だいたい「まとも」なハッピーエンド
「エルネスティーネ・フリートベルク!お前はヘレナ様に酷い暴言と暴力を繰り返したそうだな!そんな奴が王妃になるとは王家に対する侮辱だ!今すぐ殿下との婚約を破棄してもらおう!」
時折開催されるパーティーのさなか。
開始を告げる挨拶が終わって少しだけ経った時、一人の男が私に向けて言い放った。
……色々ツッコミたいことがありますが、とりあえず、一つだけ。
「無礼にも私の名を呼び捨てとは……初めて見る顔ですわね?」
「俺は殿下の側近のブルーノ・アッペルだ!そんなことも知らないのか?殿下の婚約者なのに、側近の名前も覚えてもない低能なのだな!」
ブルーノ・アッペル……?
まさか、アッペル子爵の四男坊?
何故子爵ごときがヴィクトル様の側近を名乗っているのかしら?
この方がローラント様より優秀だとは思えないのだけれど……
「側近はいつの間に変わったのかしら?そして、それは殿下の意思なのですか?……今、殿下は外交の為に隣国へ行っていらっしゃるから、残念ながら確認はできませんけれど。」
「確認も何も、殿下がお前を嫌っているのは分かりきっている事だ!憂いだ顔をしながら貴様の名前を呟いてため息をついているのだぞ!そして、貴様は殿下の心を弱らせた挙句、殿下の心を労る優しきヘレナ様を蔑み、傷つけたのだ!そんな最低な奴が殿下の婚約者など、あってならないことだ!」
おやおや、公爵令嬢である私をお前と呼び、挙句の果てには貴様呼ばわりするとは……
教育がなっていませんね。
どう考えても側近になる器ではないし、そんな者をヴィクトル様が側近にする事は無いですね。
それにしても、ヘレナ様、というのはブルーノ・アッ……めんどくさいわね、低脳馬鹿の後ろで俯いて震えている女のことかしら?
俯いているからあまり表情は分かりませんが……
……なるほど。
それにしても、全く見た事ない顔ね。私が記憶している貴族名簿にはヘレナ様という女は載ってないから……最近養子になったか、平民。
ん?でも、仮にも子爵である低脳馬鹿が様付けしてるということは、伯爵以上ということかしら?
いや、流石に伯爵家での養子の有無は優秀な侍女が調べあげてるはずだわ。
だけど、平民ではないとすると……
「なんだ?今更になって怖気付いたか?ならこの聖女たるヘレナ様に土下座して許しを乞うのだな!そして、自ら婚約破棄を殿下に申し出るのだ!殿下はたいそう喜ぶぞ!」
「はぁ……人が考え事をしている時にぺちゃくちゃと、うるさい人ですわ。」
「なんだと!?」
低脳馬鹿が騒いでいますが完全無視を決め込みます。
そして、ヘレナ様という女の正体が分かりましたわね。
聖女ということは、ネカーク教ですか。
そういえば、聖女が入学したとアネルさまに聞きましたわ。
あの宗教はきな臭いと言いますか、上層の方々が困ったちゃんだと、リリアム様が頭を抱えていたのを覚えています。
そんなきな臭い宗教の上層の上層とも言える聖女ですか……
これは、黒ですね。
さて、騒ぎすぎて顔が茹でたタコのようになっている低脳馬鹿に大切なことを教えて差し上げますか。
「言っておきますが、この婚約は国が定めたものですわ。私1人が婚約破棄したいと言ったとして、破棄するのは難しいことはご存知?」
おや、低脳馬鹿の顔が少し歪みましたね。
いい顔するじゃないですか低脳馬鹿。
「だ、だが!変わる婚約者がネカーク教の聖女なら何も問題ないだろう!むしろ国が泣いて喜ぶに違いない!」
いや国の中枢はアホじゃないですよ?
