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 2020年コロナウイルスが蔓延したせいで卒業式が行われないという事態に陥っていた。

 学校再開も危ぶまれた中、やっと一部学校再開となり、みんなが学校に戻ってきた。

 そんな環境下でモグラのように地上に出てきたみゆは誰よりも巣ごもり生活を長く送っていた大ベテランである。

 きっかけ一つで長期引きこもりに戻りかねない精神状態でそれを回避できたことは大いなる希望と言えなくもない。

もしこれでコロナなんかにかかって死んだりしたら、みんなに言われちゃう。

「あのまま引きこもりを続けていたら、死ぬことなかったのに」と。

 そう、私は誰よりもコロナに負けてはいけないのだ。


 私は人類の希望であった。

 みゆの妄想が始まる。

 蝉並みに地下生活をして、やっと地上に出てきたのに死んだりしたら蝉人間の一生と揶揄される。

 しかし1週間程度の蝉の生涯はすでに超えている。

 少なくとも1か月は生き延びた。

 研究施設はそんな私を日々観測していた。

「どうだい、検体十三号の様子は…」

「今のところ異常なしです」

「生きる希望を失くした人間を再生させるプログラム構築。まさに今年はそれにもってこいの年となったね」

「ビスコンティ計画」の始まりの始まり。

 ビスコンティは「ベニスに死す」などの映画で知られる監督。

 その名がつけられた研究。

 コロナウイルスはベニスを直撃した。

 人類が未知のウイルスに犯された時、人は死よりも欲望を優先するのかという実験の始まりである。

 みゆは初めて妄想を活字化していた。

 初の小説の執筆である。

 昔見てピーンと来なかった映画、「ベニスに死す」を思い出す。

「ベニスに死す」はベニスに療養に来た音楽家が少年に恋をし、自分の中の倫理観と葛藤し、同性愛を受け入れ、コレラが蔓延するベニスに留まり死んでしまう話。

 映画ではコレラの蔓延をひた隠しにするベニスが描かれている。

 ひとみと出会った中でみゆはあの映画をそういう風に解釈した。

 実際はそういう解釈ではないのかもしれないが、今のみゆの精神状態ではそう感じたのだ。

そして一つの小説を執筆し始めた。

 コロナが蔓延する世の中において引きこもっていた少女が恋をし、楽しい日々に気づいた時死の恐怖よりも楽しい日々を選択するかという実験検体になった主人公。

 日記形式で書かれたみゆの作品はまだ始まったばかりである。


 ウイルス感染の影響もあり、部活動の自粛が相次いでおり、そもそも部活動が盛んじゃないももち浜学園は部活動の積極的自粛命令を促していた。

 そのせいもあり軽音部もバスケ部も活動停止状態になっていた。

「今日も部活休みかよ」木本がひとみに言う。

「木本君も休みでしょ」

「コロナウイルスの影響は大きいな。今年の一年生の入部者数、激減らしいよ」

「でしょうね」

「やっと学校が再開したのに、みんな第2波の心配してるし」

「そもそも学校だってままならないんだから」

「皮肉だよ。バスケ部にとって使いたくても使えなかった体育館が今はガラガラなんだから」

「もし軽音部がそれこそ全国大会の常連校みたいのだったら、リモートで音を鳴らして、練習してたかもしれないよね」

「良かったんじゃない。強豪校だったら大変だと思うよ」

「でもさ、自粛期間家に籠ってたよね、当然」

「まあね」

「退屈じゃなかった」

「みんな一緒だよ」

「みゆはどうだった?」とひとみ。

 ひとみはみゆが引きこもっていたことを知らない。

 そう、みゆが引きこもってたことを知っているのは同じ中学から進学してきた連中だけだろう。

 みゆは思った。

 ひとみにはバレたくないと。

 自分の黒歴史を知られたくない。

 今の楽しい時間を奪うとしたら、同じ中学の連中だけかもしれない。


「もしそうなったら、私、あいつらのこと殺してしまうかもしれない」

 そう、少女は呟いた。

「検体十三号は少し心の闇を取り戻しつつあるね」

「今、あの頃の連中が現れたらどうなるんでしょうね」

