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Chapter5-3

「マスター、今、暇?」

 ライラックで商店を覗くユグドに、ギルドチャットで声が掛かる。声の主は、どうやらファティマのようだ。

「ああ、特に用はないよ。どっか行くのか?」

「今、みんなでアリーナに行ってみようって話になっててさ、マスターもどう?」

「アリーナか……」

 アリーナと聞いた途端、渋りを見せるユグド。

 アリーナは、プレイヤー同士の戦闘を目的としたマップだ。基本的にPKプレイヤーキラーが不可能なファンタジアナイツで唯一プレイヤー同士が戦える場所だ。だが、ユグドはこの場所が苦手なのだった。

 普段なら、誘えば大抵は快諾するユグドだが、アリーナだけはほとんど来たことがないのだった。

「ほら、先月入ったミュシャの歓迎会だってちゃんとやってないしさ」

 どうにも今回は押しが強い。こう言われては流石に断るのは気が引ける。

 尤も、歓迎会と称していないだけで、三日連続でギルド狩りを行い、その間に手に入れたレアアイテムのほとんどは入団祝いと言ってミュシャに渡していた。これは十分に歓迎会と言えるのではないかと言いたくなるユグドだったが、それは抑えておく。

「わかった、行くよ。溜まり場でいいか?」

「ああ、それでいいよ」

 溜め息交じりに承諾するユグドだった。

 三月の――春休みもそろそろ終わりが見えてきた、そんな時期のことだった。

 ユグドが溜まり場に戻ると、既に他のメンバーは集まっていた。

 ギルドを立ち上げ数ヶ月、メンバーは五人へと増えていた。

 ファティマを勧誘してから間もなくして、勧誘出来た♀エンチャンターのイーリス。そして、先程のユグドとファティマの会話に出てきたように、一ヶ月程前に偶然の出会いから入団することになった♀ゴッドハンドのミュシャ。この二人が新たにメンバーとなっていた。

「お待たせ、アリーナだっけ?」

 そう言いながら、とりあえず腰を下ろす。

「うん。みんな準備は大丈夫?」

 ルシフィスの言葉に全員が頷く。

「それじゃ行くか」

 一行は、アリーナへと向かうのだった。

 この大陸を治める王国クロッカス。ライラックはその王国の首都というだけあり、王城とも通じている。王城は常に開放されているらしく、簡単に入ることが出来る。

 上へと向かえば、国王のいる謁見の間へと通じるが、ユグド達が用があるのはこっちではない。その逆の地下だ。

 階層を一つ降りただけで城の様子はがらりと変わる。煌びやかだった内装は打って変わり、岩肌をむき出しにし、所々に武具の見受けられる無骨なものへとなっていたのだ。地下は兵の訓練所となっているようで、それも当然と言えるだろう。

 そんな場内の様子に全く触れることなく、一行はどんどん進んでいく。

 しばらく進むと、大きな扉と一人の兵士が見えてくる。ここが目的地――アリーナだ。

「う~ん、どこもいっぱいだよ」

 真っ先に兵士に話しかけたミュシャが落ち込んだ様子で言う。

 アリーナはいくつかのフィールドに別れている。そして、それぞれに人数が制限されている。

「別にオレ達が入れないほど多いフィールドもないじゃないか」

 人数を確認したユグドが言う。

「でもイベントとかはしてるかも」

 同じく人数を確認したイーリスが言う。

 いかにPKプレイヤーキラーを目的とした場所とは言え、最低限のルールというものはある。イベント中に突然乗り込み、暴れまわろうものなら確実にルールに抵触するだろう。

 勿論それは、公式によるものではなくプレイヤー間での、一種の暗黙のルールのようなものだ。必ずしも律儀に守る必要もない。事実、アリーナに重点を置くプレイヤーは無視される場合がほとんどだ。

 そもそもこのルールが、時折アリーナに来るだけの者達が作り上げたのだから、こうなるのは仕方がないのかもしれない。

「なんかやってりゃ入り直せばいいだろ。とりあえず一番多いとこ行ってみるか」

 ユグドはそういうと、返事を待つことなく姿を消してしまう。それに合わせて、残りのメンバーも後に続くのだった。

 一行がやって来たのは街を模したようなフィールドだった。立ち並ぶ建物の隙間に、他のプレイヤーの姿が見受けられる。だが、いくつかのグループは居るものの、どれも戦闘をしている様子は見受けられない。

