出会い
「そういえば、まだ名前聞いていなかったね。キミの名前は?」
「…真羅陽日。高校2年生」
「あっ、同じ歳なんだ。陽日って呼んでも良い?」
「良いけど…」
メニューを見ながら、僕はちょっと後悔していた。
やっぱり断るべきだったか?
彼の眼は好奇心に満ちている。
それが居心地を悪くさせる。
「ねっ、何食べる? 何が好き?」
「えっと…。ミートソーススパゲティとドリンクバー頼んでもいい?」
「もちろん。デザートもどうぞ♪」
彼は不気味なほど機嫌が良い…。
とりあえず、頼むものを頼んだ後、僕は思いきって聞いてみた。
「ねぇ、何で僕を誘ったの?」
「強いて言うなら、目立ってたから。なぁんか雰囲気あるコがいるなぁって思ってたら、声かけちゃってた」
…ソッチ系だったのか?
いや、でもそういう視線じゃない。
純粋に、好奇心を感じる。
「そっそう。あっ、僕ドリンク持ってくるから」
「どうぞ」
彼はニコニコしながら手を振った。
ドリンクを見るフリをしながら、考えた。
…逃げた方が良いんだろうか?
何だか彼からは危険なカンジがする。
そう、まるで…ボクみたいな…。
がっしゃーん!
「えっ?」
店の奥から、何かが割れる音がした。
店内にいた人達も、驚いて店の奥を見つめる。
すると、奥から1人のウエイトレスが、血の付いた包丁を持って出て来た。
顔に満面の笑みを浮かべながら。
ぞわっ!
背筋に鳥肌が立った。
このコ…マズイ!
僕は慌てて彼の所に戻った。
「ここを出よう! 何だかヤバそうだよ!」
小声で言うと、彼はキョトンとした。
「あっ、うん。でも何が…」
彼の言葉は、女の人の悲鳴で消えた。
「きゃあああっ!」
ウエイトレスの持つ包丁が、女性客の腕を切り裂いた。
パッと辺りに血が飛び散る。
すると店内が一斉にパニックになった。
「早く!」
僕は彼の手を掴み、立たせた。
「ここにいたら、危険だって!」
もう大声で怒鳴っていた。
「分かった。出よう」
さすがに事態を悟ったのか、彼は僕の手を握り返し、真面目な表情になった。
出口へ駆け込む客達。
しかしウエイトレスはそこを狙って、次々と包丁を振り上げる。
僕は店の奥を見つめた。
「…こっち!」
彼の手を引き、出口とは反対方向のトイレの所に走った。
「どこ行くの?」
「こっちに非常口があったんだ。そこから逃げよう!」
トイレの更に奥に、非常用の扉があったことを思い出した。
ところが悲鳴が間近で聞こえた。
振り返ると、ウエイトレスは僕達のすぐ側まで来ていた。
「なっ!」
僕と彼の間を、包丁が切り裂いた。
ギリギリで手を離したから良かったものの、繋いだままだったら、どちらかの手が傷付いていた。
「くっ…!」
このままじゃ逃げ切れない!
僕は思いきって、ウエイトレスに飛び掛った。
包丁を持つ手首を押さえながら、床に倒れ込んだ。
倒れても、笑みを崩さない。
コレは3年前、ボクが起こした事件の加害者と同じ…!
