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贈り物のはこ

あのとき、君に手紙を書いたわけ

作者: 砂礫零

拝啓。


銀木犀が薫る季節になったが、君は相変わらずかな?


今日はちょっと、小耳に挟んだことがあって、こうして君に手紙を書いている。


昔、僕は君にこんな手紙を出した。


『何も聞かずにアクセサリーを送ってください。お礼は必ずします』


君は黙って送ってくれて、僕はお礼にコーヒーカップを送ったよね。


学生時代の、少し不思議な話。

今でも覚えてくれていたんだ。


あれが何だったのか、君はまだ気にしているそうだね。

だから今日は、秘密を打ち明けようと思って、こうして手紙を書いている。


これを読んだら、君は、理由がわかってほっとするだろうか?

それとも、呆れるだろうか?

それとも、少し懐かしいと思って、くれるだろうか。



 ~・~・~・~



 特に大きな出来事があったわけじゃない。

 家族は元気だし、学校では普通。

 それなりに友だちがいて、いじめたりいじめられたりもない。

 それなりに真面目に勉強しているお陰で、成績は中の上。苦手科目ではたまに、中の下。


 平穏な暮らし。普通の暮らし。

 何事か起こってほしいと望んでいるわけじゃない。

 平穏で普通こそが幸せ、と言われれば、それで納得する僕がいる。


 なのにどうしてだろう。

 時々、何もない穴に落ち込んでいくような気分になる。

 時々、どこにも逃げ場がないのに、どこまでも透明なガラスケースに入っているような錯覚を、してしまう。


 時々、空気が固くなって息がしにくい。病気じゃないのに。


 そんな感覚を、ぼくは誰にも話したことがない。

 普通が一番。

 逆に言えば、家でも学校でも『普通』でなければ、生息しにくくなってしまうってことだ。



「おう、なに見てるんだ?」

 学校の帰り、歩道橋の上から下を覗き込んでいるぼくに、友人のヒロトが尋ねる。


「今かっけーベンツが通った」

「お前まじ外車好きな」

「いやいや、お前の自衛隊好きには負ける」


 そんな話でお互いに、相手のことをわかっているつもりになりつつ、のんびりと歩く。


 いや、分かってないとは言わないさ。

 ただ、それは『普通』の範疇内だと思う。お互いに。


「じゃーな今度公開訓練付き合えよ」

「その日はバイトだから無理」

「バイトと公開訓練どっちが貴重か知ってるか?」

「もちろんバイト」

「ちくしょーっ」


 仲良いよな、ぼくら。

 けど、話さないことだってもちろんある。

「じゃーな」「おぅまた明日な」

 ヒロトと普通に別れて、空を見上げながら帰る。


 小さかった頃はヒーローになれば空が飛べるかと思っていたとか、バカな話だよな。


 階段から飛んで落ちて怪我して泣いて、おさななじみの子が絆創膏をはってくれた。恐竜の模様だった。


 それから空は飛べない、と分かったけど、まだ時々思う。

 この身体は、空を飛ぶには重すぎるよな、と。


「あんたさっき、歩道橋から飛び込んでみたいと思ったね?」


 急に、ハスキーな声が背後からかけられた。

 普通は、そんなの相手にしちゃいけない。

 でも、その声と内容は、思わず振り返って、答えずにはいられない力に満ちていた。


「そこまでハッキリと思ったわけじゃないっすよ」 見ればそこには、ジーンズに独特な紋様の刺繍が施されたジャケットを羽織った女性。

 年齢の読めない感じの、濃い眉と彫りの深い顔立ち。鋭い目付きと、柔和な口元。

 なんだか『ホンモノ』感にあふれている……ほんものの変わり者? ほんものの……なんだろう?


「ただちょっと、そしたらどうなるかな、と思っただけっす」


「それが危ない。危ないよ」

 顔をしかめて、女性が言う。ぼくはちょっとムッとする。


「なんですか思うくらい自由でしょう。心の中まで『普通』じゃなければならないんですか」


 女性は首を横に振り 「だが」 とぼくをじっと見つめた。

 真剣な眼差し。

「それでは、カイセイに魅入られる。カイセイに魅いられれば、死しても父祖の国に行けず永遠にさまよう」


 バカバカしい話だよな、とぼくは思った。

 なんだそれ? 新興宗教か?