「イベント中って訳じゃなさそうだけど……」

「流石にこれは戦闘を仕掛けづらいな」

 ルシフィスとファティマだ。

 どのプレイヤーも、座り込んでしまって動こうとはしない。フィールドを一周してきて初めに見かけたグループも微動だにしていない。

「しょうがない。一旦出るか……ってミュシャ、どうした?なんか元気ないけど」

 普段は明るく、すっかりギルドのムードメーカーとなっていたミュシャだが、フィールドを回っている間にそんな様子は見えなくなっていた。

「ううん、大丈夫。ちょっと見られてる気がして……それだけだから」

 苦笑気味にそう答えるミュシャ。

 視線――それは他のメンバーも確かに感じていた。

単に注目と言ってもいい意味ででも――逆に悪い意味ででも受けることになる。今回の場合は明らかに後者だろう。ミュシャは人一倍強く感じていたのだろう。すっかり意気消沈といった様子だ。その様子を見て、気のせいではなかったのだと確信する。

「やっぱりあの噂のせいで……」

「イーリス!」

 心当たりがあるのか、イーリスが呟くとファティマの声がそれを制止する。

「ごめんなさい、マスター。私……」

「いいよいいよ。内容はともかく、噂があるのはホントだしな」

 特に気にした様子もなく答えるユグド。

 イーリスが思わず漏らした噂――いかに情報に疎いユグドもその内容は知っていた。だが、それも当然と言えるかもしれない。その内容はユグド自身のことなのだから。


 事の発端は一週間ほど前に遡る。

 その日、ファンタジアナイツは大型のバージョンアップを行った。同時にあるユーザーが一つのツールを公開した。ダメージ無効化ツール――所謂チートツールと言われる物だ。

 これが偶然なのか、開発者の思惑によるところなのか、それは誰も知る由はない。だが、このツールの公開が原因となったことだけは間違いなかった。

 ファンタジアナイツのアップデートと共に装備品もいくつか追加されていた。今回は上級者向けのアップデートと公式サイトにも掲載されているように、追加された装備品やダンジョンはどれも高性能、高難度となっていた。

 普段は特別情報収集などしない樹も、この時ばかりは追加要素の情報を眺めていた。

 ダンジョンの情報を一通り見終わった樹は、今度はアイテムの情報へと画面を切り替える。アップデートして間もないというのに、性能は勿論、入手方法まで既に公開されている。

(どこでこんな情報拾ってくるんだか……)

 そんなことを考えながら眺めていると、一つの鎧が目に留まる。“聖鎧アレフ・ストレイン”。高性能な鎧だが、入手方法はアイテムの交換のみと長いクエストをこなす手間はない。交換用のアイテムはレアアイテムがずらりと並んでいるが、幸いギルド狩りなので溜め込んだアイテムで十分に事足りる。

 問題があるとすれば、交換するための場所だろう。流石にソロで行けるほど簡単な場所ではない。尤も、ギルドのメンバー達と行けばあまり心配はいらないだろう。全員がレベル100オーバーで特殊クラスだ。そう簡単にはやられることはない。

 問題が無さそうなことを確認すると、早速ログインしてギルドのメンバーを招集するのだった。

 結果から言ってしまうと、特に問題が発生することもなくアイテムは無事手に入れることが出来た。

 メンバー達は二つ返事で了承してくれ、ダンジョンも危険に陥ることなく進めた。更に嬉しい誤算として、“聖鎧アレフ・ストレイン”はユグド個人の所有物となった。

 元々、ギルドで管理しているアイテムで作った以上、この鎧も個人ではなくギルドで所有という形にするつもりだったのだが――

「ユグドが持ってていいんじゃない?」

「マスター、基本的に何も欲しがらないしな。たまには貰ってもいいと思うぞ」

「私は当分前衛をするつもりはないですし、マスターが持っていっちゃってください」

「ボク、最近色々と貰ったしこれ以上は貰えないよ」

――等々。

 メンバー達の好意により、晴れて鎧はユグドの所有物となったのだった。

 それから数日後。ある掲示板で一つの話題が盛り上がりを見せていた。ファンタジアナイツのアップデートと共に公開されたチートツール。これを早速使っているプレイヤーを発見したとのことだった。そして、そのプレイヤーというのが――ユグドだった。

