁ、マシだ。顔、覗き込まれてるけど。
すると、ゆのみさんの手の平にリモコンが出現した。
「わっ…リモコン」
そして、壁に向けるとスクリーンが出現した。
「テレビだ」
そしてそこに映し出されたのは有名なアメリカのヒーロー映画だった。
「わぁ!これ、気になってたやつなんですよ!」
と言うと、自分を指差した。
その時、なんとなくこの空間がとても心地よく感じた。
やってみたかったVRで映画が見れた。それだけじゃない。誰かと、それもゆのみさんと映画を一緒に見れるのがとても嬉しかった。
友達とかと映画に行く感じに似た、でもそれ以上に楽しい。
……楽しいは楽しい。けど、今更だけど、何でこのワールド来たんだっけ。
『…それでも俺たちは戦うさ…人類の希望のために』
「……終わっちゃったぁ」
画面が真っ暗になり、そこにスタッフロールが流れ始める。
「すごい良かったですね!」
見上げると、目に(本当に)星を浮かべてコクコクと頷く。
ふと目に映った時計を見ると、どうやら現実の時間を表示しているようで、時刻は一時を回っていた。
「もう、一時ですか。どうします?」
いつもなら、これくらいかもう少し遅い時間に解散する。
すると、僕を抱いたまま仰向けに横たわった。
「ね、寝るんですか?」
しかし、返事はない。
「え、もしかしてこのまま寝るんですか⁈」
フルトラッキング状態で横になるということは現実世界でも横になっている状態。つまり、本当に寝るつもりなのかもしれない。
首を傾げているということは…そういうことか。
「でも、寝れるんですか?ヘッドセットつけたまま」
しかも、全身反映に使っている機械を体に装着させてたら更に寝にくいと思うし…。
でも当の本人は親指立ててグーってしてるから大丈夫なんだろう。
「じゃあ…僕もそうします」
一応僕は椅子に座った状態でVRをしているからこのまま寝ても問題はない。
暖かみのあった明かりが消え、常夜灯をつけたみたいなうっすらとした暗さになった。
……静かだなぁ。
この部屋にはBGMも流れてないし、他に人がいるわけでもない。
それだけに、眠りを妨げるものは無かった。
ゆのみさんの撫で撫でも次第にゆっくりになって止まった。
(寝顔も幸せそうだなぁ)
大きいベッドに二人重なって仰向けに寝る。一見、異様に見えるそれもとても微笑ましいように見えた。
◇
目を覚ますと、見慣れない天井をまるで常夜灯が照らしたみたいな…昨日もおんなじこと思ったっけ。
最初寝ぼけて、天井を見た時はどこの部屋だってなったけどそういえば、ヘッドセットしたまま寝てたんだ。
起き上がって、下を見るとやはりゆのみさんが幸せそうな寝顔で寝ていた。現実でもこんな顔して寝てるのかな…って、そうだ。今何時だ。
メニュー画面を開いて時間を確認すると、時刻はちょうど五時半。
(どうしよう。ゆのみさん起こした方が良いのかな)
五時に起こすのはまだ早すぎて迷惑かもしれない。僕もいつもはこんな時間には起きない。かと言って、二度寝できるような時間でもないし…。
それに、今ここで何も言わずに抜けたら心配するかもしれない。どっちにしても、起きるか、もう少し後で起こすしかない。
(とりあえず、待つか)
ベッドに座って辺りを見回す。
(……暇だなぁ)
このワールドでできることは、ほぼ無い。昨日は映画を見れたけど、リモコンの出し方を知らないし音でゆのみさんを起こしてしまう。
部屋を歩いていると突然、真横から光で一瞬照らされた。
「眩しっ…」
照らされた方を見ると、占めてあったカーテンの隙間から光が漏れていた。
カーテンに歩み近づき、両端を掴んで開けた。
すると、窓の外で赤みがかった空とまだ半分の太陽がその景色を反射している海の地平線の向こうから登ってきていた。
「すごい綺麗…」
その景色に圧倒された。
どこまでも続く海とこうしている間も少しずつ染めていく太陽と染められたまだ若干あけび色の空。
外の景色にくぎ付けになっていると、突然後ろから抱き着かれた。
「おわぁ!」
無論、ゆのみさんだった。
一歩二歩と後ろに下がってぺこりと挨拶。礼儀正しいですね。でも、頭を上げるなりまた僕に抱き着いてきた。挨拶を返す隙も無い。
「……………すごい綺麗ですね」
二人で窓の外を覗いてしばらくして僕が口を開いた。
VRで一緒に映画を見て、一緒にこんなにもきれいな景色が見れるなんて思いもしなかった。
あぁ、VRやり始めて本当に良かったなぁ。
………あ、言い忘れてた!
「あ!ゆのみさん。おはようございます!」
こんばんは。こんにちは。
あとがき書くのがだんだん下手になってきています。ゴマ麦茶柱です。読了ありがとうございます。
あとがきって、100字以上は書くので、その時間で小説書けると考えると……。
ですが、あとがきって読者の方に私が唯一お話しできる場所ですので、拙いあとがきでも楽しみにしてくだされば幸いです。
で、私が今思っている事がこれしかないのでこれをあとがきに。
では、また今度。