国教があるのにも関わらず他教の重要人物を王族に迎え入れるわけがないじゃないですか。
というか、これはヴィクトル様の意思は全く関係ないのは確定ですねぇ。
今日来たパーティは伯爵家からの招待状を受けて来ましたが、どうも私を嵌める罠としか言い様がありませんわね。
多分6割がヘレナ様信者ですわね。
「ヘレナ様が可哀想だ……」「ヴィクトル様の婚約者はヘレナ様であるべきだ!」とかそういう声が会場に居る6割の人間、それも全て男性から聞こえてきました。
私の地獄耳、舐めないでくださいまし。
残りの方々は周りに流されかけていますね。
身分が低めの子爵や男爵の皆様に多めの傾向。
逆に侯爵以上はちゃんと話を聞いて理解出来る人が多いみたいで安心です。
ぶっちゃけ、ここまでいったら国家反逆罪で即刻死刑です。ですが、処罰対象があまりにも多い、多すぎる。
これでは国が揺らぐでしょうねぇ。
仕方ない。こんな茶番に付き合っている程私は暇ではありません。
さっさと帰りましょうか。
「そこまで仰るのでしたら、私が国王陛下に確認して参りますわ。殿下の様子とそのヘレナという者のことも含めてご報告させていただきます。では、私は失礼して……」
「なっ、何を言うんだ!どうせ陛下にあることないこと話すつもりだろう!そんなことは断じて許せん!」
「そう仰りますが、この場で今すぐ王様に目通り出来る身分の方はいらっしゃいますの?公爵家の娘であり、ヴィクトル様の婚約者である私以外に。」
「それはヘレナ様だ!ヘレナ様は聖女である上に未来の殿下の婚約者なのだぞ!」
……低脳馬鹿は低脳で馬鹿だと思ってましたが、ここまで来ると馬と鹿に悪いですわね。
「お前は未来の国母であるヘレナ様を傷つけたのだ!よってお前には天罰が下るであろう!既にネカーク教の聖騎士団が外に控えている。大人しく裁きを受けるのだな!」
…………………は?
今、なんて?
この馬鹿は、私を捕らえようとしているのですか?
……脳味噌がないのかしら?
それか。余程早死したいらしい……
思わず死んだ目になっていると、後ろの扉の方からゾロゾロとシルバーの鎧に身を包んだ集団がやってきた。
その集団は私を取り囲むようにして整列する。
横を向いた女に羽という趣味の悪い絵が胸鎧に描いてある。
これは確実にネカーク教の聖騎士達ね。
成程、ヴィクトル様も国王陛下も居ないうちに私をさっさと片付けるつもりなのか。
宗教は国には属さない。
宗教団体というのは、神が下した罰としてその者を誰の許可無く連れ去るにはもってこいなのだ。
少しは脳味噌があったようね。
それにしても、なってないわ。
私を取り囲む聖騎士は、鎧に着られているガリガリか私腹を肥やしたデブしかいない。
入ってくる時もバラバラだったし、こんなので聖騎士とは笑えてくるわ。
私が馬鹿にしたような顔で自身を見たのが分かったのか、1番偉そうなデブが顔を真っ赤にして、
「お、おまえぇええ!私を鼻で笑うとは!っ全ては聖女様のために!神の天罰を!いけ!!」
と指示を出した。
一斉に襲いかかってくる聖騎士(笑)達。
彼らが振り下ろした剣が、
無防備な私を傷つける
……ことはない。
ガッキィィイインッと空中で音がし、自分が入れたチカラの倍の強さで跳ね返されて転げる聖騎士(笑)。
その姿は滑稽で思わずクスリと笑ってしまった。
「な、何故だ!?何が起きた!」
低脳馬鹿が、訳が分からないと騒ぎ出す。
この結果を予想していなかった6割の貴族達も騒ぎ出した。
さて、この馬鹿たちに教えてあげましょう。
「皆様は、ヴィクトル様が魔法を得意としていて、魔道具造りにも熱を入れていることをご存知?これは外交に向かう前にヴィクトル様が私に授けてくれた、結界魔法'も'入っている魔道具です。……性能が多すぎて覚えきれてませんが、確か……これには、私が身の危険に晒された時に、報告と共に私の居場所をヴィクトル様に伝える機能も入っていたはずですね。」
私は身につけていたペンダントを見せた。
先程の言葉を聞いた貴族達は皆慌て出す。
そりゃそうでしょう、この場にいるだけで犯人にされかねないのだから。
さて。そんな貴族達を少し脅してみましょうか。
「そういえば、ヴィクトル様は瞬間移動の魔法を使えましたわね。もしかしたら、直ぐにこちらに向かってくるかも……」
まあ、外交中ですので直ぐはありえないと思いますけど。
そんな言葉を私は心の中で呟いた。
突然。
後ろから嗅ぎ慣れたローズの香りが漂ってきた。
次の瞬間には、周りを取り囲んでいた聖騎士達が綺麗さっぱり消えていた。
きっと火山の火口付近か永久凍土の雪国かどこかに転移させられたのだろう。ご愁傷さま。
優しく後ろから抱きつかれる。
ふわりと優しいローズの香りが強くなった。
「エル……無事?」
……ちょっと、どさくさに紛れて首に顔を埋めないでくださる!?
