私の好きな人
私には好きな人がいる。
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受験。
人生の分岐点にもなる一大イベント。
私はそのイベントを軽い気持ちで通過した。
志望校はそれなりに頭のいい進学校。
その学校の何かに惹かれたわけではない。
単純に好きな人が通っているから、というのが決めた理由だ。
中学三年の夏。
まだ、どの学校に行こうか悩んでいた時、母に頼まれて買い物に行ったスーパーで偶然、彼に会った。
学校の帰りなのか、少しくたびれた制服を着ている彼のもとへ真っ先に向かう。
「染良は高校どこに行くか決めた?」
彼……藤堂皐月は、買い物を終え一緒に帰る道でそう聞いてきた。
すでに高校二年生の皐月は、染良から見たら立派な大人だった。
茶色に染められた髪は男の子、というよりも男の人という感じでとてもかっこよく見える。
二人並んで歩く。なんだか付き合ってるみたい。
家が近いって、こういう時に嬉しいな。一緒に帰れるんだもん。
「んー……、まだ決めかねてるところ」
「染良は初と違って頭がいいからどこでも選び放題なんじゃないの?」
そんな甘い考えにふけっていると、皐月が褒めるように、ぽんっと染良の頭に手を置く。
一瞬、何をされたのか染良は理解できず、触れられたと理解すると染良の綺麗な白い頬は、耳まで真っ赤に染まった。
「……初陽はどうするか決めたの?」
あまりの恥ずかしさに、染良は自分の話題から皐月の弟で、同級生の初陽の話題に変える。
「分かんねぇな。あいつ、その手の話は全くしてこないから」
「そっかぁ」
「まず頭がなぁ……。内申はそこそこあるんだけど……。素行がいいだけのやつだから」
俺と違って。皐月は最後にそう付け加えた。
だがその言葉は横を通り過ぎる車の音にかき消され染良には聞こえなかった。
皐月に家まで送ってもらうと、キッチンにいる母に買い物袋を渡し、残りの勉強をしてくる、と短く伝えそそくさと自室に戻る。
しかし机の上に積まれた参考書や問題集などに目もくれず、染良は真っ先にベッドへとダイブした。
皐月との帰り道、あのあともたわいのない会話を繰り返した。
染良たちの学校のこと。最近好きなテレビや音楽、ハマっているゲーム。
だが、染良が一番気になったのは皐月の学校のことだ。
皐月の話の中に出てくる、顔も知らない女の人に嫉妬した。
楽しそうに話してたなぁ。さっちゃん、彼女いるのかな……。
今まで何回思ったことだろう。本人に聞いてしまえばすぐに答えの出る質問だったが、そんなこと怖くて聞けない。
もし、もしもいるって言われたら、この片想いは終わってしまう。
もちろん片想いのままがいい訳ではない。でも、そこから脱出するような行動には出れない。
そんな自分が、情けない。
皐月の手が触れた頭に自分の手を重ねる。
小さい頃から知っている私のほうがさっちゃんのこといっぱい知ってるのにな。もっと、さっちゃんと一緒にいたいな。
そして、一つの結論に至る。
同じ学校に通えば、また一緒になれる!
今思えばどうしようもない単純思考で笑ってしまう話だ。
でも、本気だった。
偏差値的にも行けないことはない。
さっちゃんの高校に一番で合格したら、その時は告白しよう。
その日の夜、初陽に決めたことを連絡した。
初陽は染良の相談相手だ。ずっと染良のことを応援してくれている。
電話越しで初陽は「がんばれ」と言ってくれた。たった四文字の一言だが、それだけで頑張る気力が湧いてくる。
幼馴染の言葉ってなんて心強いんだろう。
決めてからは今まで以上に勉強した。
両親と担任に志望校を決めたことを伝え、その学校のことを調べ、面接練習や模擬テストを何度も行った。
順調だった。
そんななか、学校で意外なことを耳にした。
初陽も同じ高校に行こうとしているらしい。
正直驚いた。
学力があるわけでもないのに、どうしてそこにしたのか分からなかったが、幼馴染三人がまた同じ学校になるのならそれはそれで楽しいんだろうな、っと思って次の日から初陽の勉強に付き合った。
受験当日。
テストも面接もばっちりだった。
数日後の合格発表も、自分の番号が記されていて一緒に見に行った初陽も見事受かっていた。
その日、家に帰ってから高校から主席合格の知らせと新入生歓迎会の言葉の依頼の電話があった。
こうして、私はさっちゃんに告白するという、自分で決めた目標をクリアした。あとは行動に移るだけ。
この日の夜、染良と初陽の合格祝いとしてふた家族でご飯を食べに行った。
だが、そこに皐月の姿はなく、次の日に「合格おめでとう、後輩!」というメールが送られてきた。
染良はメールに「明日話したいことがあるから会いたい」と返事した。
震える指でなんとか送信ボタンを押し、皐月からの返事を待つ。
たった数分だったが、その時間は緊張感とよくわからない切なさでかなりの神経を使った。
皐月からの返事は「いいよ」と簡潔なものだった。
次の日、皐月と会う前に初陽と会った。
「今日、さっちゃんに告白するの」
そう伝えると、なぜか初陽は少し寂しそうな顔を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ドジったりするなよ。ちゃんと、想い全部ぶつけてきて、砕けたら俺が慰めてやるよ」
私の緊張を解すためなのか、初陽はおちゃらけて言う。
「あはは、じゃあその時はよろしくね」
初陽のおかげで心に余裕ができた。
「じゃあ、頑張ってこい」
優しい初陽の笑みが私の背中を押す。
高校受験よりも大きい私の分岐点だった。
「私、さっちゃんのこと、ずっと前から好き……なの。つ、付き合ってください!!」
鼓動が早くなるのが分かる。皐月にまで聞こえてしまうんじゃないかと思うほどドキドキした。
返事が返ってくる間がたまらなく長く感じ、逃げ出したくなる。
「……いいよ」
返事はYes。
私とさっちゃんは恋人になった。
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私には好きな人がいる。
その人小さい頃からの憧れの人で、私の自慢の彼氏です。