 元々一部の違反プレイヤー達からは注目されていたツールだっただけに、最初はそういったプレイヤー達の間だけで語られていた。だが、大手の掲示板ということもあり、いつしか様々なプレイヤーが来ることとなったのだった。

 初めはユグドを擁護するような書き込みもあった。しかし、第三者から見て――事実はともかくとして――白だった場合と黒だった場合、面白いのは後者だろう。そういった流れもあって、いつしかユグドはチートツール使用者のレッテルを貼り付けられることとなったのだ。

 この話題がユグドの耳に入るまでそう時間は掛からなかった。自分のことだ。自ら調べなくても自然に耳に入ってくる。

 当然ながら、ユグドはチートツールなど特に興味は持っていないため、この掲示板で初めてその存在を知ったほどだ。完全に濡れ衣である。

「なんで、こんな噂が出てくるかね」

 溜め息混じりに、そんな愚痴をこぼすユグド。

「その極端な育成の賜物じゃない?」

 ユグドの災難を楽しむかのように、ルシフィスが答える。

 後に使うことになるラシルもそうだが、樹の使うキャラクターはある一点に特化されている。

 素早さに特化したラシルとは逆に、ユグドは防御力に特化したキャラクターとなっていた。更にスキルもダメージを軽減するものを中心にセットし、極めつけは先日手に入れた“アレフ・ストレイン”だ。更に防御力が向上し、結果――ほとんどダメージを受けないというキャラになってしまったのだ。ユウドの育成状況を知っている者からすればあんな噂が立ってしまうのもどこか仕方がないように思えてしまう。

 因みに、ダメージをカット出来るのはあくまで“ほとんど”なので、ダメージはしっかりとうけることになる。よく見るとそのことは十分にわかるはずなのだが、やはり、話題としての楽しみを出すためにもその辺りは無視されているのだろう。

 そう考えると、更に溜め息が出てくるユグドだった。

「でも真面目な話、なんとかしたほうがいいとも思うけど?」

「どうせ根も葉もない噂だろ?放っときゃその内収まるだろ」

 ユグドは表立って動く気はないようだ。下手に動いたところで、相手側を煽る結果になりかねないと判断してのことなのだが――それを察してはいても溜め息を吐かずにはいられないルシフィスだった。

 そんな経緯もあり、一週間近くが過ぎた今も状況は変わってないのだった。

 一つ誤算だったのは、予想以上に話が事実として広まっていることだろう。周囲からの異常なほどの注目はその為だ。

「見つけたパーティーから戦闘――って雰囲気でもないし、一回入りなおすか?」

 ユグドがそう言った時だった。近くに居たパーティーがユグド達へと近づいてくる。

「おい、チート野郎がなんでこんな所にいるんだ?」

 話掛けてきたのは、騎士系の上位職であるジェネラルのプレイヤーだ。そこに友好的な雰囲気など一切ない。

「……」

 ユグドは、この様な手合いは基本的に無視をするのが妥当だと考えている。なので、特に相手にするようなことはしない。

 このままさっさとログアウトしてしまいたいところなのだが、それをすると相手の言うことを認めたようで、それはそれで癪だ。

(さて……どうしたもんかな?)

 ひたすらに無視を決め込むユグドに腹を立てたのか、相手のプレイヤーは捲くし立ててくるが、それを気にすることもなくどうするか考え込むユグド。

「マスター、あれ……!」

 イーリスの声に我に返り、周囲を見回してみると、他のプレイヤー達も集まり始めていた。目の前のこのプレイヤーの様にユグド達の姿を見てやってきたのか、それとも目の前のこのプレイヤーが連絡をしたのか――ともかく、このフィールドにいるほとんどのプレイヤーがユグド達の下へと集まってきているのは確かだ。

