どうすれば
「おはようございます。」
「上野!」
「あら、上野さん!」
「大丈夫ですか?」
職場のいろんな人が声をかけてくれる、その温かさが素直に嬉しかった。
「ご心配おかけしてしまいすみません。休んで大変ご迷惑をおかけしました。熱は下がったので、今日から復帰します!」
心配してくれた田中さんにもお礼を言って席についた。
珍しく高槻さんはまだ来ていない。
「おはよう…っと、上野、来ていたのか!身体は大丈夫か?」
オフィスに入ってくるなり、気遣いの言葉をかけてくれる。
一瞬身体が硬直したが、すぐに切り替えてにこっと笑い、
「大丈夫です。ご心配とご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
と返した。
「そうか……病み上がりだからな。無理しすぎず、できる範囲の仕事を頼む。」
「はい。」
……変な態度だっただろうか?
いや、たぶん大丈夫だろう。
適切な距離感を保っていけばいい、きっと。
上司と部下、役割のカテゴリーはきっと大事だからこそそのカテゴリーとして存在している。
うん。
そう思う自分と、そう思っていない自分が奥の方で何やらぐるぐると渦巻いているような気がした。
気がしたが、その感覚を私はみて見ぬふりをしてただひたすら過ごした。
普通を装って、生きていこうとする時間はとても楽だった。
すべての感覚が遠くて、楽で楽で、そのままどこまでも流れていける気がいた。
そんな風に過ごして一週間以上が経った、ある金曜日。
「上野、今日終わったら飲みに行かないか?」
高槻さんの顔を直視するのが怖くて、一瞥した後パソコンに目を戻した。
「すみません、今日はちょっと用事が…」
「そうか、それは残念だ。…なぁ、上野。」
「はい。」
「この間体調を壊してから、ひょっとして全快してないのか?元気がないようだが、何かあったのか?」
本当に心配そうな高槻さんの声色にはっとして、顔を見て笑顔を作った。
「いえいえ、特に。でもひょっとしたらまだ治りきってないのかもしれません。土日はしっかり休みます。」
「ああ、そうしてくれ。また倒れられたら心配だ。」
「ありがとうございます。」
誘ってくれたのを断ったばかりか、嘘まで吐いてしまった。
風邪は治っている。
でも、元気ではないという点ではあながち嘘ではない。
活力やらモチベーションやらは、自分とはどこか遠いところに切り離されてしまったようだ。
どこかに行ってゆっくりしてこようかな。
温泉とか行って。畑の空気でも吸って。
土曜日の朝早くに、私はリュックを背負い、電車に乗った。