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Chapter1-1

 ファンタジアナイツ―――現在数多くあるオンラインゲームのひとつ、それがこのゲームだ。ゲーム人口は多すぎず、かといって少なすぎるわけでもなく、中規模と言ったところだろうか。だが、公式の発表を見る限りでは、着々とアカウント数は伸びているようだ。その様子はいずれ有名タイトルのオンライゲームと肩を並べることになるでは、と思わせる。そんな有名タイトルに一歩遅れる形になっているこのゲームだが、周囲の認知度だけなら、有名タイトルにも引けを取らなかった。正式サービスが開始されたころ、高いアクション性と特徴的なシステムから、周囲の注目を浴び、様々な雑誌で紹介されることとなった。そのため、ゲームユーザーのほとんどが、一度はこのゲームのタイトルを聞いたことがあるだろう。だが、高いアクション性故に、パソコンに高スペックを要求されることと、オンラインゲームであること―――オフラインでのゲームが主流の現状では、どうしてもみんな、一歩引いてしまうのだ―――があり、爆発的に大ヒットというには至らなかった。だが、先にも述べたように、アカウント数は着々と伸びている―――もっとも、アカウント数とゲーム人口はイコールにはなりえないのだが―――辺り、注目度の高さが窺える。そんなゲームのプレイヤーの中に神代 樹の名もあった。




 辺りは薄暗い洞窟のような場所だ。時折、呻き声の様なものが聞こえてくる。そんな場所にラシルの姿があった。ギルド『空の円舞曲ワルツ』に入って、既に2ヶ月近くが経っていた。2ヶ月前、ギルドに入ったあの頃と同じように、ラシルは一人、洞窟内で座っていた。ただ、ラシルの心境や、周囲の環境はあの頃とは全然違うものになっていたが。

「あ、そだ。ラシル、グレートソードって持ってない?」

 ギルドのメンバーの一人、アルタスがギルドチャットで問いかける。環境の違いの最たるものの一つがこのチャットだろう。空の円舞曲に入るまでは、会話でチャットが賑わうことなどなかった。

「グレートソードならどっかに売ってなかったっけ?」

「アレ、ランク3の武器だって」

 このゲームには武器や防具には5段階のランクが設定されている。そして、店で売っているものはランク2までの装備で、それ以上はモンスターからのドロップ(落とす)アイテムや、イベントなどでの作成でのみ入手可能となっている。ただし、他のプレイヤーが商店やオークションで販売している分は例外だが。ただ、アイテムの入手が運に左右されることから、どうしても多少の値は張る事になる。とは言っても、ランクや入手のしやすさ、特殊効果などにも左右されるので、ランク3以上の武具と言っても、値段はピンキリなのだが。

「あとで、倉庫探してみるよ」

 ラシルはそう返事をすると、立ち上がる。減っていたHPヒットポントも回復し、プレイヤーである樹も、疲労感が抜けたので狩りを再開させようとしたのだった。その時、複数の魔物の物と思われる呻き声が聞こえてくる。丁度いいことに上手く湧いてくれたのだろうか?そんなことを思いながら、座っていたところを中心に、適当に移動してみる。声だけで、魔物のいる方向を見極めることは出来ないため、こうするより他に手はない。

 少し移動すると、すぐに、先ほどの声の主と思われる、魔物を発見出来た。だが、ラシルがこの魔物に攻撃することは出来なかった。既に一人のプレイヤーが交戦中だったのだ。交戦中のモンスターに攻撃を仕掛ける、いわゆる横殴りと呼ばれる行為は、ノーマナーとされている。勿論ラシルもそれは承知の上だ。攻撃が仕掛けられないのはそのためだ。交戦しているプレイヤーは女アーチャーだろうか。このゲームはいくつかのクラス(職業)があり、そのクラスはそれぞれ3段階に分かてている。アーチャーは1段階目のクラスだ。ただ、このゲームは転職はいつでも可能なので―――当然ながら上位クラスへの転職は条件がついてくるが―――クラスと強さは結びつかない。このプレイヤーも別のクラスからアーチャーに転職したプレイヤーなのだろう。ラシルはそう思いながらすこし眺めていた。が、どうも様子がおかしい。アーチャーのプレイヤーは攻撃する様子が一切ないのだ。否、ひたすら逃げて、距離が開いたときに思い出したかのように攻撃していた。この方法は、遠距離攻撃が出来る者の特有の戦い方としてはたしかに存在するが、それにしては、このアーチャーはかなりお粗末だ。そしてラシルが気になったのはそのダメージだ。基本的にはMiss表記な上、たまに命中したかと思うと今度は0の表記。もしかして、このプレイヤーは見た目通りの強さなのではないだろうか?そんな考えが樹の頭をよぎる。このダンジョンはそこそこのレベルのダンジョンだ。レベル60のラシルですら、現状の装備と、樹のプレイヤースキルがなければ、ソロプレーなどまず難しいだろう。とはいえ、少しのミスが命取りになり得ることには変わりない。基本的に不死系のモンスターが多く、この系統のモンスターは総じて足が遅いとは言え、アレでは敵に捕まるのも時間の問題だろう。モンスターは5匹。出来ることなら、お相手はご遠慮願いところだ。

