七話
(通り過ぎた?)
結局、二人は一瞬だけ向かい合っただけで、殺す殺され、なんてことは起きなかった。
あれ。
ただ、妙に本番への自信が無くなった。
まるで、今まであった実力を根こそぎ持って行かれたようだった
千秋は仕事をすべて終えて、未来へ戻った。未来に戻ったが、やはり『千秋が戻った未来』は荒廃していた。
「千秋、お疲れ様」
同僚の一人が言った。
「これで、こんな思いをする未来は、もう無くなったのね」
千秋はぽつり。本音を漏らした。
「ええ、しかしやっぱり……」
同僚はちょっと笑みを浮かべ、
「おばあちゃん相手には、千秋も優しいのね」
「……」
千秋の祖母は正真正銘、千尋だった
「やっぱり、不憫にも自殺してしまった千尋さんのこと、何か思っている?」
「別に……。『あの人の孫』というだけで危ういから、小さいころから一度もあった事の無い人なんて、知らない。それに、あの人が消えてからは、信者による紛争が各地で起きている。全部あの人のせいだ。あの人がキリストか仏陀のようにならなければ、信者によるくだらない派閥争いだのはなかったはずだ」
「でも、殺してもいいおばあちゃんを、君は救った。」
千秋のポケットには、過去から持ち帰った、現代の小型音響機器が入っていた。
これは人間の声帯に取り付ける事で、綺麗な音を刷り込ませる機能がある。現代の千尋の影響で特別に進歩した音楽教育の為に開発されたものだ。
「これが、千尋さんの友達に付いていたなんてね。千尋狂信者も恐ろしい。ただ、これで『なぜ千尋さんがあれ程の存在になったのか』がわかったわ」
つまり、未来の音響機器を使って、彼女は過去の無知なる観衆を歓喜させた。
「……」
「どうしたの?」
「あの人が歌った声は偽物だったのか、って思って」
「そうね……。でも、千秋は一度、生前の千尋さんの音楽を生で聞いたことあるでしょ? その時はどうだった?」
千秋は黙っているだけだった。
ただ……。
尋矢は拘束具が緩んでいる事がわかると、すぐにそれを脱いで、市民ホールへと急いだ。
しかし残念。
時計を見ればもう後の祭りだとわかる。
市民会場のドアが、一段と重い気がした。
吐き気さえする尋矢であったが、しかし千尋が歌っているのがわかると、仰天した。
そして、感動した。
混乱している人もいるかもしれません。
つまり
千尋を信仰する信者が、過去に未来の技術の小型音響機器を千尋の友人にとりつけ、千尋の歌唱力を無理やりにあげた、というわけです。未来では音響技術がかなり進歩してる設定なので、その千尋が音楽祭に出るのは、黒電話があるような時代に、スティーブ・ジョブズのプレゼンが行われるような衝撃に違いありません。
それを行ったのは、千尋が宗教神でいてくれないと困る、例えばそれで儲けている人とか、そんなところでしょうね。




