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人間戦

「…焦げくさいな。」

緑が深くになるにつれて鼻をつく臭いに顔を顰める。一晩麓の港町に出ただけなのにこの有り様だ。ボヤ騒ぎにしては濃すぎるそれは昨晩のことを物語っている。

普段は山の中腹ほどには認識齟齬の結界が張りつめられ、術者の承認無しにはそこに隠された私たちの家には辿り着けない。

私が異臭を感じたあたりから結界が張られていた。この臭いは結果内での火事が原因、それも只事ではない。これ以上考えるのはやめて、労力を足に費やして帰りを急ぐ。

長かったような短かったような時間と木々が過ぎていく。終わりが無いような森の先から光が指すのが見えた。登山に疲れてきた足を鼓舞して走り抜ける。

「それでは第三回戦、始めましょう。」

 その声が発せられたと同時に勝負は終わっていた。


 さて、これだけでは観客たちには何が起きたのかは分からないだろう。実際に当事者でもある彼女たちすらも何が起こったかは分からなかったそうだ。

 何が起きたのか。

 答えは、【時間停止】だ。

 おそらく分かった人は大勢いるであろう。

 皆も知る十六夜咲夜の能力【時間を操る程度の能力】が発動していたのだ。時間が止められた空間の中で十六夜咲夜のみが行動をすることができる能力。

 当然ながら、この状態では観戦もクソもない。

だから、僕が君たちに一種の奇跡を見せようと思う。時間(とき)の過ぎ行く感覚を十六夜咲夜と同じにする。これによって、人間同士の化け物じみた戦いを0から全て理解できることだろう。

さて、わずか1秒すら経たずに終わった事の顛末を、これから皆様に再びお見せしよう。



お嬢様も、来客達も、目の前の相手も、試合開始の合図が告げられた時のまま、固まっている。

当然だ。私があの瞬間に世界の時を止めたのだから。

時間が止まった世界。

そこは私だけが行動でき、他の者は一切の動作もできないことが絶対の理である。

そのおかげで私は常人には捉えることのできない速さで動き回り、音速を超えるようなナイフを投げているように見せかけられる。実際のところはただ移動して、ただナイフを投げているだけのことなのに、誰もが引っかかる。

しかし、そんな単調な動きでは一撃で仕留められない相手もいる。昔起こした異変では、そのナイフを普通に受け流し、残像にも見える私に弾幕を当ててみせた人間がいた。

しかし、それも昔の話。今の私は、あの時のように油断はしない。最初の攻撃を受けた相手の出方から強さを考え、時を止めて戦略を練れる。

要はただ、ナイフを相手に当てようとするだけ。簡単なことだ。戦略は単純であればあるほど扱いやすい。私はメイド。今はお嬢様の為に勝てばいい。

そう笑って私は彼女の四方を幾重にも重なるナイフで囲んだ。スペルカードルールで死ぬことはないだろうが、これを回避できるものならば厄介だ。


「時間停止、解j...

「やっぱり咲夜おばさんの話と変わんないな~。」


時間停止解除寸前、あと少しでナイフの嵐に巻き込まれるはずだった彼女(あいて)の声が天井から浴びせられた。発生源を見やると、器用にも玄関のシャンデリアの端につま先で立っている彼女がいた。そこからシャンデリアを少しも揺らさずに飛び降り、嵐と私の間にトッ、と軽く音を立てて着地してみせた。


「え...何、嘘...。確かに私以外の時の流れを止めたはずなのに、なんで」

「私が動いてるのか。確かに時は止まってますよ。証拠に私たち以外の皆は一瞬も動いてませんから。」

「それは知ってる。私が聞きたいのはなぜ時間停止をされているにも関わらずお前が動けることについてだ。」


この時の止まった空間(せかい)で動けるのは私だけ。それは絶対の(ルール)なのだ。にも関わらず、相手は自在に動いてる。

何故だ?

