五話
千尋を襲撃した女の名は千秋。
彼女は、千尋が“歌った未来”で軍人をしていた。
“歌った未来”での千尋は、空前の歌姫と絶賛される、歌手だった。小さな市民ホールで行われた音楽祭で、音楽の歴史を塗り替える様な歌声を発表し、破竹の勢いで音楽の世界の覇権を握る存在となる。市内から県内へ、そして国内、さらには世界へと彼女の歌声は広がる。
それはすぐに『宗教』へと昇華された。
圧倒的なチャームは人々を感動させたり、喜ばせるエンターテイメントにとどまらせない。あっという間に信仰、心酔の中心になっている。
信仰によって組み立てられた組織は強大になりうる、凶暴になりうる――。
(結局は……)
千秋は旭の照らす公園で物思いにふけていた。あの音楽祭が開催される日を示す光は、千秋にどういう感情を起こさせたのだろうか。
(『未来に作用しない』為にするしかない)
千秋のポケットに収まったピストルの重みが、ずっしりと伝わった気がした。
(あの小僧は、おそらくあの人の信者だろう。『歌わせる』未来を創る為にやってきた。だから、ほんの少しとはいえ、コンタクトを取ろうとした。信者らしい行動動機。未来人が、当時の人間とコンタクトをとるのは厳禁なのに)
(しかしまぁ、あの小僧も他愛ない)
千秋の前に、ピストルを構えた尋矢がいた。
よく見れば、彼は震えている。
「お前、ピストルもまともに持った事ないだろ。不意打ちでさえ、私を殺せなかった」
尋矢のこめかみに一粒の重みが通過した。