「なあ、マスター。どうする?」

 予想外の状況にファティマが慌てたように問いかけてくる。

「どうするって言っても――ここで逃げたらそれこそ疑惑確定だろ?とりあえず様子見のほうがいいだろ?」

 極力平静を装うが、内心ではかなり焦っていた。

 逃げることは出来ない。かと言って、今ここで無実を訴えたところで聞く耳を持つ者はいないだろう。

 ネット上というのは非常に匿名性の高い場所だ。何かを信じてもらおうとするのなら、それに値する信頼か情報ソースが必要となる。今回の場合なら自身のハードディスクの中身を全て公開でもすれば、あるいは大丈夫かもしれない。当然、そんなことが出来るならばという前提条件が付いてくるが。

 次々とプレイヤーが集まり、あっという間にユグド達は取り囲まれてしまう。

「ざっと三十人ほどってとこかな?」

「それってほとんど全員だよ~」

 このフィールドに入る時に表示されていた人数がちょうどそれぐらいだったのをミュシャは思い出す。

「まったくどいつもこいつも……物好きというかなんというか」

 ユグドは集まったプレイヤー達を見ながら、呆れたように呟く。

「それ、間違ってもオープンチャットで言わないでよ?」

「オレ、そんなに信用ないか?」

 ルシフィスの言葉に、思わず溜め息を吐く。

 一方、周囲に集まってきたプレイヤー達からは様々な言葉が飛び交ってくる。

「あれって本物?」

「よく似た名前なんじゃないの?」

 本人かどうか疑うものから、

「ゲームマスター呼んだ方がいいんじゃないか?」

「その前に三大ギルドだろ」

 通報をしようとするプレイヤーまで様々だ。ただ一つ共通しているのは、誰もユグドに対して友好的な感情は持ち合わせていないということだろう。

「なあなあ、あんたネットで有名になってる人だろ?無敵ツール使ってみてどうだった?」

 そんな中、一人のプレイヤーが話しかけてくる。

 彼は、クラスに一人はいるお調子者といったところだろう。こんな状況でもお構いなしだ。尤も、そんな言葉にユグドが答えるかといえば――そんなことあるはずもなく、答えが返ってくることはない。

「シカトかよ。どうせ使ってんのバレてんだしなんとか言えよ!」

 無視されたのが、気に障ったのだろう。言葉を荒げ、不快感を露にする。

 それで、動揺するユグド達ではない。だが、周囲に集まるプレイヤー達にはそうはいかなかった。彼の不快感が伝染するかの様に、どよめきが広がっていく。

「なにあれ、感じ悪~」

「さっさとやめちまえ!」

 この程度はまだただの野次なのだが、

「もうお前死ねよ」

「住所晒せ、殺しにいってやるから」

……等等。

 言葉がどんどん過激になっていく。その言葉を受け、周囲の者も更に言葉を荒げるという悪循環が出来上がる。その様子は、炎上してしまったブログを思い起こさせる。

「マスター、これは一旦帰ったほうがよくないか?」

 ファティマが言うが、なんの反応もない。離席でもしたのだろうか?そう考えたときだった。ユグドが一歩踏み出す。そのまま、お調子者のプレイヤーの側へと近付いていく。

「マズイ……っ!ユグド、やめろ!」

 誰もがユグドの行動に注目する中、ルシフィスだけがユグドのやろうとすることに気付く。慌てて静止を呼びかけるが、それで止まるユグドではない。

 ユグドはお調子者のプレイヤーの前まで来ると、そこで立ち止まる。そして、次の瞬間――

 スキルによる、強力な一撃が相手に炸裂した。相手は後方に吹っ飛ばされ、そのまま起き上がることはない。

 恐らく随分とレベル差があったのだろう。たったの一撃で相手プレイヤーを下した。

 突然の出来事に、辺りがしんと静まり返る。

 しかし、その静寂も長くは続かない。

 初めに行動を起こしたのはファティマだった。我に返ったファティマは魔法の詠唱を開始する。まるで、それを行動開始の合図とするかのように、イーリスとミュシャも動き出す。

