不幸の手紙
高校二年の春。一通の思いを込めた手紙を握りしめて下駄箱の前に立つ少年がいた。
彼はこれから幼馴染の女の子にラブレターを送ろうとしている。
しかし彼は知らない。
彼が主人公のこの物語は決して、「喜劇」ではないことを。
一話 不幸の手紙
なぜ俺たちの青春はあんなにもすれ違ってしまったのだろうか。
二人の少女に迫られている奇妙な状況を目の当たりにしながら俺はこの一連の事件を思い出していた。
始まりは一通の手紙だった。俺が魂を削ってある女性に思いを伝えるために書いた手紙。いわゆる・・・・ラブレターだ。
相手は生まれた頃からの幼馴染。堀あかね。家が隣、生まれたのも同じ日、病院すらも同じ。運命すら感じざるをえない奇跡のような出会いだった。きょうだい同然でここまで過ごし、思春期を迎えた俺はそれが必然とも言わんばかりに堀のことを好きになってしまっていた。
今日こそは伝えよう。そう思い立ったのが高校二年の春。新しい風に吹かれて心が桜の花びらのごとく舞い踊り、気付けば靴箱の前に立って封筒を握りしめていた。
堀の靴箱は上から三段目。抜かりはない。というか同じクラスだ。間違えようがない。靴箱の扉を開け、封筒を、入れる。心臓が大きな音を立てて騒いでいる。今にも口からゴロリと溢れてしまいそうだ。
突然の手紙すいません。なんて、今更かな。
単刀直入に言う。俺はお前が好きだ。お前さえ良ければ返事を聞かせてほしい。
今日の放課後、体育館裏で待ってる。
小嶋 優樹
入れた。入れたぞ。間違いなく入れた。しっかりとドアを閉じ、靴箱の前で手をパンパンと叩き拝んだ。
そう。このラブレターがすべての事件の発端なのである。
その日は一日中落ち着かなかった。堀もどこかそわそわしていていつもなら「おーっす!」なんていながら話しかけてくるが、今日ばかりは流石に静かだった。
俺に話しかけてくるのはもっぱら腐れ縁の十時くらいだ。相変わらずのんきな顔して焼きそばパンを食べている。
「にしてもラッキーだよなぁ。あの伊藤さんと同じクラスなんてな!」
「ん?あーそう、だな」
「なんだよー釣れないな」
「そんなことはないよ。ただあんだけ綺麗な人だと俺らには高嶺の花っつーかね」
「たしかになー。同じクラスになったからってお近づきになれるとは思えねーもん」
十時のなんでもない話は今日に限ってはありがたかった。このまま黙っていると本当に心臓を吐きかねない。十時もまさか俺が今朝ラブレターを出してきたなんて思ってもいないだろう。
「そういえばお前らは今年も同じクラスか」
「お前ら」と呼ぶのは決まって俺と堀のセットだと俺は知っていた。十時も十分長い付き合いで出会いは小学校の頃だった。無論、堀とのことも知っている。
「えっ?!」
「堀だよ。もう何年連続だ?俺も十分な腐れ縁だけどあいつほどじゃねぇもんな」
「あ、あぁ・・・・そう、だね」
「あいつも結構可愛い方だと思うけどさ。お前らそういう話はないわけ?」
「な、ないよ!きょうだいみたいなもんだし」
「ふーんそういうもんか」
わかって言っているのか、それとも。こいつの妙な勘の良さは正直引くくらいだ。
そんなこんなで一日の授業が終わった。全く頭に入らなかった。いつものことだけど。
堀は運動が得意でソフトボール部に所属しているがそこも抜かりはない。今日は休みの日だ。どんな間違いもあってはいけない。この日のために何度も何度も頭のなかでシミュレーションしたんだ。あとは体育館裏で堀を待つだけ。
体育館からはボールの叩きつけられる音と女子の掛け声。女子バレー部だろうか。近くに駆け寄ってくる足音を聞くたび心臓の鼓動が早くなる。結局飛んでいったボールを取りに来た野球部だったりしてそっと隠れるように息を潜めたりした。
それを数回繰り返し、俺の中で長い時間が過ぎた。夕日が真っ赤に変わる頃、体育館裏に俺以外の人間がついに。
伊藤奏。少し息が上がっているようだった。
「す、すいません。少し・・・・いえ、時間がかかっちゃって」
夕日に照らされた美少女ってのはこんなにも美しいものなのかと思ってしまった。伊藤奏は、そんなことを思ってしまうほど、美しい。
少しの間見惚れてしまっている自分がいる。なぜ伊藤さんがここにいるのかさっぱり分からず唖然としている。遠くでカラスが鳴いている。
「あの、例の件・・・・なんて言い方失礼ですね。貴方のお気持ちの件、なのですが」
例の件?なんのことだ?というかなんでここにいるんだ?
口がパクパクと動いているが声は出ていない。その様子は俯いている彼女には見えていないようだった。
「とても、嬉しかったです。その、まさか貴方も同じ気持ちだっただなんて。ずるいですね。私は。とてもずるい人です。貴方の気持ちを知って、小躍りしながらここに来ました」
何の話だ。同じ気持ち?何か話したか?いつ?今日?
