勇者様に捨てられました
「今です勇者様! とどめの一撃を!」
「これで終わりだ魔王!」
「ぐああああ! まさか我輩が敗れるとはああああ!」
魔法で動けなくなった魔王の体を勇者様の剣が貫きました。
魔王は断末魔の叫びを上げながら崩れ落ち、その体は消滅します。
「やりましたね勇者様!」
「大したもんだよお前は」
「フン、あたし達なら当然よ」
「ありがとうみんな!」
山賊のガルフォスおじ様が笑いながら勇者様の肩を叩き、僧侶のミロクちゃんがそっぽを向きながらも私の手を握ってきます。
私は杖を床に置き、胸をなでおろします。
みんな無事で本当によかった。
「帰ろうみんな! 俺たちの国に!」
こうして私、魔法使いエリスの長い旅は終わりました。
魔王が倒されたことにより魔族はその姿を消し、世界に平和が訪れたのです。
◇
国に帰り、王に謁見することになった私たち。
感謝の言葉と、一生使いきれないほどの褒賞が与えられました。
それだけではなく、私たちの勝利を祝し、王城を利用した豪華なパーティを開くことになりました。
夜にパーティは始まり、私も様々な料理を食べながら、歌って踊って楽しんでいます。
今年で六十歳になる王様も、この時ばかりは大はしゃぎ。軽やかにブレイクダンスを踊っていました。
勇者様も嬉しそうに、その様子を眺めています。
――私はこの旅で勇者様の活躍を見てきました。
二十年前、太古の昔に封印された魔王の一人が復活し、世界を混乱に陥れました。
魔王は配下である異形の存在、魔族を解き放ち人類に宣戦布告したのです。
人類は武器と魔法を使い立ち向かいましたが、両者の実力はほぼ互角で、長い戦いを強いられることになりました。
しかし、魔法復活と同時に、王国で黄金の髪を持った人間が誕生しました。それが、勇者様です。
この世界では、黄金の髪を持つ者は選ばれしもので、災いを消し去る力を持つものとされていました。
言い伝えの通り勇者様は幼少時から武術に長け、勉学も優れていました。
十八歳の時に王の召集を受け、魔王を倒す勇ましき者、勇者の称号を授かったのです。
ここまでが魔法使いの里で聞いた話でした。
勇者に関わるなど思ってもいませんでしたから、実際に勇者様は魔法使いの里を訪れた時は驚いたものです。
選ばれし者の証である黄金の髪を持った青年。
初めてお会いした時はその美しさに見惚れてしまいました。
あの時、こちらを見た勇者様がすぐに顔を逸らしたので、嫌われたとベッドでずっと落ち込んだことを覚えています。
魔王討伐の仲間を探しに来たと勇者様は言っていましたので、おちこぼれの私に声がかかることはないだろうと思っていました。
ですが、勇者様は私を仲間として誘ってくれたのです。
最初は断ったのですが、何度も説得され、首を縦に振ってしまいました。
その後の記憶はありませんが何故でしょうか?
旅をする中で、伝説の山賊と言われていたガルフォスおじ様。
僅か十五歳であらゆる回復魔法を使いこなす天才僧侶ミロクちゃんを仲間に加え、遂に魔王を討伐できたのです。
その旅の中で、私は勇者様に恋をしました。
パーティが終わったら話があると声を掛けていただきました。
その時に想いを伝えようと思います。
◇
「来てくれたかエリス」
王城から少し離れた広場で、先に来ていた勇者様と向かい合います
しわくちゃになった正装から、多くの人と関わったことが容易に想像できました。
勇者様と二人きり、何だが心臓がどきどきしています。
私は勇者様に内心を悟られぬよう、要件について聞くことにしました。
「俺も戻ってから王に聞いた話だが、新たな魔王が出現したらしい。また旅に出る必要がある」
「え!?」
やっと世界が平和になったのに、また戦いに戻らなくてはならない。
いけないことだとわかっているのですが、少し喜んでしまいました。
また、みんなと旅できるのが嬉しかったのです。
「早く準備しないといけませんね。二人にも声を――」
「すまないエリス。次の旅に君は連れて行かない。君は故郷に帰ってくれ。伝えたかったのはそれだけだ」
呼び止める間もなく勇者様はパーティ会場に戻ってしまいました。
一人残された私は、膝を着き、空を見上げます。
明るい満月が、にじんで見えました。
何がいけなかったのでしょうか?
自分なりに精一杯してきたつもりだったのですが、勇者様が気にいらないことがあったのかもしれません。
勇者様に捨てられた。
そう考えると、自然と涙が溢れ出てきました。自分で止めることもできません。
私は涙が枯れるまで泣き続けました。
◇
「やっと見つけたぞ」
「どこ行ってたのよエリス、探したのよ」
王城に戻ると、ガルフォスおじ様とミロクちゃんが迎えてくれました。
長いこと離れていたため心配をかけてしまったようです。
「少し、勇者様と話をしていただけですよ」
「それだけじゃねえだろ? その面見る限りただ事じゃないはずだ」
「何があったの?」
ガルフォスおじ様が髭をさすりながら、こちらを見透かすような目で問いかけてきます。
それから逃げるようにミロクちゃんの方を見ますが、こちらの顔にも「正直に話しなさい」と書いてありました。
二人にはお見通しですね。思わず苦笑いになってしまいます。
ごまかすこと出来そうにないので、素直に話すことにしましょう。
「新たな魔王が出現したそうです。勇者様は新たな魔王討伐の旅に私を連れていかないと言って、すぐに戻ってしまいました」
「え⁉」
「私は、勇者様に捨てられたみたいです」
「嘘だろ? 待ってろ、あの馬鹿に話を聞いてくる!」
「もういいんです。ここに来たのも二人に最後の挨拶をするためですから」
足元を杖で叩くと、魔法陣が浮かび上がり光を放ち始めます。
これで転移魔法の準備は整いました。
「待ってエリス! きっと誤解だから!」
「止まるんだエリス!」
「今までお世話になりました。さようなら」
その言葉を最後に、私の体は光に包まれました。