「おい、みんなまで」

「ギルドの仲間があれだけ言われてんだ。黙ってられるかって」

 ファティマの言葉に、イーリスとミュシャも頷く。

 ここで、漸く辺りを囲っていたプレイヤー達も動き始める。この衝突を止めようとする者は誰一人おらず、皆が我先にと、ユグド達に襲い掛かる。

 ファティマは魔法の発動と同時に囲いの外側へと逃げ出す。少し離れたところで、再び魔法の詠唱に入る。

 イーリスはまず、ミュシャの武器に魔法属性の付与をする。それを確認したミュシャは早速近くのプレイヤーへと攻撃を開始した。

 ユグドも近くに居るプレイヤーから攻撃を仕掛けていく。複数人を相手にしながらも全く引けを取らない。

「はぁ……」

 そんな様子を見てルシフィスは小さく溜め息を吐く。

「しょうがないな」

 向かってくる攻撃を避けながらそう呟くと、ルシフィスも反撃を開始するのだった。

 訳三十人もいる相手に対し、ユグド達は僅か五人。普通なら間違いなく勝ち目などないだろう。だが、レベル差と、なによりプレイヤースキルの差からほぼ互角の勝負が出来ていた。

 しかし、ユグド達が勝つのは不可能だろう。一人倒す間に、一人回復されてしまうのだ。勝負はどこまでいっても平行線――いや、ラシル達の人数が少ない分、時間を掛ければ掛けるほど、どんどん不利になっていく。

 三十分も経つころには、ユグド達の旗色は随分と悪くなっていた。次第に回復は追いつかなくなり、SPもほとんど残っていない。

「これ以上は厳しいね。みんな、そろそろ引くよ」

 ファティマの言葉に全員が頷く――ユグドを除いては。

「ユグド?」

「……ああ、わかってる」

 どこか納得のいかない様子だが、ユグドも了承する。

「全員ここを出たら、アルメリアに集合してくれ」

 ユグド達の溜まり場は、噂のこともあり知っている者は少なくない。今回の一件で更に厄介な事態になることを予想したユグドは、比較的人の少ないアルメリアに移動することにした。

 この日は、次のログインのことも考え、更に人気のない所に移動し終了となった。

 そして次の日。

 学校からの帰り道。樹の携帯電話に一本の着信が入る。こんな時間に着信が来るのを珍しく思いながらも液晶を確認する。

「げっ……」

 樹の表情が一気に曇る。

嫌な予感しかしない。液晶に表示された名前――そこにはトラデスと表示されていた。

出来ることなら今すぐ電源を切って、周囲からの連絡を絶ちたいところだが、そういう訳にもいかない。仮にここで電話を無視しても、互いにネットに接続しているのだから、簡単に捕まってしまう。

 観念した様に小さく溜め息を吐くと通話ボタンを押した。

「よう、なんか面白いことになってるらしいな」

「面白すぎて泣けてくるよ」

 早速説教でもされるのかと思っていただけに、トラデスの言葉は予想外だった。

「でも、ちょっとばかしマズイ方向に向かってるぞ」

 先程まで陽気に話していたトラデスの声が、突然真面目になる。

 このトラデスの言葉は想定の範囲内だ。昨日のことがあって、トラデスからのこの電話。これで何もないと思えるほど、樹は楽観的ではない。

「とうとうチート疑惑が確定にでも変わったか?」

「それだと、まだ面白い話で済んだんだがな」

 この言葉は予想外だった。疑惑が確定になること以上にマズイ事態など想像出来ない。

「もしかしたら、ゲームマスターが出てくるかもしれないぞ」

「……は?」

 一瞬何を言ったのか理解出来なかった。なぜゲームマスターが出てくる事態にまでなっているのだろうか?

 そもそもゲームマスターは、言わば警察のようなものだ。ネットの書き込みの噂程度で動くとは思えない。

「まぁ、ゲームマスターならこっちの潔白も証明出来るか。そう考えればそんなに悪い話でもないんじゃないのか?」

 噂がどうであれ、ゲームマスターなら確実に無実を証明出来るだろう。

「……レベルダウン者十五人。その内、引退者三人」

「?」

「昨日の騒動でお前達が暴れまわった結果だ」

 昨日の騒動――つまりはアリーナでも一件だ。

 アリーナは対人戦用のフィールドではあるが、プレイヤーキャラがやられた際のペナルティは通常通り受けることになる。その内容は、これまでに取得した経験値と現在の所持金を各1%ずつ失うというものだ。勿論現在のレベルに必要な経験値を下回ればレベルダウンすることになる。

 だが、それがどうしたのいうのだろうか?アリーナで少しペナルティを受けすぎたというだけでゲームマスターが出てくるというのもおかしな話だ。むしろ、敵対していたプレイヤーを取り締まって欲しいぐらいだ。