「君、これはあくまで観察実験だよ」

「わかっています。実験に人が手を介入することはあってはいけません」

「そうだ、たとえ今そこで絶滅危惧種の生き物が飢えて死にかけていてもそこに人間の力が介入しては、それは保護になってしまう。我々は記録をとるのが仕事だからね」

「わかっています。けして同じ中学のお友達を故意に接触させたりしませんよ」


 みゆの小説は今のみゆの幸せを奪うものとして過去が襲い掛かってくる状況に陥っていた。

 そしてみゆの選んだ選択は、過去の排除。

 主人公は過去の秘密を校内に触れ回るかつてのいじめっ子たちを一人一人処分していく展開に陥る。

 ワイヤーで体育館の梁から吊るされるいじめっ子。

 そう、みゆの小説は実際のいじめっ子をイメージして書き進められた。

 カタルシス効果。

「許してください。そんなつもりはなかったんです」と頭を廊下につける。

 最高にハッピーだ。

 みゆは自分の書いた小説に興奮していた。


「学校が始まって…」とみゆは考える。

「久しぶりの外出だし…、当然ワクワクしたし、新しい高校は希望で輝いてたよ」と嘘をつく。

 本当は学校なんか戻りたくはなかった。

 いじめにあうのが怖かったからだ。

 今も内面にはいじめへの恐怖を抱えたままである。

 過去がいつまでもみゆを苦しめる。

 バレたくない。

 知られたくない。

 根暗だった私のことを。


「そう言えば遅刻してたよな、久保田さんと一緒に」と木本。

「そうだったっけ?」とひとみはとぼける。

「二人は同じ中学なの」

 ひとみとみゆは見つめ合う。

「違うよ、全然」とひとみ。

「校門の前でたまたま会ったんだ、遅刻者同志」

「そっか…、仲良しだから、幼馴染かと思ったよ」と木本。

「みゆ、きれいじゃない。なんかきれいな子の困り顔って最高に好きなのよ」

「お前たち本気の百合じゃないよな」

 みゆはドキッとした。

 まさかね。恋愛感情はないわよ。

 だってひとみの裸見たって興奮しないし。

 色は黒いし、多分板チョコ。

「考えてみたらモデルやってることも知らなかったんだから、知り合いのはずないか」

 でも恋愛は肉体より精神面の繋がりの方が勝ってると思う。

「ベニスに死す」だって、教授は関係を求めたわけじゃない。

 最終的に最も重要なのは精神的な繋がり。

 肉体関係なんか所詮一時的な高揚でしかない気がする。

 むしろ遺伝的に子孫を残すためにプログラムされた記憶。

 それが肉体的な関係で、それを超越したところにあるもの、それこそが真実の愛ではないのだろうか。

 だとしたら同性愛は肉体的なものを超越した愛の形ではないのか。

 ただ男と女が結ばれるべきというのは子孫を残すためのプログラム。

 つまり同性愛はバグだ。

 私はバグってるのか?

 分からない。

 そもそも人間関係すらまともに築けない私が友情を愛情と取り違えたとしても不思議ではない。

 分かっていることは別に私が欲しいのはひとみの体ではなく、繋がりでしかないということだ。

 そして多分それは友情という言葉で置き換わるものだろう。

 逆にそれを愛情として表現すればひとみはきっと離れていく。

 ならば親友という地位は最高に素敵なポジションではないか。

 私は迷わない。

 たとえ過去の亡霊が私とひとみの間を裂こうとしても、私は立ち上がる。

 だってひとみを失ったら私は希望すら失くすから。

 いじめっ子が私たちの間に割り込んで来たら、私はひとみとの関係を守るために絶対に逃げないわ。

 いじめっ子、今度は私逃げないわよ。

 だって私には大切なものができたんだから。


 その日のみゆの日記にはこう書かれていた。


「検体は大丈夫そうだね」

「はい。人殺しには至らないようです」

「自分をコントロールする術を身に着けたようだね」

「成長したんでしょうか」

「きっと出会いが検体十三号を成長させたんだよ」



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