序章
4月初旬。その日は俺たちの後輩になる新一年生が、ここ市立南高校に入学式を受けに来ていた。
扉から入る風だけが体育館の空調を管理する中、皆どこか心細そうな、でも期待に満ちた顔でパイプ椅子に座り、舞台のマイク前で話す校長の話に聞き入っている。
そしてそんな真っ新な下ろし立ての制服を着た新入生の後ろが、俺たち二年生に割り当てられた座席位置であった。
今回で高校の入学式は二回目、そして雲がほとんどない春の陽気に当てられたこともあってかところどころから小さなあくびの音が漏れ出ている。
そしてかく言う自分も必死で口から出そうになるあくびをかみ殺していたところだった。
「ふぁ~……」
そんな俺の隣で遠慮なく、豪快にあくびをかましたのは茶髪で長身の男だった。
「あーねみぃ……」
「そーだなぁ……」
立宮拓郎。中学時代から縁が続いている友達であり、互いに遠慮のない、気心の知れた仲であるのがこの男の名前である。。
「そーいや千尋は今年何組だったか見たか?」
校長先生の話が続いている中、唐突に拓郎がクラスの事を尋ねてくる。
「うん、掲示板のやつなら見たよ。確か――」
俺たち含む二、三年生は入学式の前に、校門前の掲示板にでかでかと張り出されたクラス表を既に見ていた。
「三組。拓郎は?」
「お、やりい。オレも三組」
嬉しそうな声で拓郎がグッとこぶしを握る。
ということは今年も同じクラスか。
「マジか、それはよかったぁ」
「だな、今年もよろしく」
「――続いては生徒会長の祝辞の挨拶です」
うん、よろしく――と続くはずだった俺の言葉は、体育館内に設置されたスピーカーから響くプログラムの進行音にかき消されてしまった。
それから滞りなく入学式が終わって、二年三組の教室に移動した俺たちは担任が来るまでの間、新しいクラスメイトとの親睦を深めていた。
その面子は当たり前だが、見覚えのある顔から、全く知らない顔まで様々だ。
そしてその中でも俺と拓郎は一人の男子生徒と喋っていた。
「自分は内田春平、趣味は野球で野球部に所属してる。これからよろしくな!」
といって内田は親指を突き立ててニカっと笑う。
その頭は坊主頭で、野球部の内田として俺の脳内にインプットされるのに時間はかからなかった。
「おうよろしく。オレは立宮拓郎、イニシャルのTTで覚えてくれ」
「TT……拓郎か、りょーかい。……ちなみにその髪の色は染めてんのか?」
「仮に染めてたらソッコーで説教食らってるだろうな。地毛だよ地毛」
アハハと笑いながら拓郎は自分の髪を指さしながら言う。
これについては出会った当初、ほんとに驚いたことを今でも覚えている。
「え、マジで?すげえな。……ま、自分の場合坊主だから関係ないんだけどな」
そりゃそうだろという拓郎の突っ込みでまた笑いが起こった。
「で、そっちの名前は?」
今の笑いの余韻か、若干口元が笑った状態で内田が俺に目を向けてくる。
少し緊張するけど自分は三番目だし今更だ。元気よくいこう。
「俺は北谷千尋。拓郎とは中学からの友達なんだ。――これからよろしく!」
そう言って俺も内田に習い、ニカっと笑う。
うまく笑えているだろうか、強張った顔になってはいないだろうか。
そんな俺の不安を吹き飛ばすかのように内田はまたニカっと笑い、
「おう、よろしくな!」
と安心する言葉をくれた。
これから楽しくなりそうだ、となんでもなく三人で笑いあっていた時――偶然か否か、少し離れたところで自分たちと同じく仲間と喋っていた女子グループの内の一人と目が合った。
「あ……」
「……」
でもそれは一瞬のことですぐに目をそらされてしまう、というより気まずくて俺のほうから先にそらしてしまった。
「……? どうかしたか?」
俺の反応に気づいたのか、拓郎が訝しげな目を向けてくる。そのままにしておくと何かと弄られてしまうことが過去の経験からして、目に見えていたので、
「な、なんでもないよ」
と手を振り、誤魔化すしかなかった。