夏祭華火 文月
いつもは行かねえけど、突然無性に行きたくなるとこって、あるよなっ? あたし、本読むのそこまで好きじゃねえけどよ、ちょいと気になったことがあって、どーしても知りたくて、誰かに聞くのはなんか恥ずかしいってーのか、負けた気持ちになるってーのか、とにかく自力で答えを見つけたくて、学校の図書室に来ちまった。
扉は教室と同じ。だけど、開けたら、だだっ広いってのか、黒板とか机とか椅子が追っぱらわれて、その代わりに本棚がきれいに並べられてて、中にはきっちり本がしまわれてる。静かすぎて、ゴウンゴウンって、クーラーの回っている音がやけにうるさく聞こえちまう。常連なのか奥の隅で座って本を読んでたり、携帯いじったりしてるやつらがちらほらいる。こんなとこ来るやつって、ガリ勉ぐらいだと思ってたら、見た目からして本とは無縁なやつ(ハデ系なやつらだ)もいるもんなんだよな。
閑話休題っ、さっさと知りてえこと調べて、家帰って姉ちゃんとアイス食べるんだっ。
「こーいうのは、辞書引けば一発で分かるよな?」
カウンターにいた図書室の先生に、辞書がどこに置いてあるかを訊いた。先生は、にこにこして、真ん中の席の一番遠いところにあるよ、と教えてくれた。そこまで歩くと、○○辞典とか、○○事典とか、こんなの一生読むことねえだろうなーっていう分厚すぎな、いかにも何でも書いてますっていばりくさっている本がいすわってやがった。その中に、探してる答えが載ってそうなやつがあった。
『名字の謂われ辞典』
「えーと、夏祭だから、な行だなっ……」
重たいわりには、一枚一枚は薄っぺらいな。ちょっとでも気抜いたら、破いちまいそうだなっ。
「夏川、夏田、夏中、夏原……あった」
そこには、あたしが気になってたことを、あたしにも分かるような言い方で説明してくれていた。
〈 夏祭 内嶺県空満市を中心にみられる氏。縁日、盆踊りなど今日
で想定される「夏祭」ではなく、「南都(南は、五行説で夏を司る)」の「政(まつりごと、祭、の本来の意である)」を執っていた豪族に与えられたとされる。
夏祭は、現在もなお、官公庁、政治家、議員を生業としており、空満市の表をとりしきる一族といっても過言ではないだろう。 〉
そっか。だからじいちゃんは昔、内閣で街づくりの偉い人をしていたんだな。そういや、父ちゃんはこのまちの議員だったよな。周りから「先生、先生」いわれて宴会を開いてたな。むう……なんか引っかかってんだけど、空満市の表、があたしの家なら、裏は冬祭家か? 裏の家の名字って、どこのどいつなんだろ……? 知りたいけど、あんまし遅くなったら母ちゃんに昼ごはん待たせちまうし、姉ちゃんと遊ぶ時間が減っちまうから、今日はここまでにすっか。辞書をさっさと棚へ押し込んで、あたしは全力疾走で帰宅した。
〈 ……空満市の表をとりしきる一族といっても過言ではないだろう。
→ 安達太良P35 〉
〈 安達太良 内嶺県空満市にみられる氏。陸奥の安達太良(地名)と
の関連は不明。弓にゆかりがあり、武芸のみならず、呪いの大家としても名高い。空満神話(出典不明)によれば、神の子孫として挙げられている。村雲神社(空満市)の祭司をつとめ、行政面で力を奮う夏祭家に対し、安達太良家は祭祀・祈祷面で空満を支えてきた一族である。呪いの大系の根源は、安達太良氏から来たものであるという説が有力である。〉