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ひとみとの距離はさらに深まっていった。

ひとみはみゆを見かけるだけですぐに抱き着いて来るようになっていた。

自分の顔をみゆに摺り寄せてくる。

今日も朝から顔が近い。

これが毎朝の日課になっていた。

「頬っぺた暖かい、チューしていい」とひとみ。

みゆは顔を反らす。

「ふられちゃった、今日も…。ぴえーん」

ひとみはじゃれ合ってるつもりでも、みゆは内心落ち着かない。

だからと言って嫌がってるわけじゃない。

なくなればそれはそれで寂しいだろう。

「今日も一日頑張ろう」とみゆは笑ってごまかす。

「よっしゃー!私も頑張るぞ!」と大声をあげるひとみ。

「ひとみ、声大きいよ。鼓膜破れちゃうって」

「大好きなの、みゆ」

みゆを抱きしめるひとみ。

犬だ。

飼い主に興奮してる犬に似てる。

ひとみに尻尾があっても、みゆは受け入れてしまう。


みゆは妄想する。

犬が転生して飼い主の前に人として現れる物語を。

頭を撫でられ、尻尾を振るひとみ。

「なぜ尻尾があるの?」と私。

「前世であなたの飼い犬だったの」

「犬飼ったことないんだけど…」

 そうみゆはペットを飼ったことがない。

妄想だし、関係ないわよね。

ふとみゆは本当にひとみの頭を撫でていた。

「なんで頭を撫でてるの?」

 みゆは見上げながら聞く。

「可愛いから…かな…」

 見つめ合う目と目。

 ダメだ、開花しちゃう。

 百合が…、百合の花が…。


「相変わらずいちゃついてるな、お前たち」と遅刻寸前で、木本が現れた。

そしてかばんをひとみの前の席に置く。

「だって好きなんだ、みゆのこと」

 とひとみはみゆをさらに強く抱きしめる。

「百合だな」

 旗から見ててもそう見えるんだとみゆ。

 みゆはひとみを軽く手で押す。

「木本君も誰かといちゃつきなよ」とひとみ。

「BLかよ」

「嫌だ、キモイ」とひとみは体を震わせて言った。

「お前が言ったんだろうが」

 いつの間にかひとみは木本と普通に会話をする仲になっていた。

 椅子に座って半身のままひとみの方を向いて話している。

 とは言えみゆは二人の会話に入っていったことはない。

 木本はみゆの目から見れば雄なのだ。

 威圧感さえ感じる大きいだけの雄なのだ。

 せっかくのひとみとのトークに口挟まないでよとみゆは木本を睨みつけた。

 ふと目が合う。

 慌ててみゆは目をそらす。

「私の苗字は足利よ。名前はひとみ。だけど木本君は足利さんって呼んでね」

「足利か…」

 そうか、木本君はひとみの苗字を知らなかったんだ。

 私の勝ちね、とみゆは思った。

「ひとみだと付き合ってるみたいだし、やめてね」

 そうよ、ひとみと呼んでいいのは女子だけよ。

「みゆも名乗って」とひとみ。

 すると間髪入れずに木本は言った。

「ああ、久保田さんのことは知ってるから」と。

「えっ!みゆのこと好きなの」とひとみは興味津々という表情を浮かべた。

「じゃないよ、って言うか…、ほら…」と木本は歯切れの悪そうに、

「久保田はモデルだったろ…、ピッコロの」と言う。

 じっとひとみは木本を見つめて、みゆのほうに向きなおり、

「やっぱ、みゆって有名なんだね」と笑った。

「足利さんは知らないのかよ」と木本。

「ピッコロでしょ、しらなーい」と少し高めのトーンで答えた。

 みゆは自分の話をされると照れ臭いので、自分の席に座った。

「へえ…、意外だな。小学生はみんな読んでると思ったのに…」

 木本がおかしいのだ。

 ピッコロは普通女子しか読まない。

 可能性があるとすれば、姉か妹が読んでいたのかもしれない。

 小学生女子がおしゃれするための雑誌でピッコロモデルだった有名女優がいっぱいいることはかなり知られた事実だ。

 ただ男子でそのことを知ってるのは稀である。

 木本は女優のザッキーが好きなのだろうかとみゆは考える。

 そんなのどうでもいい。

 木本君が白井優やがま口春奈を好きだろうが関係のないことだ。

「ピッコロってガンプラの雑誌でしょ?」とひとみ。

「マジで言ってる?それともボケ?」と木本。

 一瞬の沈黙…。

 これはマジだなとみんなが納得した。

「もちろんボケよ。ホラ、モデルガンの専門誌…?」

 沈黙のさらに深淵に達して氷河期が訪れた。

「だって私の愛読書は月刊爆釣マガジンと月刊ロッキンソウルだし」とひとみはこぼした。

 ひとみ自身も間違いだと察したようだ。

「ロッキンソウル読んでるの?」と、急に木本はパイプ椅子を反対に座り直し、みゆたちの方を向いた。

 みゆは改めて木本の巨大さに圧倒された。

 やだ近いよ、こっちを向かないでとみゆは立ちんぼのひとみの顔だけを凝視して、目をそらした。

「どんなバンドが好きなんだ」と興奮気味に木本はひとみに聞いた。

みゆの聞いたこともないバンドの名前を羅列する木本とひとみ。

 そのたび共感しあっている二人を見てると、疎外感と孤独感でみゆはスマホをいじり出した。

 とは言え耳は会話に集中していた。

「足利はマニアックだな」と今まで見せたこともない笑顔の木本。

「木本君だって十分オタクじゃない」とひとみ。

木本はさらに嬉しそうな顔をする。

「まあ俺が好きになったバンドはほとんどメジャーにならないけどね」

「結局マニアック好きなんだ」

「そうだね、売れると興味がなくなるって言うか…」

「独占欲が強いのかもね」

「そんなことないと思うぜ」

「だってメジャーになれなかったバンドは結局音楽活動を続けられなくなるじゃない。それって応援してるって言える」

「別にそこは違うんだな。結局ヒットするとワンパターンになるって言うか、売れた曲と似たスタイルの曲ばかりで飽きちゃうんだよね」

「分かる、分かる、でもそれは定番を求めるファンのせいじゃない」

「かもね」

「売り上げを気にして冒険できなくなる」

「ニルヴァーナがメジャーになった自分を受け入れられなくて自殺した話なんか聴くと、なんでその時代に出会ってなかったんだろうって思うよ」

「分かる~。でも他殺説もあるんでしょ」

 ニルヴァーナ?とみゆは会話についていけない。

 オルタナティブロックで括られるバンド。

 自殺の原因は遺書から推測すると、売れて自由に自分の好きな曲がつくれないからではないかと思われる。

 ニルヴァーナとは涅槃のこと。

 実にバンド名も意味深である。


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