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最近木本は不満げであった。
というのもみゆがクラスの人気者に上りつめてからというもの、常にみゆの周りには女子がいて、まるで雄の木本を危険人物のように扱うようになったからだ。
休み時間になるとひとみより先に女子の輪がみゆの周りを取り囲む。
ゾーンディフェンスかよ。
これじゃみゆに話しかけることすらできないじゃないか。
木本は何とか突破口を見つけようと、みゆの周りにできた女子の壁の隙間を探す。
どこかに穴は…。
しかし完全なる防御態勢は崩すことができそうにない。
今まで普通にあったものがなくなると、急にそれを欲してしまうもの。
木本はどうにかみゆに話しかけようと機会を狙っていた。
3ポイントシュートを決めないと。
しかしどうやって。
「なあ、久保田さん」と木本は声をかけた。
いっせいにみんなが振り返る。
「何!」と全員が木本に対して敵対的な視線を投げる。
「あのさ」と強引に3ポイントシュートを決めに行く木本。
何話そう…?と木本。
「いや、何、おはよう」
「おはよう、木本君」とみゆの声。
ゾーンが動く。
「ちょっかい出さないでくださーい」とあかり。
いわゆるキラキラ組の連中である。
「下心丸出しの男子はみゆに声かけないで」と朋子が連続ディフェンス。
スクールカーストの上位メンバーであり、いわゆるクラスでいつも目立った存在であるキラキラ組。
実際にそんな組は存在しないのだが、女子には明らかに優劣が存在しクラスの中では何かと目立っている。
だから口をきいたことがない男子でもその存在を認識している。
そんなキラキラ組が元モデルのみゆを意識しないはずがなかった。
とにかく仲良くなりあわよくば自分たちのアクセサリーのように、仲間に自慢したい存在なのだ。
みゆは有名人でその有名人のみゆといつも一緒にいる。
それだけで自慢になるし、みんなにそのことを見せびらかしたいと願うのは当然の行為なのだろう。
それが分かっているだけに木本は木本でキラキラ組の連中を疎ましく思っていた。
とは言え今は分が悪すぎる。
元々コアなみゆのファンであることを知られてしまっており、キラキラ組はみゆに付きまとうオタクという印象操作をしながら、男子を遠ざけようとしているのだ。
「ファールよ、木本君、一回目のファール。5回で退場だからね。クラスメイトでいたいなら声かけないで」とあかり。
木本に入る隙間はなかった。
木本に残されたチャンスはひとみだけである。
みゆはにわか友達のキラキラ組たちより、ひとみを一番と考えており、今も親友と呼べる存在なのはひとみだけである。
もし木本に隙をつくことが出来るとすれば、そこ以外にありえない。
「足利さん、おはよう」
「おはよう、木本君」
そう、ひとみだけは木本に本気の笑顔で接してくれる。
「あのさ、この前のロッキングソウルの五反田陽一の記事読んだ?」
「もちろんよ、隅から隅までチェック済」
そんな会話中もキラキラ組はみんなで木本を睨みつける。
居たたまれない。
「ごめん、いいや…」と木本は自分の席に座る。
「プリントを後ろの人に回して」と担任の先生が言う。
木本の前からプリントの束が順々に送られてくる。
この時を待っていた。
後ろを振り返り、そのまま話しかける。
今なら女子どもは自分たちの席に座ってる。
ここで話さないとなかなか壁は突破できない。
何を話そう。
そんなことさえ浮かばない。
「とにかく、久しぶり」と声をかけるか。
久しぶりって、毎日会ってるのに、おかしいな。
いやゴール下でパスを待つには今しかない。
一歩踏み込んで、みゆに声をかけ、会話のパスを待つ。
そして一気にダンクシュート。
「あのさ、久保田さん、今度デートしないか」と思い余って木本はみゆを見つめてそう言った。
何言ってるんだ、俺。
このタイミングで告白…。
いくら何でもないだろう。
みんながいっせいに木本の方を向いた。
あかりはしまったと思った。
まさか木本にそんな勇気があろうとは思ってもみなかったのだ。
その状況じゃ、防御しきれない。
みゆって推しに弱そうだし、ここで押し切られたらオッケーしてしまうかもしれない。
朋子も焦っていた。
男なんかできたら最悪だ。
いろんなモデルが自分のカップルを公にし、ツーショットを雑誌に載せてたりする。
それが木本。
あり得ない。
木本じゃ役不足にもほどがある。
万が一にも木本と付き合ってそれが雑誌にでも載ったりしたら、みゆの人気さえ一気に下がりかねない。
朋子はポッポティーンの莉子様ファンでみゆは推しではない。
とは言えみゆと仲良くしてたら、何かの機会に莉子様に会えるかもしれないと思ってた。
今なら人気はみゆのほうが多分上。
みゆの引退説も流れてるけど、今なおみゆを支持するファンはいっぱいいる。
万が一引退してたとしても復帰するかもしれないし、ここで関係を強くしておくことはメリットはあってもデメリットはない。
ただそのためにみゆには人気者であり続けてもらわないと。
キラキラ組だけじゃない、いろんな女子が今の状況を疎ましく思っていた。
そんな中ひとみだけはウトウトと寝落ちしかけていた。
木本は焦っていた。
みゆに反応がなさすぎる。
嫌がってるわけでもない。
まるで聞こえなかったかのように真顔である。
面食らってるじゃないか。
ついつい日頃考えてることが口から出てしまった。
何度妄想デートをしただろう。
ピッコロに書いてあった記事は全て暗記してる。
≪かっこいいものが好き。
男の子がかぶるようなキャップはいっぱい持ってる。
あんまり女子に見られないようなメイクをしてます。≫
「天神にキャップ買いに行こう」と木本。
≪映画は家族と見に行きます。
ジョニー・デップが好き
マーベルも最近は大好き≫
「そのあと映画に行こうよ。
ディズニー…、あとは…」
みゆは完全に固まってしまってる。
「久保田さん、プリント」と後ろから声がする。
慌ててみゆは後ろにプリントを回す。
そして振り返ると、木本から目をそらしたまま、
「ごめんなさい」とみゆは頭を下げる。
つられるように木本も頭を下げた。
みんながホッと息を吐くのが聞こえてきた。
その日よりみゆの壁はさらに高く強固なものに変わっていった。
もはや木本の入る隙間はないほどに、ガードが固くなってしまった。