俺の好きな人
俺には好きな人がいる。
「好きなの……付き合ってくれない……?」
人生初の告白は、好きな人の告白の練習台。
「こんな感じで、いいかな……?」
そう聞いてくる彼女の顔は今までで一番綺麗だった。
この笑顔が俺に向けられればいいのに……。
*****
まだ長袖が欠かせない四月上旬。
咲き誇る桜の木の下を真新しい制服に身を包み、仲良く並んで歩く男女がいた。
「今日から高校生かぁ……。なんか受験もあっという間だったなぁ」
女の方が隣を歩く男子に向け、過去を懐かしむようにつぶやいた。
「それはお前がもともと頭良いから早かったんだよ……」
履き慣れないローファーで少しギクシャクと歩く男子は少女の言葉に気だるそうに答えた。
「あはは、初陽はよく頑張ったね。ここの高校、結構レベル高いのに」
ふふふ、と彼女は口元を押さえながら笑う。
彼女が言うように、初陽は頭が良くない……以前の問題で、勉強というものができなかった。
高校も最初は自分のレベルでも行ける数少ない学校を探していた。が、彼女がこの学校を受験すると聞いて死に物狂いで勉強し、見事合格してみせたのだ。
「それにしても、なんでこの高校にしたの?」
それはお前と同じ高校に行きたかったから……。
なんて言える訳もなく、俺は苦笑いで「まぁ」と短く返した。
自分より頭一つ分違う身長の彼女を見下ろすようにその端整な顔を伺う。
背景に舞う桜が霞むくらい彼女……染良の顔は可愛かった。
「あー、でも頑張った甲斐あったなぁ。さっちゃんと同じ学校だもん。でも、まさか幼馴染三人ともずっと同じ学校にいくなんてねー」
ズキッ……
不意に染良の口からこぼれた純粋な言葉が初陽の心を痛ませる。
『さっちゃん』というのは初陽の兄、皐月のことだ。
皐月と初陽は二つ違いの兄弟で、染良とは幼馴染だった。
「……そう、だなぁ。すぐ卒業しちゃうけどな」
「今日は入学式だから一緒に来れなかったけど、明日からは一緒に登校できるかなぁ」
染良は初陽の言葉など無視し、皐月のことを口にする。初陽は先程まで見ていた染良から顔を逸らし、頭上を舞う花びらを見つめた。
「んー、どうだろう。でも染良なら大丈夫なんじゃない?だって彼女なんだから」
自分で言った一言がブーメランになって心に刺さる。
初陽の今の気持ちはひらひらと落ちていく桜のようで、さらに地面に落ちた花びらを踏むように染良が追い討ちをかける。
「そうだね!私、さっちゃんの彼女だもん。……えへへ、彼女かぁ」
染良の綺麗な白い頬がりんご色に染まる。照れるその顔はとても魅力的で初陽の内に隠されている感情を一気に引き上げようとする。
だめだ、俺は染良を応援するんだ。そう決めたじゃないか……。
こみ上げてくる感情を自分の中に押し戻し、なんとか平常心を取り戻そうと浅く深呼吸をした。
「初陽?大丈夫?なんかぼけーっとしちゃって」
染良が不思議そうに初陽の顔を覗き込む。突然の出来事で初陽は驚いたがすぐに悪戯な笑みを浮かべた。
「なんでもないよ」
そう一言だけ言い、初陽は染良の額に軽くデコピンをする。
「いたっ!もう!心配してあげたのに!初陽のバカ!!」
まともにデコピンを食らった染良は自分のおでこを両手で抑え少し潤んだ目で初陽を睨みつけた。
こんな仕草も、可愛いなぁ……。
現在、時間は12時15分。入学式は13時から開始だ。
そろそろ気合を入れ直し、まばらに見えてきた同じ制服を着ている集団に溶け込む。未知の秘境へと足を踏み入れる探検者のような、好奇心をくすぐる何かが初陽の気分を高揚させた。
「あぁ……。なんか緊張してきたかも……」
ほんのりとおでこを赤くした染良は高等学校という初めてのダンジョンを前に落ち着かない態度を示す。
「おいおい……」
「名前呼ばれたとき声裏返っちゃったらどうしようっ!!」
そこかよ!!!
染良の少し的外れな心配事に初陽はツッコミを入れそうになったがなんとか堪える。
「その時は、その時なんじゃないかな……」
「それだけは絶対に嫌!!」
高校生活第一歩なんだから踏み外せないよ!と、染良は学校に着くまでの間、理想のスクールライフを初陽に語った。
もちろん、そこには初陽の名前より皐月の方が多く挙げられていた。
*****
俺には好きな人がいる。
その人は幼馴染であり、兄貴の彼女だ。