「・・・仕方ないか」

 樹はそう呟くと、スキルウィンドウを開く。

 スキルは大きく分けて、二種類に分けられる。一つはアクションスキル。魔法や、特殊な攻撃方法の総称だ。そしてもう一つはサポートスキル。覚えるだけで、効果が発揮されるものだ。このゲームでは、プレイヤーそれぞれに五つのスキルスロットと呼ばれるものが、用意されており、一つは現在のクラスのクラス、残り四つを他のクラスで覚えた、アクションスキルやサポートスキルを自由にセットすることが出来る。これにより、プレイヤーによって様々な個性を出せるのもファンタジアナイツの売りの一つだった。

 回復と支援をメインとする白魔法とサポートを3つ。これがラシルの基本スタイルだった。この内、白魔法を攻撃や障害魔法をメインとする黒魔法に入れ替え、スキル使用のショートカットにいくつか登録する。そして今度はチャットに文字を打ち込み、アーチャーのプレイヤーを追いかける。

「攻撃しないでそのまま逃げろ」

モンスターから少し離れた位置から、相手のプレイヤーに話しかける。その直後魔法の詠唱を開始する。アーチャーのプレイヤーは、ラシルの行動を察したのか、または攻撃する余裕がなかったのか、攻撃する素振りは見せずそのまま移動する。そして、少しの間を置いて、ラシルが唱えた魔法『ファイアーボール』が炸裂する。丁度、敵の群れの中心近くで、魔法が炸裂し、アーチャーのプレイヤーを襲っていた魔物たちは今度はラシルへと、ターゲットを移す。ここでもう一発と、行きたかったが意外と距離は離れていない。恐らく詠唱中に追いつかれる。瞬時にそう判断すると、先頭の一体に素早く近づき、攻撃を2発叩き込む。その後バックステップで距離を取った瞬間、後続のモンスターからの攻撃が、今までラシルが居た地点に繰り出されていた。これを見越してのバックステップだ。

(さて、どうするか・・・)

 ラシルは少し迷っていた。先ほどの攻防で、後続の敵が追いついてしまい、ちょっとした塊の様な状態になっているのだ。こんな状態で、攻撃に行けば、敵の一斉攻撃の前にあっさり撃沈するだろう。かと言って魔法では追いつかれる。いや、それ以前に、スキルを使うためのSPスキルポイントがさっきの一発でほとんどなくなってしまっている。あと1発は撃てるものの、それではこのモンスター達を倒すには程遠い。では他のスキルではどうか?他のスキルを再セットする時間はないので、現在使えるのは、ラシルの現在のクラスのスキルのみだ。ラシルは現在忍者だ。だが、つい先日忍者に転職したばかりなのだ。そのため、スキルはほとんどが使えない状況だ、それなら、魔法で戦った方が賢明だろう。『詰み』そんな言葉が思い浮かぶ。このままでは八方塞がりだ。

(・・・試してみるか)

 少し考えた後、すこし長めに敵との距離を取る。敵がついて来ているのを確認し、魔法の詠唱を開始する。距離もSPもギリギリな一種の賭けだった。

 モンスターとの距離は若干の余裕を持ち、『グラビティ』の魔法が発動する。その後、ラシルはモンスターのターゲットが自分から離れない距離を保ちつつ逃げ回る。少しすると、状況に変化が現れる。グラビティの効果によりモンスターの一体が塊から遅れだしたのだ。こうなれば、あとは簡単だった。追ってくるモンスターの塊に気をつけながら、集団からはぐれたモンスターと一対一で戦っていけばいいだけだ。モンスターの集団から十分に引き離したのを確認すると、そのモンスターの元へと近づき、連続で攻撃を叩き込む。3発、4発と攻撃を仕掛けた後、敵の反撃が来る。しかし、ラシルはそれをあっさりとかわすと、カウンター気味にまた攻撃を重ねていく。これによりまずは一体撃破。この頃には残り4体となったモンスターの集団も間近に迫っていた。あとは、また距離を取り同じ事を繰り返すだけだった。