「まさか、アリーナでPKプレイヤーキラーしたから、なんて言うんじゃないだろうな?」

「おいおい、いくらなんでもそんな訳ないって」

「じゃあ、なんで?」

「お前ら、復活させて倒してただろ?」

「復活してきたヤツなら速攻で倒してたけど……少なくともオレはそこまでしてねぇよ」

 このゲームの仕様として、相手――モンスターも含めて――に回復や支援と言った、通常、味方に対して使う魔法を使うことが出来る。勿論、それはアリーナでも変わらない。

ただし、アリーナと通常フィールドでは一つ大きく違うところがある。

フィールドで相手にするのはCPUが動かすモンスターだ。その為、倒してしまえば、後は消滅するのみだ。しかし、アリーナでの相手はプレイヤーキャラ。倒してすぐに消滅とはいかない。プレイヤーが何かしらの操作をしない限り、その場に倒れたままである。

結果、相手を復活させることも可能となるのだ。そして、これを利用して、相手を復活させすぐに倒すという行動を繰り返せば、相手に簡単にペナルティを大量に与えることが出来る。

 また、ログアウトして逃げよとしても、復活と同時にログアウト用のメニューが消えてしまうため、逃げることも難しい。

 確かに、これならゲームマスターを呼ばれても文句は言えないだろう。

「とにかくだ……このままだとあまりいいことにはならないぞ。誰も見てないのをいいことに奴らある事ない事書いてるしな」

「わかったよ。ギルドの方で色々話して見るよ。忠告サンキュ」

 そう言って電話を切る。既に家の前まで来ていた。どうやら帰り道のほとんどを、ずっと電話で話していたらしい。

「はぁ、今から気が重いな……」

 溜め息混じりにそう呟きながら玄関の鍵を開けると、自分の部屋を目指すのだった。


「――と、言う訳だ」

 アルメリアから数マップ分離れた森の中。アルメリア及び、その周辺は決して人が多いとはいえない。しかし、それに輪を掛けて人の居ないマップの一角を陣取り、ユグド達は集まっていた。

 ギルドのメンバー全員がログインしたのを確認して、ユグドはトラデスから聞いた話しをメンバーに告げる。

「何も無しとは思ってなかったけど、まさかそこまで大きくなってるとはね」

 ここまで大きな騒ぎになるのはルシフィスも予想外だったようだ。ある程度のことは予想していたようで、他の者ほどではないが、それでも驚きは隠せないといった様子だ。

「っつーか、そもそも誰だよ。復活させてまで倒してたの」

 ユグドの言葉に反応して「あはは……」と苦笑しながら、気まずそうに上がる手が二つ。ファティマとミュシャだ。

「お!ま!え!ら!かぁ~!」

「い、いや、ほら。あいつら腹立ったし……ついつい」

 ファティマの隣でミュシャも頷く。

 騒ぎがここまで大きくなっている原因のほとんどは、間違いなくこの二人の行動によるものだろう。しばらくお説教モードに入りたいユグドだが、今更何を言っても遅いわけで……。