 同時に興味をひかれる。

 それが『普通』でないと判断できれば、その時点で逃げ出せばいい。

 そう考えてぼくは息を吸った。


「カイセイとは?」


「父祖の国へ行けずこの世をさまよう死者だ」


 悪霊とかそんなものか。

 なるほど、ありそうな設定。


 ぼくは内心であざわらいつつ、怖がっているふりをする。

「避けるには、どうしたらいいんでしょうか」


「そうだな」女性はまた、ぼくをじっと見た。

「……親しき者から身に付ける金属……アクセサリーを贈ってもらい、常につけると良いだろう」


「はぁ……」

 新興宗教じゃない、かもしれない。


「ただし、その理由を知られてはならない。誰にもだ。もちろんその、護符の贈り主にもだな」


「護符という意味なら、神社の方が」


「祈祷は確かに大切だ。だが、我々は親しき者の心ほど人を守るものはないと思っている」


「……そうですか」


 曖昧な返事しかできないぼくを女性はまたじっと見つめ「まぁ好きにしろ」と踵を返した。


「忠告は、した」


 女性は去っていった。

 ぼくも反対の方向へ歩きつつ、なんとなく、考える。


(なにも聞かずに……アクセサリーを……)

 それって、信頼してる、ってことじゃないか。

 誰がぼくのそんな頼みを、聞いてくれるだろうか。

『普通』の範疇に入ることに腐心して日々を過ごすぼくを、誰がそこまで信頼してくれてるというのだろう。


 そう考えたとき、ふと、幼馴染みの女の子が頭の中に浮かんだ。

 空を飛ぶのに失敗して泣いていたぼくに、何も聞かずに恐竜の模様の絆創膏を貼ってくれた、優しい子。


 あの子に手紙を書いてみよう。


 心の中の空白に、ぽんっと表れた言葉は、空に浮かぶ雲みたいに、ふわふわとぼくの足を文具屋に向かわせる。


 どんな便箋、どんな封筒にしようか。

 切手も買わないとな。


 そんなことを考えている間、ぼくの心には、『普通』も『カイセイ』もいなかった。


 なんて書いたらいいんだろう。


 あの子なら、どう思うのかな。




 ~・~・~・~




『…………とまぁ、こんなわけでね。

あの手紙を君に送ったんだよ。

だから君が、何も聞かずにアクセサリーをくれた時は本当に、嬉しかったな。

今だから言うけれど、お礼のコーヒーカップを選ぶのも、楽しかった。


あのアクセサリーはずっと身に着けていたが、ある時チェーンが切れてね。

たぶん、役目が終わったんだと、何となく思った。


それからはサイフの中に入れて、時々、取り出して眺めたりしている。

失敗して落ち込んだ時や、なんとなくやる気が出ない時なんかにね。


今では少し錆びてしまったが、見れば、なんだか元気がもらえる気がするよ。


本当にありがとう。


では、また会おう。


これから寒くなってくるから、冷えないように気をつけてな。  敬具』




 あの時買った便箋にしたため終えると、それを丁寧に畳んで封筒に入れる。


 可愛らしい便箋や封筒は、結局、あの時しか使わなかった。

 残りを捨てられずに置いておいたのが、こういう形で役に立つなんてな。


 封筒に切手を貼って手に持ち、サンダルを履いてふらりと外へ出た。


 今日は、銀木犀の香りの中を、あの古いポストまで散歩に行くか。


 駄菓子屋の前にある、筒型の赤いポストだ。


 そのポスト、昔から、手紙を入れるとなんだか喜んでくれるような気がするんだが…………まさか、な。



 fin.

こちらは雪縁さま『夢咲町のはらぺこポスト』完結記念・贈呈作品です。


【夢咲町のはらぺこポスト】

https://ncode.syosetu.com/n1799fu/


【こちらの活動報告記事を題材に書きました】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/983668/blogkey/2421666/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 理由を書けないなら、せめて便箋と封筒に想いを込められるように――と、『僕』が文具屋で時間をかけて選んでいる姿が浮かびました。 そして、その時に買った便箋と封筒は、送り合ったものと同じような…
[良い点] 理由を書かずともアクセサリーを送ってくれる。 そんな優しい人との繋がりこそが大切だと思いました。 その存在を大切にしないといけませんね。
2019/11/29 11:49 退会済み
管理
[良い点] それが何のせいであっても、アクセサリー一つで繋がっている儚い関係がしんしんと雪降るように積もるお話でした! お見事です。 中学生のときに初めてアメリカにペンパルができて、送ってくれたアク…
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