 ―――10分後

 ラシルは、5匹のモンスターを全て倒しきっていた。だが、SPはからと言っても過言ではないほど減り、1つのミスからHPも大きく削られ、最早瀕死の状態ではあった。

(今襲われれば間違いなくやられるな)

 そんなことを思いながら樹は苦笑する。苦労して、あの絶対的に不利な状況を切り抜けた末にやられたとなっては流石に洒落にならない。

 アイテムを使いとりあえずHPを回復させると、先ほどのアーチャーを探す。既にどこかに行ってしまっただろうか?そんな考えが浮かぶが、それはすぐに否定される。探し始めて間もなく向こうからこちらに近づいてきたのだ。恐らく先の戦闘を遠目に見ていたのだろう。

「危ない所をありがとうございます」

「いや、気にするな」

 チャットに慣れていないのか、少し間を空けて彼女は礼を言う。『ハルカ』それが彼女の名前だった。

「それより、アンタのレベルじゃここは厳しいぞ。戻ったほうがいいんじゃないか?」

 相変わらずのお世辞にも愛想がいいとは言えない態度で忠告する。ダメージを与えられない、ハルカの現状を考えれば、尤もな意見だ。そもそも彼女はどうやってこんな所まで来たのだろうか。ふと樹の脳裏にそんな疑問が浮かぶ。見たところほかにパーティーメンバーがいる様子もない。そしてこの場所は地下3層目。3層目に限定すれば、前述の通り、レベル60で、そこそこに装備が揃っているラシルでもやられる危険性がある場所だ。1層目や2層目はここに比べればまだマシとは言え、初心者がソロで来られるような場所ではない。

(逃げ回れば無理でもないか?)

 このダンジョンは街の教会の地下に広がるダンジョンだ。そのため、街を散策している際にうっかりと迷い込む初心者はめずらしくない。彼女もそんなプレイヤーなのだろう。そしてこのダンジョンは初心者には敷居が高く、普通は簡単にやられてそれで終わるのだが、彼女の場合は上手く逃げ回ることが出来、モンスターに囲まれることなく、奇跡的にここまで来られたのだろう。樹は内心そう納得する。

「他の方と一緒に来まして、その方達を探さないといけないんで・・・」

 ハルカのこのセリフに一瞬固まる樹。パーティー単位で動いていたとは予想外だった。大抵パーティーとは同じレベル帯で組むものだ。つまり集団で逃げ回り、ここに来たことになる。なんともはた迷惑なパーティーだ。そこまで考えて、自分がかなりおかしな考えになっていることに気づく。よくよく考えてみれば、全員が初心者ということはまずない。むしろ、他のメンバーは全員経験者という確立のほうが遥かに高いだろう。それならこんな状況になることはまずないはずだ。だが、そうだとすると、彼女の言うことと矛盾することになる。考えても答えは出ない。樹はこのことは一旦置いておくことにする。

「それで、他のやつらはどこにいんの?」

「それが、ここに着いたときにログアウトしまして・・・」

 ますます要領を得なくなる。パーティーで移動して、ここに着いた途端ログアウト。この様子から察するに恐らく全員だろう。樹にはなにをしたいのかさっぱりわからなかった。

「・・・・・とりあえず、最初から話してくれ」

 話が全く見えなくなってしまったので、はじめから聞くことにした。

 ハルカの話はこうだった。

 ハルカはこの日初めてこのゲームをプレイした初心者だ。普段ゲームなどしないため、慣れない操作に苦戦しながらも、なんとかレベルを少し上げ、街で休んでいるときにある2人組みに声を掛けられたようだ。