「久々のエルの匂いだぁ……」とか首元で変態みたいなこと言わないで擽ったい!
「ヴィクトル様!皆様が見ていますわ!はしたないことは辞めてくださいまし!」
そう、この変態のような御方はこの国の第一王子、ヴィクトル・ヘルシャー・フレンツェン。
先程言った通り、使う魔法は魔術師長よりも強く、剣も使える。
頭が良く、何もやっても天才的な能力を見せるが、無口であまり表情を出さない。ついでに言うと人見知りである。
流石に一人しかいない王子が対人が苦手とは言ってられないので、オンモードの時は完璧なキラキラ王子に仕上がるのだが……
今はオフモードですね。
周りの人に殺意を向けながら私に甘えるという器用なことをしていらっしゃる。
こんな様子を見せつけられて、会場にいる人々は低脳馬鹿の言葉を疑い始めていた。
一応言っておくが、これは外交に出かける前にも「数日離れる分のエルの癒し成分を貯めておかなきゃ……」とかなんとか言って行った行為だ。つまり、通常運転である。だから、低脳馬鹿が言っていた殿下が私を嫌っているというのは、わかりやすい嘘だと思う。
……おや?
「殿下!突然消えて何事ですか!外交が終わったとはいえ、数日はあちらに滞在するはずだったのですよ!」
「まぁ、エルネス嬢に何かあったってことはよぉく分かったが……なるほどな。」
「1人は連れていってくださいよぉー!流石に3人はきついですー!」
後ろから時空がねじれる気配。同時に、3人の人が出てきた。
上からローラント様、アネル様、リリアム様ですね。
全員、殿下の信頼する側近である。
ローラント様は宰相の息子で非常に頭の回転が早い。
殿下も頭が良いが、どちらかと言えば暗記寄り。計算の答えを覚えているのが殿下、瞬時に計算して答えを出すのがローラント様だ。もちろん、記憶力もいい。
そして、「真理の眼」という神の祝福を保持しており、それを使うと自分が知りたいことが解るのだとか。
ただし魔力を限界まで使うので、三日に一回が限度らしい。まぁ、ホイホイ秘密を知られてはこちらが困りますわね。
アネル様は、剣術に秀でている。他にも武術を嗜んでいるそうだが、やはり剣術が得意で右に出るものはこの国には居ないだろう。
とある村の出身なのだが、その村はなんというか……強い魔物が出る上に龍と共同で生活しており、生きるために強くなり、龍と契約して共に戦うという……特殊な村だ。
龍との契約は龍を打ち負かすことらしいが、もちろん龍は強い。冒険者ギルドでSランクに設定されるくらいには。
勿論アネル様は龍と契約している。それも天龍という龍のトップだそうです。怖いですね。
リリアム様は伝説の魔女の子孫であり、13歳まで一緒に暮らし鍛えられた。
殿下が通う学園に1年遅れて入学、飛び級で殿下と同じクラスに。自分以上の魔法の能力を持つ殿下を最初はライバルと敵視していたが、根本的に使う魔法の類が違うと知り和解、今ではいい相談相手になっている。
因みに特殊なのはリリアム様の方。魔女がリリアム様に教えていたのは魔術という魔法を応用した所謂オリジナル魔法で、高度な技術を必要とするので普通の人は扱えないそうだ。しかし一般で使われる魔法を使うのは力加減が難しいらしく、よく爆発させていますね。
そして、3人揃って容姿は完璧。ヴィクトル様も当たり前ですが完璧なので、女性陣が色めきだっている。
3人が来たことで、やっとヴィクトル様から解放された。
肩に手を置かれたままだが、先程の体制よりはだいぶマシだ。
「それでエル、……何があったか説明してくれる?」
まぁ、そう来ますわよね。
「あの方が、殿下は私のことを嫌いだと仰いまして、」
「ま、待ってくれ!」
「なっ!……まさか、信じてない、よね?エルのことを愛してるよ……食べちゃいたいくらいには。」
「だから!公衆の面前で!そんなことを言わないでくださいまし!おほん、……あとは、ネカークの聖女を虐め傷つけたから天罰を下すとか言ってましたわ。」
「ネカーク教?……エルを狙うなんて……許さない。」
ぐっ、溢れる魔力量が増えてしまいました……
先程から魔力は溢れかえってましたが、暴走させないように私が吸収していました。ですが、これは吸収が追いつきそうにもないですね……どうしましょう?
