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孤島の犬神  作者: 藍上恩
第七章:約束
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最終章:約束

 二人は神社を後にして、更に山を登った。

山頂へ着く頃には、既に空は橙色に染まっていた。

「ここは島で一番高い所。

夕日が綺麗でしょう?」

「ええ。心が洗われる想いです」

左には四国、右には本州、そして前方の彼方には九州が見える。

その三島の間を、赤く染まった水が穏やかに流れる。

「そういえば・・・・・・」

Hは、あることを思い出した。

「宿屋の主人から聞いた話なのですが、

犬神神社の敷地内に入った者は狼のような獣に襲われるとか・・・・・・。

どうして自分は襲われなかったんでしょうか?」

「ああ、そのこと・・・・・・」

女性の目線はHでも海でもなく、本州の方に向いていた。

「それは、私があなたを襲わせないように犬神にお祈りしたからですわ」

「え・・・・・・どうして・・・・・・?」

「最初は半信半疑でした。

でも万が一の可能性を考えてお祈りしていたら、本当に調べていたんですもの。

お祈りしておいて正解でしたわね」

目線は本州に向けたまま、しかし口調は笑っているようだった。

「いや・・・・・・そういうことではなくて、

どうして見ず知らずの自分なんかを・・・・・・」

Hが言いかけた時、海の方から風が吹いた。

白い帽子が風にのって、女性の頭から浮遊する。

Hはそれに素早く反応し、地面に落ちる前に帽子を掴んだ。

「どうぞ」

「フフ、ありがと」

「・・・・・・え?」

今の今まで上品な敬語を使っていた女性の口調が、突然くだけたものになった。

「さっすが。

あの頃から全っ然変わってないね」

女性が何のことを言っているのか、Hにはわからなかった。

「あの・・・・・・失礼ですが、一体何を・・・・・・」

目を白黒させるHに、女性は口元を大きく緩ませた。

「『うん! ぼくぜったいうわきなんかしないからね!』

さすがにもう忘れちゃった、かな?」

Hは首をかしげる。

『うん! ぼくぜったいうわきなんかしないからね!』

どこかで聞いたフレーズである。

「確か・・・・・・夢で・・・・・・」

瞬間、Hの脳裏で再びあの夢が再現された。


 -「わたしたち、おおきくなったらけっこんしようね!」

「うん! ぼくぜったいうわきなんかしないからね!」

数日前にも見た、あの光景。

しかし当時と決定的に違うのは、Hの自我が存在している場所だった。

「うれしい! ひーくん、だいすき!」

目の前の少女の唇の感触が、頬を伝う。

ひーくん――そう、自分の名前であるヒロシのヒの字をとって、

目の前の少女――スマコは、自分のことを『ひーくん』と呼んでいた。

突如視界が暗転する。

やがて聞こえてきた泣き声とともに、視界が徐々に回復する。

「とうきょうに、ひっこすの?」

「うん、ほんとうはひーくんのおよめさんになる・・・・・・つもりだったのに・・・・・・」

スマコは親の仕事上の都合で、東京へ引っ越すことになった。

ヒロシは――自分は、泣いているスマコの両肩を力いっぱい握った。

「ぼくがおおきくなったら、ぜったいにとうきょうまでむかえにいってやるから!」

するとスマコは泣くのをやめ、精一杯の笑顔を作ってくれた。

そしてその時、再び視界が真っ暗になる。


 「あ・・・・・・」

視界は、オレンジ色の空を映し出していた。

H――もとい弘からみえる空は、濡れていた。

目の前の白い帽子の女性――須磨子も泣いていた。

「やっと、思い出してくれたんだね・・・・・・弘」

「須磨子・・・・・・ごめん・・・・・・ごめん・・・・・・」

須磨子が東京へ引っ越したあとも、しばらくは手紙によるやりとりは続いていた。

しかし、互いに幼稚園や小学校での友達ができるうちに、

いつしか手紙の頻度も少なくなり、やがてぱったりと無くなってしまった。

「私、寂しかったんだからね・・・・・・」

弘は須磨子のことを忘れてしまっていたが、

彼女は片時も弘を忘れることはなかったという。

「中学校の時に、たまたま読んだ本で犬神伝説について知ったの。

東京の高校を卒業したのちにここ月ヶ瀬島へ行ったのも、昔交わした約束を果たすため」

「・・・・・・『けっこんする』ってやつか」

弘が月ヶ瀬島へやって来たのも、島に着くやいなや出会ったのも、

全て私が犬神にそうなるように祈ったから――そう彼女は言った。

「大学が終わったら、自分もこの島へ行く。

一緒にこの島で暮らそう」

「・・・・・・うん、今度は忘れないでね」

「忘れるもんか」

夕日が二人を照らす。

照らされたことでできた二つの影は、やがて一つになった。


 「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

弘と須磨子がはじめて、いや、久しぶりにあったあの海岸に、弘はいた。

弘は今日、本州へ帰る。

走ってきた彼女は息を切らしていた。

「よかった、間に合って・・・・・・」

船の出航時間まで3分を切っていた。

「全く・・・・・・このまますっぽかされるのかと思った」

弘は、なかば呆れ顔になっていた。

しかし内心では、須磨子以上に安堵のため息を漏らしていた。

「もうそろそろ乗らなくちゃいけなかったから・・・・・・。

最後に須磨子の顔を見れてよかったよ」

軽く手を振って船に乗り込もうとする弘の腕を、須磨子は強く掴んだ。

「待って」

そういって須磨子は彼の顔に自分の顔を正面から近づけて――。

二つの顔は一瞬、唇を介して繋がった。

出航を告げる汽笛が、高らかに瀬戸内海に響き渡った。

最後までありがとうございました。

拙作揃いの中でも割と自信作でしたので、

こちらの方でも投稿しようと思い立った次第です。

(他の作品も見たい!という方は、

拙作ブログの方をご覧ください。

http://blog.livedoor.jp/abswear18723/)


今作の執筆で一番苦労したのは、辻褄合わせですかね。

第三章、第四章、第六章は特に苦労した記憶があります(汗

何度も何度も推敲して、また矛盾点が見つかって、

更に推敲して・・・・・・の連続でした。


Hのキャラ像はズバリ「どこにでもいる大学生」です。

没個性的といえば聞こえは悪いですが、逆にいえばクセッ気のない人間像に仕上がりました。

強いて特徴をあげるとすれば、一人称が「自分」となっているところですかね。


ヒロインのキャラ像で最も個性的なのは、「女言葉の敬語」ですよね。

私が目指したキャラ像は「おしとやかな女性」ですので、

意図通りのキャラクターに仕上がった感はあります。

もちろん不十分な点もありましたが(笑


色々と課題も多かった今作ですが、

個人的にはかなりの自信作です。

最後まで楽しんでいただけたのであればこれ以上ない幸いです。


宣伝というと聞こえは悪いですが、

私の拙作ブログの方では短いながらもアフターストーリーを掲載しています。

もちろん本編ではないので、「読まない」という選択肢もアリですが、

興味があれば是非。

「歪みない小説を目指して」

http://blog.livedoor.jp/abswear18723/

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