「初心者向けのいいダンジョンがある」

 どう見てもかなり怪しい。オンラインゲームの経験者なら、この手の輩はまず相手にしないだろう。とは言え、ハルカは初心者。あまり深くは気にしないまま、この2人の誘いに乗り、街の教会の地下へと進む。1層目、2層目は彼らの護衛もあり、簡単に進むことが出来た。そして3層目。ここに辿り着いたときに、彼らは少し用があると言いだしたのだ。そして、すぐに戻るからと言い残し、そのままログアウトしたのだ。言われた通りにそこで待つハルカだったが、5分経っても10分経っても一向に戻ってくる気配はない。どうしたものかと途方に暮れていたとき、1匹のモンスターが近づいてくる。このままいればやられるだろう。そう判断したハルカは相手を攻撃するが、表示はMiss。2発、3発と続けるが表示はやはり全てMiss。そうしている間に敵との距離はほとんどなくなっている。咄嗟に移動をし、距離を開ける。そして再び弓を2連射。1発目は当たらなかったものの、2発目は命中する。だが、ダメージは0。自分では倒せない。ハルカはここで初めてそのことを悟る。本来ならばこの場所で待っていなければならないのだが、流石にそうも言っていられない。後で戻ればいい、そう判断したハルカはモンスターから逃げることにする。一定の距離を開ければ、モンスターのターゲットは外れるのだが、今日始めたばかりのハルカが当然そんなことを知るはずもない。ハルカにはどうすればいいのかわからず、距離が開けば攻撃し、なんとか倒そうと試みる。だがダメージを与えられる様子はない。そんなことを繰り返すうちに1匹、また1匹と追ってくるモンスターは増え、ラシルと出会う頃には5匹に追いかけられる状況になっていたのだった。

 どこから突っ込めばいいのだろう?樹は一瞬そんなことを考える。

(いや、待て。今はそっちじゃなくて)

 突っ込みを入れたい衝動を抑え、なんとか言葉を選ぶ。

「多分、そいつらもういないぞ。探すだけ無駄だと思うんだが・・・」

 最近ネットで噂になっている初心者に対する悪戯。初心者プレイヤーを高レベルのダンジョンに連れて行き、そこに放置すると言うものだ。今回のケースはまさにそれだ。樹も小耳に挟んだ程度には知っていた。尤も、自分がその被害の現場に居合わせることになるとは思っていなかったが。しかし、どうにもわからないのが相手の真意だ。この手の悪戯は大抵は、金品を巻き上げるか、初心者プレイヤーの反応を見て楽しむことだろう。この場合なら後者だろうか?だが、ログアウトしてしまっているのなら、当然反応など見られるはずもない。

「そういえば、パーティーは組んでないのか?」

「パーティー・・・ですか?」

 どうやらよくわかっていないようだった。

「えっと・・・要請とかこなかったか?」

「いえ、特には・・・」

 パーティーを組んでいるなら、あとで難癖をつけて金品を巻き上げる、ということもありえるのだが、その様子もないようだ。そもそも、初心者からアイテムやお金を奪い取ったところで、ほとんど足しにはならない。そうなると、ますます相手の真意がみえなかった。

「あの、初対面の方にこんなことを頼むのも失礼だとは思うのですが、もしよければ、あの方たちを探すのを手伝っていただいてもいいでしょうか?」

 これからどうするか、悩んでいたところに、ハルカの申し出。彼女は律儀な性格のようだし、恐らく何を言っても無駄だろう。それに、こんなところに放置しては、彼女の連れの2人組みと変わらない。

「ああ、かまわないよ」

 だから、承諾することにした。



 まずハルカをパーティーに誘う。これで、ハルカのHPと現在地が確認出来るようになる。とは言え、ハルカが確実に一撃でやられてしまう以上、HPが見られることに意味はない。はぐれたときの保険程度にはなるだろうと考えての処置だ。今度はスキル。サポートスキルの1つを外し、代わりに先の戦闘で外した白魔法を入れる。そして、最後にショートカット。回復と支援魔法をショートカットに登録し、これで準備は完了する。だが、まだ問題はある。まずハルカが一切戦力にならないことだ。これに関しては逃げろとしか言いようがない。そして、ラシル自身もそこまで強くはないということ。ソロで狩るならまだしも、ガード、しかも一切攻撃を喰らわせるわけにはいかないとなるとかなり厳しい。1匹、2匹ならまだ引き受けられるものの、それ以上となるとどうにもならない。更にはモンスターの来る方向次第では、どうにかしようもない。この辺はもう運に頼るしかなかった。

「とりあえず、逃げることだけを考えてくれ」

 出発前にそれだけは念を押しておく。下手に攻撃されて、ターゲットが移ろうものなら余計に厄介なためだ。

 ラシルを先頭に、この階層の入り口を目指して移動する。やや距離があるため、無事辿り着けるか微妙なところではあった。少し移動したところに早速モンスターを発見する。数は1匹。問題ない。それを確認すると、迷うことなくモンスターに駆け寄る。一気に距離を詰めて、まず一撃。モンスターが攻撃モーションに入ったのを見て、一旦距離を開け、攻撃が終わったところに再び攻撃をしかける。先の戦闘でも見せた攻撃方法だ。そして、これが、ラシルの主な攻撃パターンなのだ。