「眼をっ…覚まして! キミは操られているんだよ!」
大声で間近で叫ぶと、びくんっと体が動いた。
「陽日! どけて!」
遊間の声で、僕は彼女から離れた。
遊間は白い布で、彼女の全身を覆った。
そして手際良く、紐で縛り上げてしまった。
彼女はしばらくバタバタ動いていたけれど、やがて大人しくなった。
「えっと、遊間? 空気吸える所は空けてあるよね」
「口元までには布を覆っていないよ」
遊間はそう言って、彼女の口元を手で上げると、確かにそこから息を吸っているのが分かる。
「そっ、なら良いけど…」
「どいたどいたぁ!」
そこへ聞き慣れた声が飛び込んできた。
「暴れているウエイトレスはどこ?」
続く女性の声は…。
「門馬さんに希更さん!」
2人の刑事だった。
「ヤダ! ハルくん! まさか巻き込まれたの?」
希更さんが心配そうに駆け寄ってきたが、僕らの足元を見て、立ち止まった。
「もしかして…」
「はい、加害者のウエイトレスの女の子です」
「まるで簀巻きね」
「ああ、俺がしたんですよ」
遊間はそう言って、学生証を希更さんに見せた。
「神代遊間と言います」
「神代くん、ね。ハルくんのお友だち?」
「えっと…」
「俺が彼をナンパしたんです」
「はっ?」
しっ正直に言わないでも…。
「希更くん、とりあえず今はこのコのことを先に」
「あっ、そうだった!」
門馬さんと希更さんは、他の警察官の人と一緒に女の子に近付いた。
「ね、陽日。あの刑事さん達と知り合いなの?」
「あっ…。あの女の人、希更さんって言うんだけど、僕の従姉なんだ」
コレはウソ。
でも誰か知り合いの人に会った時には、こういうウソを言うことを希更さんと決めていた。
「ハルくん、神代くん。悪いケド、ちょっと署の方でお話聞かせてくれる?」
「あっ、はい」
「分かりました」
…とんでもないことになったな。
でもちょっと気になることがある。
「希更さん、その前にトイレいいですか?」
「ええ、どうぞ」
僕は男子トイレに入ると、ため息をついた。
あの女の子の表情…見覚えがある。
マヒした感情。
崩れた表情。
…ボクが3年前、作り出した『人形』と同じだ。
「オレじゃねーよ」
ビクッと体が震えた。
顔を上げ、目の前の鏡を見ると、ボクがいた。
「オレが作った『人形』は、あんな無様じゃない。それは知っているだろ?」
壁に寄りかかり、イヤな笑みを浮かべている。
「いつの間に外にっ…!」
「お前がピンチそうだったからな。そういう時は許可を得なくても出るさ」
ボクは背を浮かせ、少し歩いた。
そして僕の頬を撫でる。
「まあ今回は良いとして…。にしてもアレがオレの仕業だと思われているのは、よくないな」
「っ…!? 仕方無いだろ? 似てたんだから!」
頬に触れる手を、叩いて払った。
心を読まれたことの動揺を隠す為だ。
「間違えるなよ、陽日。オレはお前を万が一にでも傷付けることは、絶対にしない」
それでもボクは僕の顔を両手で包み、真面目な顔で眼を真っ直ぐに見つめる。
「分かってる…! 分かってるから…」
あまり真っ直ぐに見つめないでほしい…!
また昔のように、ボクを求めてしまいたくないから…。
「お前を傷付けようとしたヤツのこと、調べる」
「…ダメだ。お前は動いちゃいけない」
「そんなこと言っている場合か? 今回の騒動、オレを引っ張り出す為かもしれないんだぞ?」
「それはっ…!」
否定できない。僕も考えていたことだから。
「オレに用事があるなら、お前にちょっかいをかけるのも分かる。オレに任せろ。すぐに終わらせる」
「だから、それはっ…!」
「―陽日?」
遊間の声だ!
「隠れて!」
小声でボクに言って、ケータイ電話を手にした。
「アレ? 1人? 今誰かと話して話してなかった?」
「うっうん。電話してたんだ。帰り、遅くなりそうだから」
僕はケータイを見せた。
「そうだったんだ。刑事さんが遅いから、心配してたよ」
「今行く。ゴメン、待たせて」
「ううん。具合悪くなったとかじゃないなら、安心だよ」
「そういう遊間は平気そうだね」
「俺、武術得意だから。ある程度のことでは驚かないんだ」
そう言って肩を竦める。
確かに女の子を縛り上げるのは、手際よかったけど…。
今時の武術って、ああいうことまで教えるのかな?
「何だかこんなことになっちゃって、残念だったね。よければまた会ってくれないかな?」
「うっうん。いいよ」
僕を見る、ボクの視線が険しくなった気がするけど、ムシで。
「じゃあ、よろしく。今度はちゃんとするから」
「うん、よろしく」
その場で遊間とケータイのナンバーとメールアドレスを交換した。




