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気が付くとひとみとみゆが話していると、木本君が会話に割り込んでくることが増えた。
みゆとしては実に迷惑な話である。
別に木本君と仲良くなりたいわけでもなんでもない。
にも関わらず自分の話を押し付けてくる。
今日もみゆから会話を盗み取り、貴重な朝の時間を奪われてしまった。
いつも遅刻ギリギリにしか来なかった木本君が最近じゃいつも先についている。
「軽音部、部員足りないだろ」と木本はひとみに話しかける。
「そう、存続の危機。最低あと一人欲しいんだ」とひとみ。
みゆは初耳だった。
部員が少ないとは聞いていたが、そこまで深刻とは思わなかった。
「どこの部活も人員不足だからな」と木本は消えそうな声で言う。
「しょうがないな。うちの高校じたい、部活ってあんまり力入れてないし」
「木本君って部活してるの?」とひとみ。
「してるよ。バスケ部」
「見たまま」とひとみは笑う。
「背が高いだけでスカウトされたんだ」
「身長何センチ?」
「189センチ」
「大きいはずね」
バレー部や柔道部なんかからも誘われてることなど、どうでもいい木本君の知識が蓄積されていった。
しかし突然会話が終わった。
沈黙は恐怖。
とくに向かい合って座ってるみゆにとっては逃げ出したい状態。
みゆはひとみに目で合図を送る。
お開きにしてと。
耐えられない、この重圧。
みゆは何度も時計を見る。
早く授業始まって。
男子と向かい合ってるだけでも苦痛なのに、沈黙は最悪。
「で、強いの?バスケ部」とひとみ。
「福岡県って確かバスケット、めちゃくちゃ強くなかったっけ?」
「そう実は福岡はバスケ王国なんだ」
「バスケか…、巨人のスポーツって印象ね」
「詳しい?」
「全然…」
木本は少しがっかりした表情を浮かべた。
ひとみとの接点を見つけたかったのだろう。
どうして男子は女子と仲良くしたがるんだろう。
みゆにとってみれば木本君は天敵以外の何者でもない。
最悪、男子。
テリトリーに入ってこないでよ。
「進撃の巨人ってバスケ漫画?」とひとみ。
「やばいね、漫画読まないんだ?」
「そんなことないよ。ただそんなに詳しくないだけ」
沈黙だ。
辛いから喋ってとみゆが思ってると、始業のベルが鳴る。
にも関わらず一時間目と二時間目の間も三時間目の間も木本はみゆたちの会話に割り込んできた。
「バスケって体育館で練習してる?」
「そこ。体育館って時間制になっていて部員数が少ない男子バスケ部は練習できないんだ」
「じゃあどこで練習してるの?」
「したことない」
「えっ?」
「バスケ部も4人しかいないから」
「なんだ、一緒。軽音部も4人だし」
「進学校だから部活なんかどうでもいいんだよ」
「それに軽音部ってアコギ専門になってるし。もはやギタークラブ…」
「なるほどね」
「バスケ部も試合すらしてないな。取り敢えずつぶれないようにって感じ…」
「せっかく背が大きいのにね」
「俺は別にバスケ愛がないからいいんだ」
「どうして入部したの」
「3年生がこのままじゃ廃部になるから幽霊部員でいいからって頼むから」
始業のベルが鳴る。
ひとみは自分の席に戻っていった。
また何も話ができなかった。
みゆは少し苛立っていた。
そして木本の背中をじっと睨みつけた。
ふと木本が後ろを振り返った。
目が合って、みゆはあたふたした。
何よ、急に振り返ってびっくりしたじゃない。
私のひとみを独占しないでよ。
授業が始まると、みゆは眠くなってきた。
日差しが心地よい。
「こら」と先生が怒る声。
みゆはしまったと思った。
「足利、一番前の席で寝るな」とひとみを注意した。
先生が黒板に板書を始めると、ひとみはみゆのほうを見て舌を出した。
軽音部、部員いないんだ。
ダメダメ、私、音楽のセンスないんだから。
みゆは子供の頃から声が小さくて、歌っていても怒られてばかり。