 スキルとは別にアビリティというものが存在する。これは、攻撃は出来ないが、特殊な移動や行動が出来るもので、複数の中から、2つ登録できる。その中でも、前後左右に瞬時に移動出来る、『フリーステップ』をラシルは好んで使っていた。先ほどから、瞬時に移動しているのもこのアビリティによるものだ。

 あっさりとモンスターを撃破すると、そのまま先に進む。少し進むと再びモンスター。だが、これも難なく撃破。移動を再開しようとしたその時、ハルカの後方からモンスターが接近してくるを確認する。大鎌を携え、フードを被った死神を連想させるモンスターだ。

(また厄介なのが・・・)

 攻撃範囲が広く、攻撃速度もなかなか速い。そのため、攻撃が避け辛いのだ。しかも、こちらの攻撃もたまに当たらず、この階層では樹のもっとも苦手とするモンスターだ。普段なら放置するところだが、このまま放置して、別のモンスターとの戦闘中に偶然後ろから、という事態は避けたかった。尤も、倒したモンスターは一定時間経過すると、マップのどこかにランダムで復活するため、ここで倒したところで、完全に安全とは言えないのだが、それでも、放置したほうが遥に危険だった。

 モンスターとの距離はまだある。それならと、ラシルは呪文の詠唱を開始する。その行動にハルカは一瞬立ち止まるが、敵との距離が近いのを見て、そのままラシルの横をすり抜ける。それとほぼ同時に『グラビティ』の魔法が発動する。これにより、モンスターの移動、及び行動が遅くなる。回避能力も下がるので、戦いやすくなるはずだ。だが、実際にはそうはいかない。ある程度近づき、フリーステップで一気に距離詰め一撃。だが、この時点で既に敵は攻撃モーションに入っている。そのまま少し後ろに下がってから距離をフリーステップで開ける。その直後、敵の大鎌が振り下ろされる。だが、それで終わらない。そのまま鎌が切り返され、再びラシルに襲い掛かる。厄介なことに、切り替えしでは攻撃範囲が前方に少しではあるが伸びるため、ギリギリの距離で回避をしている、ラシルの位置では当たるのだ。だが、ラシルはフリーステップの硬直ですぐには動けずにいた。時間にしてコンマ数秒だが、現状ではこれが命取りになりかねなかった。樹はボタンを連打し、なんとか、ギリギリで切り返しも回避する。最初にグラビティの魔法がかかってなければ恐らく回避は不可能だっただろう。だが、今度はモンスター側に硬直が発生する。しかも、魔法の効果で、若干延長されている。勿論それを見逃すラシルではない。一気に距離を詰め攻撃を叩き込む。1発、2発、3発・・・。こちらの攻撃で、更に硬直が延長さる。だが、ラシルも無限に攻撃出来るわけではない。攻撃回数はクラスにより異なるが、攻撃の最後には当然プレイヤー側にも硬直が発生する。そうなれば、逆に反撃に会うのはラシルの方だ。だが、そんなのはお構いなしと言わんがばかりに攻撃を重ね、攻撃回数全ての攻撃を繰り出す。そしてそのまま、フリーステップで硬直をキャンセルし、そのまま距離を取る。あとはそのまま後ろに下がり、敵の攻撃をやり過ごす。そして再び、距離を詰めて、攻撃。4回ほど繰り返したところで、ようやく撃破する。無傷で倒せたのは樹にも意外だった。

(でもレベルは上がらないんだよな〜・・・)

 ラシルからすれば結構上位の狩場になるので、経験値は結構入っているのだが、それもすぐにレベルアップと言うわけにはいかない。勿論それは樹も理解しているのだが、やはり、苦労して倒して、何もなしでは寂しさを感じていた。因みに、モンスター側にミス判定があるように、プレイヤー側にも当然ミス判定は存在する。しかも、ラシルはスピードを重視したキャラクターなので、回避能力は結構高いほうだ。だが、いかに回避能力が高いと言っても、このダンジョンではせいぜい5割と言った所だろうか。そのため、あそこまでのプレイヤースキルを駆使して戦っているのである。勿論適切な狩場に赴けば、こんな戦い方をしなくていいのは言うまでもない。

