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2時間目と3時間目の間の中休み。

ひとみはみゆの席の横に立ち、焼きそばパンを食べていた。

 そしてポケットからさらに焼きそばパンを取り出し、みゆに「食べる?」と差し出した。

「いらない」

「じゃあ私が食うか」

 あっという間に焼きそばパンが2個消えた。

 お嬢様か…。確かにお嬢様は大食いのイメージがないな。

 ひとみがお嬢様かどうかは分からない。

ただ食費がかかるしお金持ちの娘と勝手に思ってるだけだ。

 行動は確かにお嬢じゃない。

「ねえ、みゆ、焼きそばパン買ってきて…」

 えっ、このフレーズ。

 パシリにされる時のセリフ。

 ついに私はひとみの下僕になるのか?

「…あげようか?」

「うん?買ってきてあげようか…」

「私さ、今から購買部に行って焼きそばパン買ってくるから、ついでにみゆの分も買ってきてあげようか?」

 違った。パシリ宣言じゃなかった。

「いいよ、弁当あるから」

「ほんと、みゆは小食だね。だからそんなに細いのよ」

 それはひとみが大食いなだけだ。

 でも食べたものはどうなってるんだろう。

ひとみは細いし、モデルだったらみんなに羨ましがられる。

 みゆは太ってないのだが、油断すると太ってしまうから、小学生の頃から体重管理は日課になっている。

 極端なダイエットはしないが、撮影の前の日に食事を抜くことはあった。

 ひとみのおなかは隠れてて見えないけど、妊婦みたいに出っ張ってるのかな。

 あれだけ食べるんだから食事はおなかの中に存在してるはず。

 まさか四次元ポケット。

 ドラえもんを飲み込んだの?


 その日も藤棚の下で弁当を食べていた。

 さっき焼きそばパンを3つ食べたばかりのはず。

 ひとみの弁当はみゆの弁当の3倍くらいある。

「今日もみゆの弁当、可愛い」

 キャラ弁だ。全くママったら頑張りすぎだ。

 ひとみだからいいけどこんな弁当、いじめのきっかけになるじゃない。

「ドラえもんでしょ」

「みたい…」

 全くベタだ。何歳だと思ってるの?

もう藤子不二雄は見てないのに。

「みゆもママも芸術家嗜好なんだね」

「芸術家?キャラ弁が?」

「だってみゆが昨日書いてたのって詩でしょ?」

「詩って言うか…、落書き…」

「落書きじゃないよ。ちゃんとしてるし…メルヘン…」

 あれがメルヘン…。

 そんなこと言ってくれるのはひとみだけだ。

「秘密だからね、あれって童話のつもりなの」

妄想するのが好き。

ボーっとするとなんとなく世界がファンタジーに見えてくる。

そんな妄想を書き留めたりするのが趣味みたいになっている。

「私、童話作家になりたいの」とみゆは言った。

 ひとみは大きな口でパンを一飲みした後、笑顔で、

「なんだ、なりたいものがあったんだ」と言った。

「もちろん願望だけどね。私の願い事の延長線上にファンタジーがあって、それを物語にしてみたいの」

「へえ…」

「まだ一つも物語になってないんだけどね」

 みゆは急に恥ずかしくなって、顔を手で覆い隠した。

「嫌だ、恥ずかしい。私、変なこと言ってる」

「全然変じゃないよ」とひとみはみゆをじっと見つめて、

「そうか、それがみゆの夢なんだ」

夢?

そうか、これって私の夢なんだ。

「いいな、みゆ。なりたいものがあって」

「えっ、童話作家なんか無理だって」

「希望なんでしょ。願い事は追いかけないと叶わないよ」

「うん」

「応援するね。って言っても何もできないけど。叶うといいね」

「嫌だ、恥ずかしい」

「恥ずかしくなんかないよ。かっこいいよ」

「私、なるべくみゆの夢が叶うようにって、願ってるよ」

「ありがとう」

「別に感謝されることじゃないよ」

「そうじゃないよ。笑わないでありがとう」

「笑う?どうして?可愛い話になりそうだし、できたら私に最初に読ませてよ」

「えっ、昨日のあれ?あれは別に落書きだし」

「じゃあ私のために物語にしてよ」とひとみはみゆをまっすぐな目で見つめた。

「う、うん」

「きっと面白くなるよ。って言うか楽しみ」

「うん、分かった。できたら一番に読ませるよ」

「じゃあ、私が一番最初のファンだね」

「そう、そうだね」

 やったー!とひとみは両手をあげて喜んだ。

 そして「ワクワク、ワクワク」と両肘を開いたり閉じたりしてはしゃいでた。

 ひとみって本当に子供みたい。


「ああ、読ませるって言ったけど。私、誰にも読ませたことないのよね」

 午後の授業が始まるとみゆは憂鬱になった。

みゆは相変わらず釣りのイメトレをしている。

 その様子を数の子先生が渋い顔でチラチラ見ていた。

 何か企んでる顔だ。

 先生に目をつけられたら、大変なのに…。

 数学は得意かもしれないけど、内申書に落ち着きがないとか書かれそう。


「みゆ、一緒に帰ろう」とひとみ。

「軽音部は?」

「軽音部か。なんか少し期待外れ。私が目指す部活とはずいぶん違うんだ」

「へえ」

「だから今日は帰宅部。一緒にサイゼリアに行こう」


相変わらずひとみの机の前は食事で溢れていた。

次々に皿が積みあがっていく。

 四次元ポケットだ、やっぱり。

「数学の数の子先生がひとみのこと変な顔で見てたよ」とみゆ。

「そうなんだ」

 ひとみは唐揚げを頬張ってる。

「大丈夫?」

「えっ、大丈夫だと思うよ」

 なんだろう、この自信。

 何か根拠があるんだろうか。

「それよりさ、みゆに問題出していい?」

「問題?」

「そう、数学の問題」

そう言えば数の子先生の出した難問、いとも簡単に解いてたっけ。

 そもそもあんな数式、高1の数学力じゃ解けない問題なのに。

 そんなひとみが私に問題?