愚問だ。深く考えるまでもなかった。

相手の能力が関わっているはずだ。おそらく能力無効化の類。でなければ私と同じ時を操る程度の能力だろう。それらならば一応の辻褄は合う。

…いや、1つだけ変なところがある。

彼女はさっき確か、


「あなた、今私のことおばさんって

「はいそろそろ戦おうねメイドさん。」


私が問い詰めようとすると輪廻と名乗っていた相手は早口でまくしたてて会話を一方的に終了した。

いや、この様子は絶対何かあっただろ、目が泳ぐ

って今の彼女に相応しすぎるわ。


「まあ、何を思ったかは聞かないであげるわ。会話にも飽きてたところだし、ね!」


そう言いながらナイフを片手分身体目掛けて放った。

私自身、何があったのかそこそこ興味をそそられるが今は戦いの真っ只中。あの人間を倒さなければならない。先ほどの避け方といい、こいつはかなり強い。

強さでいえば妖夢と同等だろう。決して油断は許されないだろう。

「片手分とはまあ、私もなめられたもんだ。」

そう言ったか否や、彼女は腰に手をかけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その()()を両手で構え、ナイフの一つ一つを叩き落とした。

全てを叩き落とした頃には何かを覆っていたものが壊れたのか、その何かが露わとなった。鏡かと思わせるほどによく磨きのかかった長い刃に弱々しいシャンデリアの灯が模様のように一つ一つ写し出されて反射による強い光を放っている。刃の根元には真っ赤な鯉口を備え、柄には朱と金の糸で見事な小花紋様が編まれている。

日本刀だ。

しかもそこらの雑兵が使うような簡素なものではない。れっきとした職人が作るような上物だと思われる。刃渡りからして脇差だろうか、一般の女性が持つには重すぎる刃物をナイフのように軽く扱ってみせる様は只者じゃない。

ゾワゾワっと何かが背筋を走り抜けた。この感覚は少し懐かしいかもしれない。巫女を相手取ったときにも感じたこの胸騒ぎ、危機感、そして高揚感。

只者ではないほど血が滾ってしまう。


「とんだバケモノじゃない、人のくせに。」

「バケモノって、私程度じゃ凡人に毛が生えたくらいなんですけど。」

「あなたを凡人?ずいぶんと馬鹿げた解釈をするのね、あなた。」


これほどの剣の腕を持ってしても凡人に下げるあの集

団がいよいよ不気味に思えてきた。


「そろそろ会話にも飽きました。今度こそ真面目に、殺すつもりでかかってきてくださいね?」

「…言われなくても、そのつもりよ!」


怒声に合わせて今度は立体的逃げ道を通れるか通れないかくらいに開けて閉じこめる檻状に展開した。

だが、


「スペルカード発動《理解(りかい )(およ )ばぬ()わせ(かがみ)》」


スペルカード発動。確かにそう聞いた。

彼女の発動したスペルカードは私の放ったナイフ一つ一つの軌道上にナイフを出現させ、互いの刃先で撃ち落とすというものだった。

見事だと言わざるを得ない。だが、


「私をおばさん呼ばわりだけではなくスペルカードも発動するなんてね…あなた、本当に何者なの?」

「いや、氷華みたいに即興で作っただけで、特段何者とか呼ばれるような人間ではなくて…。」


嘘だ(ダウト)命名式決闘法(スペルカードルール)に則ってカードに書かれていたのがチラッと見えた。先の戦いで氷華が発動したのはスペルカードを名乗っただけの魔法だ。だがこいつはカードをしっかりと出し、発動を宣言した。なぜこいつは幻想郷に着たばかりだというのに()()()()()()()()()()()()()()()()のだ?

次々と湧き上がる疑問を抱え、どう攻めるべきかと、ちっとも揺れないシャンデリアに頭を上げる。

刹那、ヒュッと鏡の刃が振り下ろされるのが隅に入った。慌てて観覧席の手すりへ飛び移り、お土産にナイフを放つ。


「私の前で油断とは、その首、必要無いとみた。」


一文字に迫り来る刃を足を広げて身を翻し、そのまま一回転した。その勢いに乗って床を蹴り上げ、こちら側へ跳躍する。足場が不安定なこちらでは回避も応戦も叶わず、膝を曲げて彼女と一直線に交わるように突進する。突進に気づいたのか、彼女は刀を右肩の方に振り上げて居合切りを試みる体勢になる。私も刀を受け止めるためのナイフを右手に用意する()()()()()()()、左手にはカードを隠し持つ。