 二人は日ごろからこういったことをしているプレイヤーではないし、なにより自分のことで腹を立ててくれたのだと思うと、あまり怒る気にもなれなかった。

 はぁ……と溜め息を吐くと、話題を変えることにする。

「とりあえずは、これからどうするかだな」

「せめてウチのサイトでだけでも今回のことは何か書いておいたほうがいいんじゃない?」

「ウチは一切悪くないとかいいかもな」

「相手を煽ってどうするんですか」

 イーリスが呆れながら突っ込む。

 こんな事を書いた日には、間違いなくロクなことにはならいだろう。

「でも一応、被害者はこっちだぞ。そこまで下手に出るってのもな。まぁ、レベルダウンは気の毒だとは思うけど」

 本を正せば、相手側がケンカを売ってきたのだ。それで返り討ちにあったから、今度は騒ぎを大きくしているのだ。そんな相手に、自分達が下手に出る気は全くなかった。

「そういうことを言うならせめてログぐらいは取っておきなよ」

「……そういうお前はどうなんだよ?」

 初めから会話のログは取っていないものと決め付けられているのが引っかかったが、まさにその通りなので何も言い返せない。なんとか出てきた言葉がこれだった。

「僕もそこまで気が回ってなかったよ。誰か取ってた人いる?」

 しん、とした沈黙がその場を支配する。会話のログがないのは皆同じらしい。

「こんな状況で僕らが何言っても無駄だと思うよ?」

「向こうはログはしっかりと取ってそうだしな」

 掲示板やサイトなどで書かれている内容が概ね一致し、ログまであるのなら、ユグド達が何を言ったところで説得力はない。たとえそれが、事実を言っていたとしてもだ。

「でもあっちだってログを晒せば、適当なこと言ってたのがバレるだろ」

「多分、そっちも改変してあるんじゃないかな?」

 会話ログはテキスト形式で保存される。つまりは簡単に改変が可能なのだ。他に人が居た訳でもなく、スクリーンショットもなく――捏造されたものでも、それは十分に証拠となるのだ。

「僕らが何を書いたとしても――」

「チート疑惑者の言うことは信じてもらえない……と」

 チートツール使用の疑惑は広く浸透している。元々、根も葉もない噂ではあるため、大半の者は一種のネタとして盛り上がっている程度だろう。昨日の者達とて、悪ノリが過ぎたと言えなくもない。世間に無実を訴えれば、案外あっさりと受け入れられるかもしれない。

 しかし、現状では真逆の意見が出ることになる。こうなってしまえば、世間が選ぶのは、第三者から見て面白いほうだ。

 元々あった疑惑が確定に変わるのは、それほど時間も掛からないだろう。

「八方塞がりか。どうしたもんかね……」

 どこか他人事の様にユグドは言う。

 だが、その言葉に返ってくる言葉はなにもない。そもそも状況が悪すぎる。ポーカーで言うならば最強ロイヤル手札ストレートフラッシュ役無ノーペアしで挑むようなものだ。どんなハッタリをかましたところで、相手を降参フォルドさせることなど出来ない。

「僕達が消えるのが一番手っ取り早い方法ではあるんだけどね」

「オレ達がそこまですることもないだろ、何もしてないのに」

「でもゲームマスターをなんとかすることは私達には出来ない……」

 堂々巡り――

 好転のしようのない事態の前に、どんな案も意味をなさない。

 ゲームをやめるか、キャラクターを削除するか――思い浮かぶのはこの二つの選択肢だけだった。

「消えるって言ってもやめるってことじゃないよ。当然キャラの削除でもね」

 ルシフィスの言葉に、全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 ネットゲーム上で消えると言えば、引退――即ちゲームをやめるか、キャラクターの削除だろう。それ以外にどんな意味があるのか?ルシフィスの意図が読めない。

「ギルドとキャラはしばらく休止って形でいいんじゃないかな?しばらくすればほとぼりも冷めるだろうし」

 続けるかやめるか――この二つの選択肢しか頭になかっただけに、これは盲点だった。

「ちょっとの間離れないといけないのは癪だけど……それが無難かもな」

「なんなら前に作って放置してるセカンドキャラを育ててみたら?ウチのギルドのメンバーだってバレなければいいんだし」

 ユグドは以前に新規のキャラクターを作っていた。防御を主体としたユグドとは真逆の、速さを主体としたキャラクターなのだが、少ししてそのまま放置されている状態だ。ギルドのメンバー以外は――いや、メンバーでさえ急に声を掛けられれば、それがユグドであることをすぐに思い出すことが出来る者はほとんどいないだろう。

 ただし、ファンタジアナイツにおいて、セカンドキャラクターというのはほとんど意味を成さない。

 アイテムさえあれば、レベルはいつでも一に戻せるし、パラメータが気に入らないなら軌道修正も出来る。クラスもいつでも変更可能だ。全くの無意味とまでは言わないまでも、決して需要があるとは言い難い。ユグドが放置しているのも、そういった理由からだ。

 装備品は問題ないが、パラメータだって低いし、スキルもない。普段なら面倒くさいと言ってそうなのだが、

「そうだな。それも面白いかもな」

 この時はそう言っていた。最後に「チケット使ったばっかだから勿体無いし」と付け加えて。

「それじゃ、細かいことを決めていこうか」

 休止の期間や、復帰の際の連絡方法など、細かいことを決めていく。

 この日以降、ユグド達を見たという話はなくなっていった。しばらくは、ネットで盛り上がりを見せたが、一ヶ月も経つころには、まるでユグド達のことなどなかったかのように、彼らの話題が出ることはほとんどなくなっていた。二ヶ月も経てば騒いでいるのは、ユグド達が黒だと信じて疑わない――そんな者達が騒いでいるだけとなっていた。

