現実世界
目覚めは最悪だった。
ボクの夢を見るなんて…。
それでも朝はきている。
僕は起きなきゃいけない。
1人暮らしをしているからと言って、何もしないと生きてはいけない。
シャワーを浴びて、歯を磨いた。
着替えて朝食を作る。
トーストとヨーグルト、それに目玉焼き。
目玉焼きはトーストの上に置いて食べる。
僕はこの食べ方が好きだった。
ボクの方は別々に食べるのが好きみたいだけど…。
「って、ダメだ。あんなヤツのこと考えちゃ…」
ボクのことを考えることは、心を許すことにつながる。
もう心を許しちゃいけない。
僕は自分1人で生きていかなきゃいけない。
でないと…。
ピンポーン
インターホンの音で、意識が現実に戻った。
玄関先のモニターを見ると、顔見知りの男女がいた。
僕はすぐに玄関に行った。
「お久し振りです、門馬さんに希更さん」
「久し振りだね、陽日くん」
「久し振り、ハルくん」
50代の男性が門馬さん。
30代の女性が希更さん。
2人とも刑事で、昔…僕とボクがお世話になった人だった。
「ちょっといいかな?」
「伝えたいことがって、今日は来たの」
2人は笑顔だが、どこか緊張感がある。
「はい、どうぞ」
だから僕は不安になりながらも、部屋の中に入れた。
「マンションでの1人暮らしには慣れたかね?」
「ええ、何とか。いろいろと大変なことは多いですけど」
「あら、でもちゃんと朝食を作って食べているなんて感心だわ。アタシなんてめんどくさくって、しょっちゅう抜いちゃうから」
「あっ、すみません。今片付けます!」
慌てて食器を下げて、コーヒーカップを二つ棚から取り出した。
「お2人とも、ブラックコーヒーでよかったんですよね?」
「ああ、すまないね」
「お願いね~」
コーヒーを淹れながら、僕はいろいろな考えを巡らせていた。
まさかまたボクが何かしたのか?
…でもそんなことない。
そう、信じたい!
「今日はどうしたんですか?」
心境を隠し、僕は笑顔で2人にコーヒーを差し出した。
「ああ、ちょっとな」
門馬さんが希更さんに視線を向ける。
希更さんはコーヒーを一口飲んだ後、真剣な表情で僕を見つめた。
「ねぇ、ハルくん。最近、月夜クンが動いたことは無かった?」
ぞわっ!
全身に鳥肌が立った。
月夜はアイツの名前だ。
もう1人のボクの…。
「…いえ、最近は大人しく中にいますよ」
震える声でそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「実は最近、ちょっとおかしな事件が起きててね。こう言うのも心苦しいんだが…月夜くんが関係しているんじゃないかと思ってね」
「事件…ですか?」
「ああ。学生を中心に起きている事件でね」
「ちょっとコレを見てくれる?」
希更さんがカバンからファイルを取り出した。
ファイルの中身は、新聞の切抜きを集めたものだった。
繁華街やアーケード街で同時刻、学生達が暴れだした。
いきなりケンカをはじめたり、また万引きをしたりと様々に暴れて、街は一気に混乱した。
これは一ヶ月前の出来事。
次は十日後に事件は起こり、次は一週間後、そして今ではランダムに起こっている。
短くて1時間後、長くて三日。
時間も曜日もバラバラながらも、事件は必ず起きている。
「…コレ、同じ人が繰り返しているんですか?」
「ああ、だけど繰り返すヤツを捕まえてても、また別のヤツが暴れだす」
「そうして同じなのは、人数だけ。暴れる理由はバラバラだけど、人数だけは毎回ピッタリ同じなの」
…確かに、記事を読むと数は合っているようだ。
「…コレが月夜と関係があると考えられているんですか?」
「まあ…そうだな」
「ええ、そうね…」
2人とも歯切れ悪く答える。
僕は少し考え、目を伏せ、ファイルを閉じた。
「―この事件、月夜には関係ありません」
そう断言した。
「…それは確かかね?」
「ええ、絶対です」
僕は門馬さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「確かに月夜が起こした事件に、似てはいます。けれど模倣犯と考えた方が良いですね」
「模倣犯…。以前の月夜クンの起こした事件を真似するなんて…。月夜クンの信奉者かしら?」
希更さんの言葉に、僕の目がぴくっと動いた。
考えるよりも先に、体が反応してしまうなんて…情け無い。
「とにかく、この事件は僕達には無関係です。他を当たってください」
僕は希更さんにファイルを差し出した。
「そっそう。分かったわ」
2人は納得いってなさそうに顔を見合わせたが、立ち上がった。
「あっ、そうだ。念の為、陽日くんも気をつけて。何かあれば、連絡を」
「…分かりました」
「防犯ブザーを持ち歩いた方が良いわよ。じゃ、またね」