そして衝突の時、


「スペルカード発動! 幻葬《夜霧の幻影殺人鬼》」

「スペルカード発動! 消明《0()の一閃》」


至近距離から弾幕の被弾を狙ってみたものの、即座に展開されたナイフの流れは彼女の斬撃によって蒸発してしまった。

そしてお互い無傷のまますれ違い、相手が跳躍する前

の位置に着地する。


「首が必要ないとは言ってくれるわね、この首は主に捧げているのに。」

「ここまで互角とは思わなかったな。もう少し早く終

わると思っていたのに。」


彼女の言葉にも一理ある。人間がここまで競り合うのは随分と久しぶりに感じる。ここまで長引いたのは紅魔異変のとき、霊夢と戦ったとき以来かもしれない。


「お互い互角な以上、これ以上時間をかけるのは無駄。次で終わりにしましょう。」

「次で終わりって…力量差がほとんどないのにどうやって終わりにするのさ。」

「次のスペルカードで最後。相手が被弾するまでずっと戦闘は続くってことでどう?」

「うん、とてもわかりやすいルールだね。」


そう言って、懐から朱色の文字が書かれた札を取り出した。何を書いてあるのかはここから詳しく見ることはできない。私もトランプを模したカードを取り出し、ナイフを持つときと同じように構える。

束の間の静寂。

場所こそは紅魔館ではあるが、瞬きたりとも見逃せない緊張感、乾いた空気、息遣いすらも聞き取れぬ静けさ、散らばったナイフと刀から漂う鉄の香り、かさついた口の中を潤す唾液の味。なんだか、西部劇のガンマンになったようでこの状況が可笑しく思えてきた。お互い、相手の弾幕(銃弾)被弾して(あたって)はいけない。早撃ちではないがなるほど、置かれている環境は似たり寄ったりなのかもしれない。

そして、勝負は動いた。


「スペルカード発動! 傷魂 《ソウルスカルプチュア》

「スペルカード発動! 輪符 《輪廻転生(りんねてんしょう)》」


カードが発光し、白よりも眩しい世界に誘われる。やがて、光が収まり視覚が機能するようになる。

そこで私が見たのは辺り一面を囲むように展開された〈呪符〉の群れ。群れは私と彼女を取り囲み、一枚一枚高速に舞っている。群れにはよく見ると手のひらほどの隙間がバラバラに空いていた。当然のことながら、この隙間から逃げようものなら被弾してしまう。必然的にこの檻の中で弾幕を避けるしかない。

ナイフ射出機を手元に寄せ、ナイフを放つ。それと同時に先ほど発動したスペルカードも展開する。

行動制限がかかっただけの空間だけならば攻略は容易いだろうが、当然ながらそんなわけがない。この空間の中を弾幕の雨を降らせるのは確かだ。

やがて準備が整ったのか、スペルカードを発動してからずっと鞘に納めていた刀に手をそっと添え、目を薄く閉じた。チャンスかと思い、ナイフを一斉放出する。だが、チャンスなど始めから無かったようにナイフは全て消えていた。

そう、私は見たのだ。

目を閉じていた彼女にあと何メートル、といったナイフの群れが。

ゆっくりと目を開いた彼女が流れるように抜いた()()()に消される瞬間を。

呆気に取られる暇など無い。

日の光を宿した刀をその流れに乗せたまま、横、縦、横と9回と空を切り、斬撃として弾幕となる。試しにとナイフを放ってみるが、同じように当たった先から消えていく。相殺は無理だが、避けるだけなら簡単だ。守矢の巫女も似たようなスペルカードを持っているし、妹様の弾幕の方がもっと避けるのに苦労する。碁盤に似た九字の弾幕とはなんともやりやすい。

九字を切り終えた刃からは光が消え、普通の刀に戻った。こっちもあと二字避ければさっきと同じ空間に出る。グッと足に力を込め、接近を試みる。太刀さばきこそ目を見張るものがあるが、近距離から一撃でも撃ち込めれば(こっち)の勝ちだ。