 そして、夏休みも終わりが見えてきたある日――

「この風景もなんだか久しぶりだねぇ」

「それで、マスターの居場所は……?」

「大丈夫、ちゃんと聞いてあるよ」

「それじゃ、早速いくとするか」


ラシル(以下ラ)「今回も無事更新です」

ハルカ(以下ハ)「今回も見てくださってありがとうございます」

ラ「今年中に終わらせるとか、今月は二話アップするとか考えてたらしいけど、結局どれも達成出来てないな~……」

ハ「この話の時点で、アップ予定が一週間ほど遅れてますからね」

ラ「そんな訳で、今回の話が今年最後の更新となります」

ハ「では、今回の話ですが、やっと時系列が元に戻りましたね」

ラ「本当はもうちょっと進めるつもりだったんだけど、意外とキリがよかったからここで終了させたみたいだな」

ハ「そういえば、ラシル君達のギルド名まだ出てきませんね」

ラ「本当は今回に出すつもりだったんだけど、そのシーンはカットされたからな~」

ハ「実はまだ考えてない……なんてことはないですよね?」

ラ「それは大丈夫みたいだぞ。なんせ一番初めに考えたらしいから」

ハ「一番最後まで出てこないのに……」

ラ「まぁ、考えてる段階では色々あったんだよ、多分」

ハ「で、本編ですが……これなんて無双?」

ラ「そこはまぁ……突っ込んじゃダメだ」

ハ「え、でも……」

ラ「アーアーキコエナイー」

ハ「それじゃ、裏話的なものってありますか?」

ラ「実は今回の話、最初は冬休みって予定だったらしい」

ハ「それがなんで春休みに?」

ラ「気付かんか?じゃぁ、ヒント。一話目は六月という設定です」

ハ「一話目っていうと私と出会ったころだから……あれ?」

ラ「そう、時系列が合わないというね……珍しく気付いた作者が一話目を読み返しまくって確認してたよ」

ハ「時間の流れ的なものは記録してないんですか?」

ラ「作者がそんなことするわけない」

ハ「………………」(汗

ハ「それじゃ、気を取り直して、ギルド紹介です」

ラ「今回はウチのギルドだな」

ハ「ギルド結成から休止に至るまで本編に書かれてるし、一番わかりやすいギルドですよね」

ラ「だな。うーん、改めて紹介することもない気がするな」

ハ「ここまで出てきたのを簡単に纏めると、マスターはラシル(ユグド)君、メンバーは五人、全員がプレイヤースキル、レベル共に高いってぐらいだけど」

ラ「ホントにそんなもんだな」

ハ「ギルドの雰囲気とかはどうなんですか?」

ラ「空の円舞曲ワルツに結構似てるんじゃないかな?ただ、まったりではないけどな」

ハ「それではギルド紹介はこれぐらいですね」

ラ「では最後にちょっと報告を」

ラ「今まで放置気味だった誤字修正ですが、今年中には直します」

ハ「もう残り少ないですよ。大丈夫なんですかね?」

ラ「これだけはきっちりやります。報告してくれた人にも申し訳ないし」

ハ「ホントですね。でも報告っていうからMUGENストーリー動画のことかと思いましたよ」

ラ「こっちではすっかりご無沙汰のネタだな。あっちはまだまだ当分先だ」

ハ「シナリオが思いつかないとか?」

ラ「いや、キャラが集まってない。こないだ作者がダウンロードはもう嫌だと言ってたぞ」

ハ「そんなにDLしてるんですか?」

ラ「全部解凍してあるみたいなんだけど、キャラデータだけで10GBはあるらしい。因みにフォルダ数とファイル数も聞きたい?」

ハ「いえ、いいです」

ラ「あと、最後に――今回で今年の更新は終了です」

ハ「来年ももう少し続きますので、もうしばらくお付き合いください」

ラ&ハ「それではみなさん、よいお年を」

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