この感情のままに魔法を展開なさっては、初級魔法が上級に匹敵するほどの破壊力を持ってしまう。
とりあえず、あまり関係ない人達を巻き込むのは良くないですわね……
私が行動しましょうか。
「ヴィクトル様、関係ない方もいらっしゃいますわ。後で該当する方々をお教えしますので、とりあえず先に教えて欲しいことがあります。」
「ん、なに?」
「アッペル子爵の息子を側近にした覚えは?」
「無いよ。」
「そうですか。では。」
私はパチリと指を鳴らす。
すると、飾ってあった花々が一斉に伸び始め、低脳馬鹿の体を捕らえた。
私は植物との和睦性が高く、意のままに操ることが出来る。
これは魔法ではなく、祝福に似たようなものだ。
「ぐっ、なんだこれは!離せ!」
「御生憎様、貴方は私に不敬を働き、あろう事か殿下の側近を名乗った犯罪者ですわ。ローラント様が城の兵士を呼んだので、来るまで逃げないようにしなくてはね?」
ローラント様が魔道具で城に報告しているのを私は横目で見ていた。
一応、今捕まえるのは低脳馬鹿だけだ。聖女の側なのであろう6割は後で報告し、然るべき罰を与える。
あとは……
「ヴィクトル様、聖女様と少しお話してもよろしいですか?」
ガクガクと震え、涙目になって青い顔をしている聖女に私は笑いかけた。
「リリアム様、結界を貼ってくださる?」
「いいですよー!ほい!」
無詠唱で中位魔法である結界の魔法をはるリリアム様。しかもこれは魔術なので改良されて普通の結界よりも強固であり色々な性能を持っている。
ヴィクトル様は聖女との対談を反対していたが、少しおねだりしたら渋々頷いてくれた。チョロい。
それでも、ヴィクトル様、ローラント様は、アネル様、リリアム様が同伴している。元々リリアム様とローラント様には同席して貰う予定ではいたが……美形4人衆は女性には毒だって知っているのかしら?
「さて、これで外部からの接触は出来なくなりましたわ。……たとえ、魔道具でもね。」
私が言わんとしていることが分かったようだ。
彼女は驚いて私の顔を見た。
そして、なんとか耐えていたらしい涙が耐えきれなくなり、愛らしい顔をぐしゃぐしゃにしながら嗚咽を漏らす。
そして、絞り出したような声で言った。
「家族を……ひっく……皆を、助けてっ……ください……!」
城下町にある平民の娘として生まれたこと。
生まれつき、自分に好意を寄せる人間に命令し、従わせる能力を持っていたこと。
その事がネカーク教に知られ、ほぼ誘拐するように教会に連れてこられ、聖女にさせられたこと。
ネカーク教に、言うことを聞かないと家族を害すると脅されていたこと。
そして、ネカーク教に監視、主に盗聴の魔道具を身につけさせられていたこと。
彼女は吐き出すように全てを話した。
やはりそうでしたか……
あの時、低脳馬鹿の後ろで震えていた彼女は自分がやっていることの罪悪感で顔を青くし、震えていた。
ある意味彼女もこの事件の被害者である。
「失礼します。貴方は私の目のことを知っていますか?」
「真実を見る眼を持つのですよね……?聞いたことがあります。」
「なら、話は早い。先程の話が真実か、見せてもらっても?」
「構いません。お願いします。」
私がローラント様にお願いしようと思ったが、その必要は無かったみたいだ。
ローラント様の目の色が何色か判別できなくなる。「真理の眼」を使っている証拠だ。
「ふむ、嘘は言っていないようですね。殿下、どうします?」
「……取り敢えず、家族の保護が先。その後、ネカーク教に兵士を送る。あの時の聖騎士が全員だとは考えられないから、精鋭兵で。ローラント、まだ続けられる?」
「大丈夫ですよ。」
「ならここで問おう。君はどんな命令をしたのかな?」