 成績普通の私に問題。

 いやだ、嫌がらせ。

 でもひとみに限ってそんなことはない。

 ひとみはノートを取り出して、何かを描きだした。

「128√e980」と書いてある。

 やっぱり数学。

「説いてみて」とひとみ。

 って言うか、さっぱり分からない。

 ルートはルートよね。

 例えばルート2は同じ数字をかけると2になる数字。

一夜一夜に人見頃。

つまり1.414213562×1.41421356は2になる。

でもルートの前にあるeって何?

「お手上げです」

「ごめん、問題まだ出してないから」とひとみは笑う。

「ヒント、なぞなぞかな。これって」

「なぞなぞ?」

「ハートの方程式と同じかんじの答えかな」

「ハートの方程式って、この前数の子先生をぎゃふんと言わせたやつでしょ」

「ぎゃふんとは言わなかったけどね」

「あの方程式はハートが隠れてたわよね」

「アッ!ヒントないと分からないかも…」

「ええ、何、全然分からない」

「数式の上半分を隠してみて、それが私の気持ちだから」

「上半分を隠すの?」

 128√e980の文字の上半分を隠すと…。

 何、上半分を隠すって何?

「じゃあ、隠すね」とひとみは上半分を手で隠した。

1vove you。

 ああ、Vじゃなくて、横に少し傾けるとLだ。

 1も数字の1じゃなくて、アルファベットのI。

 つまり、I LOVE YOU。

 嫌だ、イケメン。

 イケメン告白。

 確か私の気持ちだからって言ったよね。

 嫌だ、告白。

 ひとみったら、見た目はロリ顔。中身はイケメン、名探偵コナンみたい。

「どう?告白できない時にこの数字説いてみて、私の今の気持ちだからって、言ったらかっこよくない」

 嫌だ、とろけそう。

 百合が開花しそう。

「いつか使ってみたら、みゆも…」

 うん?

「童話作家じゃ、使い道ないかもしれないけど、恋愛小説なんかで使うのありかなって思ってさ」

 うん?

「みゆが童話作家になりたいって言うから、夢のお手伝い」

「ねえ、今の告白じゃないの?」

「告白?そう、みゆも誰か好きな人ができたら使うといいよ。ただ難問だから男子が解けるかどうかわかんないけどね」

 男子って言った…、言ったよね、男子って。

私、女子だし。

イケメンとは言われるけど、一応女子だし。

ひとみは私が女子だって知ってるし…、告白じゃないんだ。

私一人舞い上がって、バカみたい。

いや、私のバカ。

そんなの当り前じゃない。

問題を出してる時のひとみって何してた。

ドリアを食べてたじゃない。

パスタを口いっぱいにして、問題出してたし、パンをくわえて謎解きしてた。

サイゼリアだし、こんなところで告白するはずないし。

それに最初に言ったよね。

問題出すって。

そうだ、ひとみは全然気が付いてもいない。

問題を出した先生が生徒に答えを教えてるようなもんなのだ。

私の勘違い。

はずかしい。

勝手に妄想しちゃって、百合でもいいなんて思ってしまった。

ハートを射抜かれてしまった。

ほんと、勘違い。

おっちょこちょい。

ああ、ひとみが天然でよかった。

きっと私の動揺に気が付いてない。

それだけが救いだ。

好きと言った途端に避けられる話、恋愛じゃよくある話だし。

もしひとみが私の気持ちに気が付いたら、避けられるかもしれない。

それに私、別に百合じゃないし。

男が好きだし。

まあ好きな芸能人はいないけど、モデル時代に男子にときめいたこともないけど…、私、間違いなく男好き。

いや、言い方。

好きものじゃないから。

私のひとみに対する気持ちは親友よ。

そう、心の底から幸せになってほしいと思う相手。

出会えて良かったと思う相手。

そして最高に好きなお友達。

「ドリア2皿追加で」とひとみ。

 大好きな食いしん坊。

「誰がロリ顔よ」とドリアを食べながら、ひとみは声をあげた。

 嫌だ、さっき考えったこと聞こえてたのかしら。

「まだ成長途中よ。今は子供に見えるけど、将来はボンキュッボンよ」

えっ。どういうこと?

「一体どれだけ食べてると思ってるのよ。これでボンキュッボンにならなかったら、投資詐欺よ」

 やっぱりそうだ、ひとみはいっぱい食べると大人になると思ってるんだ。

 でもいくら何でも成長期終わってるよね。

 ひとみ、あなたのちっちゃな胸は現状維持よ。

 なんて口が裂けても言えない。

 みゆはことばを飲み込んだ。

 代わりにみゆはひとみに、「ファイト」とこぶしを握って見せた。

 ひとみは笑顔で、こぶしを握り締めた。


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