二話
音楽祭を前にして千尋が緊張をしているかと思えば、拍子抜けにも、彼女自身はそうでなかった。
「……」
ツバメが死んでいる。
死体ならどこにでもある。事実墓場にはたくさんの死体が沈んでいる。
しかし、下駄箱に入っているというのは、あまりに現実味がなかった。
「嫌がらせ……かしら」
飛べない鳥。
明日の音楽祭では、彼女は『トリ』を務める事になっている。これは全く、洒落にならない程に不謹慎だ。
それでも鳥の事が不憫だ。埋めてやろうかしらん、と千尋はたんぱく質を手のひらで支え、土壌を探そうと周りを見渡した。
玄関の前に、見慣れぬ服装の少女がいた。
「あの……」
千尋は警戒しつつ、声をかけた。
「あなた、この学校の制服を着ていないけれど、ここの生徒さん? 校則では、私服での学校にいるのは厳禁だけれど」
「千尋さん、明日の音楽祭の出場をやめてもらえませんか?」
「断ります」
千尋は元々、聡明である。だからこそ、こんな悪戯をする様な人間は、どこかで彼女を陥れるか、脅迫をしてでも退けようとするとは、なんとなしに察していた。
「強情な奴だな」
「前々から嫌がらせをしていたのはあなたでしたのね。道理で最近……」
通学中に自転車や車と接触しかけた事故が、最近は多かった。それだけじゃない。運よくこぼれた飲料水に、喉を傷つける作用を持つ飲料水にすり替えられていたりもした。
それにしても、ただならない。その女からは、ただならぬ執念を感じた。
「何が目的かは解らないけれど、私は私のすべきことをやるだけだから。残念だけど、諦めて」
「……」
女は表情をピクリとも動かさない。
「わかった。もういい」
女はピストルを取り出した。
ビューン
光線が放射された。
普段は冷静な千尋だが、前々からの嫌がらせに続いて、唐突に現れた女がピストルを取り出したのだ。流石に動揺し、発射音と同時に、死ぬ事を覚悟した。
しかし千尋は死んでいない。
死ぬどころか、傷を負っているのは女の方だ。
「おばあちゃん!」
少年が千尋の方へと疾駆。
おばあちゃん、とは誰の事かを千尋は判断できなかった。しかし少年の行動から察するに、それは千尋の事を言っているらしい。
「いこう!」
差しのべられた手に少し躊躇したが、少年は強引に手を握った。