「……教会の指示に従うように、と……それ以外は言っていません。」
「嘘は言っていませんね。」
自分は悪になりたくないという意地が感じられる。
ちゃんと足掻くあたり、メンタルはしっかりしているのかもしれない。
ローラント様の言葉を聞いて、ヴィクトル様は顎に手を当てている。
そして答えを導き出したのだろう、ヴィクトル様はヘレナさんを見据えた。
「……なら、君に処罰を下そう。エルの侍女になって10年間働け。」
「えっ!?」
「確かに、それなら民にも示しがつく。聖女として崇められていた人間が、人の下に着く侍女になるからな。監視も出来るし、お誂え向きじゃねぇか。」
「エル、フリートベルク公爵に許可を取っておいてね。」
「当たり前ですわ。お父様が何を言おうとも、ねじ込んでみせますわよ。」
「えっ、あの……許して貰えるのですか?」
恐る恐るこちらを見た彼女に私は微笑む。
もちろん、あの茶番劇はとてもイラつきましたが、見た時から、彼女は違うと分かりましたからね。
この国では、城の侍女、又は自分より位の高い貴族の侍女になるのはステータスとなるが、自分よりも位の低い貴族の侍女になるのはバッドステータスとなる。
聖女である彼女の地位は一応王家と同じくらい。だから、公爵家である私の家はバッドステータス扱いだ。
基本的に軽い罰を犯した貴族の子女に課せられるこの罰だが、どうも不人気と言うか、嫌だという人は多いようだ。
期間は10年。この罰の対象は、成人済みの女子だから10年後には25歳以上……
貴族女性の結婚適齢期は15~20までなので完全に行き遅れとなる。
だが、元々平民で権力に振り向かなかった彼女は、この罰はむしろ昇格のようなもの。そして、平民女性の結婚適齢期である20~28歳には収まるのでその点でも文句はないだろう。
そして彼女の家族には、フリートベルク領のネカーク教の影響が無い、守備も硬い街に暮らしてもらう。週に一回は領地に帰るので、あまり寂しい思いをさせることは無いだろう。
あぁ、でも、ひとつだけ聞かねばなりませんね。
「ヘレナさん。その能力を使う際に何か特別なことはありますか?」
「特別なことですか……?そういうのは、特に……あっ、そういえば、「これをしなさい」というような強い命令じゃないと効かないんです。だから、不本意に従わせることを回避出来ました!」
「成程、これなら色々避けられますね。」
「ですね。月に一度、こちらからも人を出しましょう。命令されているか否か。」
「……君は一時的に牢に入ってもらうことになる。だけど、罪状が渡されるのは三日後くらいだからすぐ出れる。そしたらエルの家に行くことになる。……家族はこちらで保護するから心配しなくていい。」
「分かりましたっ。本当にありがとうございます!」
彼女はこちらに深々と頭を下げて、呼んだ兵士に連れられ部屋を出ていった。
「さて、」
それを見届けると、ヴィクトル様はくるりとこちらを向きニコニコと笑った。
何だか寒気がする……!
「エル、家まで送っていく。」
「た、確かにまだ従者が迎えに来るには早い時間ですが……わざわざそんなことして頂かなくても……!」
「疲れているでしょ?直ぐに家に帰った方がいいよ。」
「で、ですが!あの、」
「拒否は受け付けてない。じゃあいくよ。」
「だから!ちょっ!し、瞬間移動は酔うからやめてええええぇ……」
部屋に私の悲鳴を響かせたが最後、次には私とヴィクトル様はその場から消えていた。
「行っちまったな。」
「迎えの馬車せっかく呼んだのになぁー」
「まーたあの方はっ!……陛下に、王子は今日も城に帰りそうにもないと報告する私の気持ちを!少しは考えていただきたいです!」