 先ほどの戦闘からはモンスターにも遭遇せず、驚くほど順調に進んでいる。入り口まであと三分の一のぐらいの距離だろうか。だが、そこに問題が発生する。モンスターだ。しかも1匹2匹ではない。7匹近くのモンスターが通路を占領してしまっているのだ。ここを避けるとすれば、かなり戻って大きく迂回するしかない。とは言え、そんなに広くはない通路を、戦闘を避けて通るのは不可能だ。

「どうかしたんですか?」

 後ろに居たハルカが問いかける。どうやら彼女からの視点ではまだこの状況が見えないらしい。

「モンスターハウスになってる」

 モンスターハウス・・・モンスターが1ヶ所に大量に固まっている、つまりは現状のようなことを表す言葉だ。ハルカは初めて聞く言葉だったが、それぞれの単語からその意味を理解していた。

「しょうがない、迂回するか」

 流石に、この数はどうにもならない。ラシル達は来た道をまた戻るのだった。



 なんとか3層の入り口まで辿り着く。途中意外と時間は掛かってものの、通路で迂回路を取るために、道を戻ってからは特に何事もなく進むことが出来た。だが、その場所にハルカを連れてきた2人組みの姿はなかった。予想していたことだったが、いざとなると、何を言えばいいか、口を閉ざしてしまう。2人の間に少しの沈黙が訪れる。

「だれもいませんね」

 沈黙を破ったのはハルカの方だった。だが、ラシルは何を言っていいかわからず口を閉ざしたままだ。

「帰っちゃったんでしょうか・・・」

「・・・かもな」

 肯定する。そして、その後に再び訪れる沈黙。気まずい。樹の頭の中はいつのまにかそれだけでいっぱいになっていた。なにか声を掛けたほうがいいのだろうが、なにも思い浮かばない。

「わざわざ、突き合わせちゃってすみませんでした。それじゃ、私そろそろ戻りますね。あ、今度お礼しますね」

「ちょっと待った」

 咄嗟に呼び止める。だが、その先は続かない。その時、丁度チャットウインドウにエルナの名を見つける。そして閃く。

「明日暇か?」

「え?ええ、まぁ・・・」

 突然の質問に戸惑うハルカ。いきなりこんな質問をされれば誰だってこうなるだろう。

(これじゃぁ、ただのナンパだ)

 変な聞き方をしたことに軽く自己嫌悪しつつ、先を続ける。

「ギルド、紹介してやるよ。それなら、怪しいやつにも引っかからなくなるだろうし、色々と聞けるだろ」

 相変わらずハルカはラシルの意図が見えないといった様子だった。樹自身もそれに気づいてはいたが、構わず続けることにする。

「オレ明日は学校だから夕方ごろには連絡つくと思うから」

 そう言ってハルカにキャラクターアドレスを送る。が、一向に受信の様子はない。突然のことによほどパニックになっているのだろう。

「OKクリック、あとオレにも送信」

 ラシルの言葉に反応して、反射的に受信を承諾する。そして、ハルカもラシルにキャラクターアドレスを送信する。

「これで連絡が取りやすくなったから」

 そう言って細かいことを説明しておく。ここまでの様子からして、どこまで理解しているか怪しかったのだが、自分からも連絡できるので、この際気にしないことにする。更に言うなら、ラシル自身も先ほどのナンパのような誘いにさっきまでとは別の気まずさを感じ、早くこの場を後にしたいというのもあったのだった。

「じゃぁ、オレそろそろ落ちるわ」

「は、はい」

 本来ならば、街まで送ったほうがいいのだろうが、先ほど、自分で帰ろうとしたことと、目的を達成したので、仮にやられてしまっても問題ないだろうということで、そのままログアウトすることにしたのだった。勿論、前述した気まずさが一番の理由だったのは言うまでもない。

(アホだ、オレ)

 パソコンの電源を落とし、ベッドに入ってから更に自己嫌悪に陥る樹だった。


すっかり遅くなりました。微妙に書く時間がなくて・・・。

最初の予定ではここまでをプロローグに入れる予定だったのですが、1話に持ってきて正解でしたねぇ。長すぎ。

途中主人公のことを樹と表記したり、ラシルと表記したりでややこしくてすいません。一応、思考関係は樹、行動関係はラシルとしたのですが、ネットとリアルで完全に分けたほうがよさそうですねぇ。他のキャラのリアルのことは表記してないし。反省反省

次回以降もまたしばらく間があくとは思いますが、気長にお待ちくださいませ。あとがきも次回辺りかなはっちゃけてみるかなww

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