仁科唯音 水無月
「ねえねえ、『nation of root』の由来ってさ」
グレープ&グレープフルーツティーを前にして、きみえさんが弾むような声で言いました。
「root、つまり、根号……ですか」
私は、持てる言葉の種類が多くないのです。ルートは「根号」という意味しかない、という単純な反射が出てしまいました。
きみえさんは、ちがうちがう、と笑っていました。
「根の国、なんだって。Nationは、国。Rootは、根っこ。根号もそこからきている言葉なんだけど、まあまあ、私が言いたいことはその先にあるんだけどね……あ、唯音のパフェ、紫芋アイスある! ひとくちちょうだい!」
はい、きみえさんの好物でしたね。どうぞ、と私はゆずりました。私達がいる場所、「カフェ・nation of root」の新作、青式部パフェには、きみえさんが頬張っている紫芋のアイスクリームをはじめ、ブルーハワイ味のゼリー、ぶどうソース、ブルーベリーのアイスクリームと果実が使われています。名前通り、青色と紫色の食べ物を集めたパフェです。青色は、私の好きな色だから、紫色は、きみえさんの好きな色だから頼もうと、私が決めたのです。
「言いたいことは、何……?」
「根の国はね、黄泉の国といって、死者の世界なんだ」
ふうっと息をはいて、きみえさんは、私を見つめました。真剣な話題をする時、きみえさんはこのようなしぐさをするのです。
「唯音はさ……亡くなったお祖父さんに、もう一度この世に帰ってきてほしいって思う?」
申し訳なさそうに話していましたが、私にとってはもう、過去の出来事です。お祖父さんの話が出ても、悲しくはありません。いいえ、全く悲しさを感じないという意味ではありません。しかし、お祖父さん = 悲しい に直結しにくくなった、というのでしょうか。この表現が浮かぶのに、時間がかかりました。
「いいえ、生き返ることは、できない……です」
人の身体は、一度機能を停止すると復旧することはできません。生き返らせることは、医学では到達できない、神の領域といわれる事柄です。
「うんうん。でもさ、もし、黄泉の国から連れて帰れることができたら、唯音は試してみたい?」
アイスクリームのお礼として、きみえさんは、ティーカップにはさまれていたグレープフルーツをいるか? と私に差し出しました。
「どうも……です」
グレープフルーツをいただきました。苦いです。しかし、不快な味ではありません。
「試してみたい……ですね」
実際にはありえませんが、できるのならば、お祖父さんをこの世に戻してあげたい。先日きみえさんから聞きましたが、本朝の神話では、イザナギがイザナミを死者の世界から連れて帰ろうとしたそうですね。
「そうそう! だけどイザナミは姿を見られてしまったから、この世に帰れなくなったんだ。姿さえみなければ、蘇らせられるかもしれないよ」
簡単にできるものなのでしょうか。イザナミは、死者の世界の物を食べてしまったため、醜い姿になってしまったといいます。お祖父さんも、死者の世界で暮らしていますから、昔のようなお祖父さまではなくなっているのではないでしょうか。
「醜い姿であっても、必ず蘇らせてみせようって気持ちになるんじゃないかな?」
「命は、尊い……ですね」
「そういうこと!」
顔を見合わせて、きみえさんはフルーツティーを飲み、私はパフェの青いゼリーを食べました。先ほど話していた中で、これは面白いかどうかと思うものがありました。
「きみえさん……」
このお店は、根の国という名前であるように、一度入ってしまうと、もう戻れなくなるくらいに何度も行きたくなる場所なのでしょうか。
「ナイスだね。出たら蘇った気分にもなるからね」
「……です」
お勘定の時に、二人で店員さんに訊ねたところ、私達の考え通りの答えが返ってきました。根の国は、一度来てしまうと現世には帰れませんが、この「根の国」は、何度でも訪れることができます。そして、休み終えて外へ出ると、この世での疲れが無かったかのように、蘇った心地になれるのです。