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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少女漫画でいうところの当て馬だった俺の次のお相手は

作者: あくま36号

 仲睦まじく二人で歩く背中が妬ましい。


 紆余曲折あり先日お似合いのカップルになった男女二人が、今校門から出ようとしているのを和己は3階にある自分の教室の窓から眺めていた。長い窓枠に腕を乗せ、頬をべたりとつけながら眉を歪ませる。ついこの間までその女の子の隣は自分であったのだが、見事に振られてしまったのだ。いや、むしろ振られるように和巳自身が仕向けていた。


「アイツのこと、好きなんだろ。早く追いかけろよ」


 なーんて、いかにもカッコつけたがりのセリフを吐いて。無理しやがって。自分でも痛えわ、ほんとに。


 和巳自身も女性にはわりと好かれると方だと認識しており、高校の中では数々の女性と浮名が流れていた。たとえ好きになったとしても本気になることなんてない。遊んでいる今の時間が楽しければそれでいい。腐る程いる女なんて「来るもの拒まず、去るもの追わず」がモットーである。そんな和巳がこんなセリフを言うハメになるとは夢にも思わなかった。相手の気持ちを考えたこともない自己中心的な和巳が珍しくも女の気持ちを読み解き、自分ではなく他の男に想いを寄せていたことが痛いほど感じることができたのは、皮肉にも初めて本気に好きなった女だからこそなのかもしれない。


「和巳くん……。ごめんなさい、ありがとう」


 気に食わないアイツを追いかける背中が小さくて力強くて、だからこそ好きになったのだと思った。欲しいと思った。でも、形だけ手に入れたと思っても虚しいだけだった。目から流れる涙は、なんの涙なんだろう。初めてのことでよくわからなかったが、不思議と満たされていた。安心したのかもしれない、自分だけの想いに縛られるのは思うほど辛い。





 そういえば姉の部屋で見た少女漫画でこんな展開になったやつ、いなかったか? そいつはなんていったか——そう、当て馬だ。漫画の中の当て馬役の男は最終回でも変わらず独り身で主人公の女とライバルの男の結婚式でおめでとう幸せになれよって笑顔で祝福していた。このままじゃ俺も漫画の中の当て馬と同じ運命を辿るのではないだろうか、なんて思ってしまう。気づけば瞳は視界を邪魔するように潤んでいて、瞬きをして涙を落としてクリアな世界を見ると二人の背中はとっくに消えていたことに気づく。


「……クソめんどくさ。恋なんてすんじゃなかった」


 軽い自棄の気持ちで口にした言葉は思ったよりも熱が籠っていて、それがまたダサくて笑える。腕の中に顔を埋めていると背中に広い熱が当たり、嗅ぎなれた匂いに包まれた。和巳よりも頭ひとつ分背の高い男が後ろから抱きしめるように覆いかぶさる。


「また泣いてんの? かずみちゃん」


 見慣れた右目下の泣きぼくろが鼻の当たる距離にあった。馬鹿にしたような言葉と裏腹に、覗き込んで和巳を見つめる垂れた瞳は優しく見つめている。何も話してもいないのに気持ちを全てを見透かされた気さえして、和巳は反射で目を逸らして肘で相手の胸を押す。


「泣いてない。てか近い。じゃま」

「んだよ、つめてえなぁ〜」


 低く笑う声はいつものトーンだ。この男、祥一郎の近いスキンシップはいつものことであるので些細なボディタッチには気にもしないが、何も考えていないタイプに見えて実は人の気持ちに聡い。それを知っている和巳は、今は余計に側にいてほしくなかった。そもそも、和巳のこの想いが初恋であることを一番に見抜いたのは元は和巳本人ではなく祥一郎だった。あの日の衝撃は忘れない。自分でも分からなくてもやもやしていたら一番そういうことに疎そうな男から指摘されたのだから。


 ぐすん、と鼻を啜ると和巳は睨み上げるように振り返る。直接目線を合わせたくなくて、視線は目の下の泣きボクロに合わせた。そのまま、「ん?」と小首をかしげる祥一郎に離せと目で訴えかけるが離れる気配はない。祥一郎から逃れるようにして教室を覗くと、もう他の生徒の気配はなかった。十月下旬の下校時刻を過ぎた教室は冬に片足を突っ込んだ薄暗いだいだい色の夕陽色で、少しもの寂しい気持ちにさせる。


 だからだろうか、こんな男の前でも涙を止めることができないのは。


「クソが、もう、ほんとどいて」


 腕で顔を隠すようにして目線を逸らして告げると、ぐいっと腕を引っ張られた。頬が胸にぶつかり、今度は正面から抱きしめられる。


 なんなんだこいつは、いったい俺をどうしたいわけ? 和巳の中でぐるぐると思考が回る。いくら仲の良い男友達が失恋して弱ってるからってここまでするのかよとか、なんで涙が止まんねえんだよほんときもい意味わからん、とかそれはもうぐるぐると。そして一番理解ができないのは、こんな状況で人の体温に——それも自分よりでかい男に——身を預けて安心している自分もわけがわからない。


「な、っにして! 恥ずい! 離せバカ!」

「どうしよっかな〜。だって離れるとかずみちゃんもっと泣くでしょ」

「はあああ!? だから泣いてねえ!!」

「びーびー泣いてんじゃん」


 小学生の時も顔にサッカーボール当たって泣いてたよね、いいやそんな記憶ないといった具合にああだこうだと言葉を交わすうちに、失恋のことよりもまず自分を開放してくれない会話の通じない宇宙人みたいな男にだんだんイライラして、和巳は顔を上げてなにか言ってやるぞと初めて祥一郎の目を見た。


「やっぱり泣いてた。嘘つき」


 目の下に大きな節くれだった指がそっと触れる。


 祥一郎の目を見て和巳は固まってしまった。なぜなら、その目の奥に欲情を感じたのだ。夕焼けの灯の手伝いもあるのだろうか、表情ひとつひとつが艶っぽくも見えてしまい、見慣れた男の顔だと言うのに一瞬で頬にカァっと熱が上がった。顔がだんだん近づいてくると言うのに、和巳は目を開いたまま動けず、軽く触れた唇の感触になにも抵抗できなかった。


「なあ、かずみ。次の相手は俺にしときな」


 祥一郎は和巳の髪の中に手を入れると、額、目、目の下、頬……そして唇へ順番にゆっくりと啄むように小さく音を立ててキスをした。気持ち悪がられるそぶりもなく、ひとつ音を立てるごとにぴくぴくと赤い顔をした和巳のまつ毛が揺れるのを祥一郎は楽しげに見つめた。



 学校の暗い帰り道。俯いてなにも話さない和巳に「当て馬人生にならなくてよかったな」と笑いかけた祥一郎に、調子にのんなと蹴りを入れる。


 十月下旬の下校時刻を過ぎた帰り道、冬に片足を突っ込んだ夜は寒い。

 だけど、繋いだ手は暖かかった。






fin.



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