縦の斬撃を左に躱す。あと1字。

横の斬撃を姿勢を落としてやり過ごす。これで最後。

今だ、と踏み込み横方向への跳躍移動。それとほぼ同時にふんわりとした花が脇を通り過ぎていった。ギョッとして身体を捻らせて後方を見るとそこには、斬撃が当たった札が形を崩し、真っ白な花の弾幕へと姿を変えていた。ゆっくらと花びらを舞わせながら徐々にこちらへと迫ってくる。動きこそ遅いものの、弾幕としての密度は高いうえに美しいときた。

ふと、進行方向に目を向けるが、彼女の姿はもうそこにはなかった。札の壁にぶつかる前に踏ん張りをきかせて止まる。身体ごと迫り来る花園と向かい合い、彼女の姿を探す。

案の定弾幕の中にその姿はあり、移動を続ける花々の一つを手にとっていた。花はポゥッと純白の光を灯してまたお札へと姿を変え、再び群れに加わっていった。残された光は剥き身の刃に光を移して消滅してしまった。そして再び、先ほどのように。否。より幅の広い斬撃を放ってきた。前からは素早い斬撃、後ろからは遅く迫る花畑ときた。

ナイフを放ちながらながら右へ移動する。花は今だに迫りつつあったが、気にしないで斬撃に集中できるだけの距離はあるはずだ。


「…終わりだな。」


ボソッと相手の声が溢れる。それを拾って群れの方向に目を向ける時には右半身が摩り下ろされ[ピチューン]と被弾を知らせる音が響き、そして何も感じることができなくなった。

「一、二、三、四…。」

数えるのも莫迦らしくなってくる焼死体、斬死体、凍死体らの数が転がっていた。家に近づくにつれて一つ一つの惨状も酷くなってくる。その家すらも残っているのは炭と化した柱と梁だけで、如何に炎が強かったのかが伺える。

当然ながら、共に暮らしていた仲間たちの姿はそこにはない。

焼け死んだ、もしくは…。

「ずいぶんと殺したもんだね〜。」

人が思案するなか、何処からともなくそれは現れた。一目見て異質な物と漂わせる菫色の髪と瞳。長い髪を緩く束ねた少女然としたそれはその顔立ちに相応しい微笑みを浮かべ、島渡りをするように死体から死体へと飛び移っていた。

「いくら襲撃があったとはいえ、燃やすのはやりすぎだ。」

そうだろ?

それからの問いかけは無視して先ほど放置していた考察を再開する。

あれの言う通り、焼くのはやりすぎだ。昨夜は私を除く全員が家にいた。襲撃程度だったら家にも被害の及ぶ火術の類は極力避けるはずだ。況してや全員が全員弱くはない。むしろ強い。となると、火は襲撃者が放ったものとみていいだろう。だとすれば、術か何かによる炎だろう。であれば、これらの元は

「妖狩り。」

「…御名答。」

「じゃあ、彼奴らは、」

いや、待て。何かおかしい。

ああ、そうだ。死んでるわけがない。だって、少なくとも二人は、

「だいじょぶ、全員生きてるさ。」

その言葉に安心すると同時に微かな、気にしなくてもいい疑問が横切った。

「お前、彼奴らはの行方が分かんねえのか⁉︎」

「だから大丈夫だって。行方も分かってるし、多少の怪我を負ってはいるけどみんな生きてる。」

「そっか…。」

「ただ、」

面白いことにはなっているよ。

少女然とは決して言えない口元を大きく歪めた笑みに背筋がゾッとした。嫌な感じがする。それも彼女に関わる。

「彼奴らはは何処へ行った。」

「なんかの弾みが起きたのかねぇ、この世界上にあって存在を認識されない場所へ飛ばされてしまったよ。」

「私も連れてけ。」

できるんだろ、お前なら。

言葉にはせず、眼差しだけで後の言葉は訴える。

「どうして?君を連れていかなきゃいけないんだい?」

予想通り、と言っていいのか。理由を尋ねられるときはこいつからして面白い状況、もとい、私たちで遊んでいる状況だ。

だが、私はどうしても行かなければならないんだ。

「思い出したんだ。」

「何を?」

「今日は…厄を吸収しなければいけないんだ。」

その瞬間だけ、此奴の目が輝いた気がした。

「そっか、じゃあ早く行かなきゃね。」

「だが何処に行く気だ。」

え、決まってるじゃん。

そう言うかのようににんまりと笑い、それを口にした。

「幻想郷。」

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