自分が歌がうまくないと知ったのはジュニアモデルだけでCDを出した時だった。
みゆは音程がうまくとれず、簡単なダンスもぎこちない。
すっかり音楽嫌いになってしまった。
CDはそれなり売れたらしい。
ファンイベントみたいのも経験した。
ほとんどが同い年くらいの小学生の女子とお母さん。
たまには祖父母も見に来てた。
紙面以外でファンと初めて接した。
イベントはみゆにとっては前向きになれそうな出来事だった。
人気があるとは言え、ほとんどがファンレターやSNSのコメント。
実際にはファンの顔が見えてこなかった。
イベントはほぼほぼ女の子のファンで埋まった。
全国のファッションビルなんかを回った。
それが楽しかった唯一の思い出のような気がする。
2枚目のCDを出すことはなかったのでファンイベントはその期間のみ。
それでもイベント以降明らかに変わったことがあった。
それはSNSに対する接し方だった。
こまめに返信をするようになった。
しかしそうすることにより、いわゆる悪口もいっぱい目にすることになった。
それは小学生のみゆには耐えきれないことだった。
そしてSNSから遠のいていった。
それだけじゃない。
ファンレターすら開封できなくなっていたのだ。
「一つ聞いていいか」
木本がみゆに向かっていきなり質問をした。
「何?」
「俺を見たのはこの高校が初めてか?」
「初めてってどういうこと?」
「覚えてないかってことだよ」
「えっ、木本君のこと」
みゆは首をひねっている。
「同じ小学校?違う気がする」
「覚えてないのかよ」
木本の語彙が強くなっていく。
「えっ。覚えてない」
「そっか」と木本はうな垂れる。
「俺がでかすぎるからか。俺が140センチぐらいの小学生だと思ってみろよ」
「えっ?全然分からないんだけど」
「パルコに来た時、見に行ったんだよ」
「えっ、パルコって天神の」
「そうだ」
「ああ、あの時…」
「覚えてるだろ。男は俺しかいなかったんだから」
「全然、覚えてないよ」とみゆは涙目になっていた。
「なんだよ、ファンを大事にしろよな」
みゆは木本の強い口調に怯えていた。
「覚えてるわけないよ」とひとみが口をはさんだ。
「いくら男子がいないって言ってもいちいち覚えてたら、絶対記憶の持ち主だよ」
「俺は覚えてるぞ。久保田のファンだったんだからな」
「へえ、木本君ってみゆのファンだったんだ」
「そうだよ、悪いか」
と木本はカバンをまさぐり、CDを取り出した。
それはみゆがかつて出したCD。
それを見てひとみはCDを取り上げた。
「嫌だ、みゆ、可愛い」
CDにはみゆのサインが書いてある。
「そうだ、可愛いだろ」
「何、告白。大胆」とひとみは笑う。
「そ、そんなんじゃないぞ」
みゆは真っ赤になっていた。
みゆは思い出していた。
地元での初のイベント。
女子ばかりの中に確かに男子がいた。
そのことは覚えている。
しかしそれが木本君だったかは覚えていない。
「ねえ、恥ずかしいから、そんなCDしまってよ」とみゆ。
気が付くとみゆの周りにクラスの女子が集まっていた。
「ねえ、見せて、足利さん」
女子がCDをねだる。
みんな、みゆが小学生モデルだったことを知っていた。
ただ近寄りがたく、話しかけにくかったのだ。
「きゃあ、可愛い。ほんとみゆだ」
「ねえ、みゆ、私と仲良くなってくれる」
「えっ、ええ」と戸惑いながらも返事を返すみゆ。
「うれしい」
と、次々にみゆに声をかけるクラスメイト。
みゆはあっという間にいろんなクラスメイトと話すことができた。
「というわけで」とひとみは木本にCDを返して、
「みゆは私たちのみゆなんだからね。男子は。特に木本君みたいなオタクな男子は気安く声かけないで」と言った。
「そうよ。みゆは恋愛禁止なんだからね」とキラキラ組の女の子。
えっ、そんな規則ないんだけど。
それに私、現役モデルじゃないしとみゆは思ってる。
まあいいか、虫よけスプレーと同じ。
悪い虫が付かないようにしないとね。
みゆは初めてクラスに溶け込めた気がしていた。