「私も、単刀直入にお応えします。・・・・私も、貴方が好きです!」
俺の心のなかで今の言葉を繰り返している。頭の中をぐるぐると回っている。やがて視界がぐるりと回り、俺は、倒れた。
「小嶋さん!」
最後に聞こえた伊藤さんの声すらさっきのリピート再生の声にかき消された。
「私も、貴方が好きです」。何度繰り返しても気が遠くなる一方で俺は闇の中に落ちていく感覚に襲われていた。
目が覚めた時、そこは保健室だった。真っ白い天井と濡れたタオル。ゆっくり起き上がると額の上のタオルが落ちた。
「あっ!だ、大丈夫ですか?!そ、その・・・・」
隣には伊藤さんが座っている。俺の手が異常なまでに汗ばんでいるのは伊藤さんが強く俺の手を握っていたから。その手は小さく震え、まっすぐ俺の目を捉える済んだ大きな瞳は少し濡れていて、目元は真っ赤になっている。
「その、突然貴方が倒れてしまったので急いで桑原先生をお呼びしてそれで」
明らかに混乱している。普段冷静で落ち着いた伊藤さんが取り乱しているのはすごく新鮮で、心の奥の方がくすぐられている。
「とにかく、よかったです。こうなったのも私のせい、ですね。夕日の日差しが強い中おまたせしたわけですから・・・・」
「い、いやそんなことないですよ。昨日多分夜更かししたのが祟ったんです。いや不養生不養生」
頭の辞書をパラパラめくり、なるべく頭の良さそうな言葉をチョイスしてフォローした。
「そうですね。ふふ。夜更かしは次の日の体力を著しく落としますから。気をつけてください」
「ははは・・・・お恥ずかしい。ってやっぱ慣れないなこの喋り方。普通に喋ってもいいか?」
「大丈夫ですよ!むしろ私もその・・・・緊張しちゃって」
「えっそうなのか?」
「すぅーっ・・・・はぁーっ」と深呼吸をして胸を撫で下ろす。この人の行動はなぜこうも全て可愛らしく見えるのか、不思議でしょうがなかった。
いや、そうじゃなくて!
すっかり忘れていた。結局あの時伊藤さんが言ったことは・・・・。
「まさかこんな風にお話できる日が来るなんて」
「えっ?」
頭がぐるぐる回っている中ふいに話しかけられた気がして声が裏返った。実際はずっと話していたんだろうけど。すいません。全く聞いていませんでした。
「覚えていますか?初めて私と小嶋さんが出会った日のこと」
伊藤さんと初めて出会ったのは高校に入って同じクラスになった時だから・・・・入学式?
「入学式の時?」
「ふふ。やっぱり覚えていないんですね」
「えぇ?他にどこで・・・・」
「ヒントは中学校の時です」
中学?いや、こんな美少女がいたら覚えてないわけが・・・・。
あ、思い出した。そう。美少女。夏休みに俺と堀と十時のいつもの三人と家族で島に旅行に行った時だ。
そこで出会った名前も知らない少女。もう数年前だったし、あの時から成長期でみんなすっかり姿が変わってしまったいたから気付かなかった。
あの時みんなで遊んで・・・・あれ?そういえばあの時・・・・。
「思い出したようですね」
「え?あぁ、うん。まさかあの時の子だったとは」
「そうですね。知らなかったのは十時くんと小嶋さんくらいですケド」
少し膨れた頬もまた愛らしい。こんな近くで話すとまさに引き込まれるものがある。
ちょっと気を抜くとすぐに聴覚をシャットダウンしてしまいそうになる。
「それで、その、先程の話、なのですが」
「先程・・・・って言うと」
「改めて、言いたくて。あと、確かめたくて」
「確かめる・・・・?」
抱いた感情は「怖い」だった。
「私は、貴方が好きです。貴方さえ良ければ、私は貴方と・・・・」
その時はっきりと理解した。
俺はラブレターを入れ間違えたのだ。堀の靴箱の左隣。伊藤さんの靴箱に。
それを読んだ伊藤さんはどんな神の戯れか、俺のことが好きだったために小躍りしながら現れた。
そして逆に告白されてしまった。現状としては「両思い」だ。
つまり、この後に続く言葉はもちろん。
「お付き合い、していただけませんでしょうか?」
俺の手を握る手が震えている。両思いだとわかっていてもこんなにも震えるものなのか。
もしかしたら期待で震えているのかもしれない。それとも怖いだけなのかもしれない。
ここで俺は断ることが出来るだろうか?いや、出来るはずがない。
「すいません間違いでしたー!」なんて、今更言えない。伊藤さんの気持ちを知ってしまった今では。
中学一年の夏に出会い、そして今の今まで思い続けてくれてた人を俺のポカで傷つけていいのか?
不思議と静かな学校。俺のこの早まっていく鼓動が伊藤さんに聞こえてしまうのではないか。どこかしらの誰かに聞こえてしまうのではないか。この心の声すら外に漏れ出して・・・・堀に、聞こえてしまってはいないだろうか。カラスの鳴き声すら、今は聞こえない。
俺が出した答えは。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
伊藤さんの暗かった顔がぱっと明るくなった気がした。伊藤奏。間違いない、美少女だ。
そこで俺は思い出したんだ。
伊藤さんの後ろで保健室の扉が開いた音とともに。
そう、あの夏。唯一携帯を持っていた堀だけが・・・・
「あっ!あかねちゃん!」
「え、えへへ・・・・。おめでとう!ソウちゃん!」
堀と、あの少女は、あの日からずっと。
「ありがとうあかねちゃん」
親友だ。
「・・・・おっす。小嶋」
「お・・・・おっす」
続く
はじめまして。大飴家と申します。
今回第一話になりますが、まずはお読み頂きありがとうございます。
お仕事中にふと浮かんだアイデアをか急いで形にしたものなので、彼らがどのような結末を向けるのかもまだ決まっていません。
ただ今回は学園ラブコメですので少し息の長い作品にできたらなとも思っています。
あとがきはこれくらいにしておきましょうかね。
それでは、次回更新はいつになるかわかりませんが、今回で気に入っていただけましたら
次回の方もどうか、よろしくお願いいたします。
2017/2/17 大飴家