第六章:暴露
一昨日、昨日と入った倉庫へ今日もまた足を踏み入れることとなった。
「しかし、この部屋にあるものはあらかた調べました。
今更得るものなどないと思うのですが・・・・・・」
「では、これに気づかれましたか?」
倉庫の床に溜まっていた大量の紙くずを箒で掻き分け、
その下に敷いてあったござを取っ払い、更にその下の土を部屋にあったスコップで掘ると、
その下には扉のようなものがあった。
「・・・・・・物置?」
「いいえ、れっきとした部屋ですわ」
しかしHは、部屋にしては随分と不便な場所に扉が作られている気がした。
「地下か何かにあるお部屋なんでしょうか?」
Hが尋ねると、女性は真剣な表情を浮かべて応答した。
「今でこそ一部の人間が知っていますが、かつてはこの部屋の存在自体がトップシークレット。
この部屋は、近代における犬神信仰の聖地とされていた場所ですの」
重たい扉を二人がかりでどうにかこじ開けると、
そこには石でできた階段が、深くまで続いていた。
「音でバレたりしないように、と思われたのでしょうか。
この階段を100段ほど下った先に、お部屋があります」
懐中電灯を前に向けても、一向に部屋らしきものは見えてこない。
しばらく下っていくと、鉄の扉のようなものが光に照らされて見えた。
「・・・・・・カギがかかっているようです」
「そう・・・・・・ではこれを使って」
女性から渡されたのは、今日の昼までHが持っていたものだった。
「そういえば三つあったのに、自分が使ったのは二つだけでした・・・・・・」
「そう。
一つは神社本殿のカギ、一つは上の倉庫のカギ。
・・・・・・そして残りの一つが、ここのカギですわ」
Hがカギを挿し込むと、扉の中で金属音がして、重たそうな鉄の扉が自動で開いた。
鉄の扉の先には、静寂のみを漂わせる空間――闇が広がっていた。
真夏だというのに、少し肌寒くもあった。
「今電気を点けますわね」
女性が壁のある部分に手を触れると、数十本の蛍光灯が一斉に光る。
洞窟の中を思わせる外観――この空間が洞窟そのものなのだろうが――の天井に点在している数十本の蛍光灯。
全ての蛍光灯が光っていても、まだ薄暗いくらいだった。
「この部屋は、聞いた話では50人程度を収容できるように作られているとか。
それほどまでに、当時犬神が隠れて信仰されたということでよろしいのかしら?」
その空間のある部分に、机が一つ置かれている。
そのそばの地面に、何かが転がっているのをHは見逃さなかった。
「なんだろう・・・・・・」
転がっている何かへと近づいてみる。
見ると、それは人間の骨だった。
骨の損傷が激しく、男か女かもよくわからない。
「それは・・・・・・犬神神社最後の神主のものですわ」
そういう女性の目は、机に向いていた。
Hもその目線につられるように机に視線を向けると、そこには一冊のノートが置かれていた。
「それを見れば、戦後から現代に至るまでの犬神信仰も、
そしてどうして犬神が呪いの神とされているかも、全てがわかりますわ」
既に茶色くなっているノートを、Hはおそるおそる開いた。
『1970年8月6日。
最近では神に頼らずとも容易に快適な暮らしを手に入れることができる。
その影響か、犬神様の信仰もすっかり陰を潜めるようになった。
このたび、ある信者の老人の一言をきっかけとして、
「犬神様信仰を後世に伝える会」を設立することとする。
加盟者は私を含め、総勢26名。
犬神様は、26名もの人から崇められていらっしゃる。
神主として、これほど嬉しいことはない。』
「これは・・・・・・神主の日記、ですか?」
「ええ。筆跡鑑定で調べたところ神主のものと一致しましたわ」
戦後は村全体で言えば犬神信仰は廃れたのかもしれない。
しかし、この日記のようなノートに書かれてあるように、
犬神を信仰する者が多かったのも事実だったようだ。
「しかし、この会は4年後自然消滅することとなりますの」
『1974年1月23日。
近所の若者が神社の境内で夜な夜な集まってはゴミを散らかしていく。
どうにかならないものか。』
『1974年1月30日。
23日に近所の若者に対する文句を日記に書いたが、
24日以降、若者がぱったりとこなくなった。
不思議なこともあるものだ』
更に読み進める。
『1974年2月4日。
神社の境内でたまっていた若者たちが相次いで事故で負傷したり厄介な病気にかかっていたらしい。
それで神社の境内にたまらなくなっていったのだろう。
しかし、彼らはいずれも1月24日に何かに巻き込まれている。
たまっていた若者の一人が村役場の議員の息子だったのが面倒で、
その親の議員がうちの犬神神社で祭られている犬神様のせいにしだした。
厄介なことにならなければよいのだが。』
『1974年2月8日。
4日に書いた議員が突如心臓発作を起こして、そのまま死んでしまったようだ。
巷では犬神神社の祟りだとか言われているが、
犬神様がそのような愚かな真似をなさるはずがない。』
『1974年2月17日。
最近では村の一部の連中が、反犬神神社を掲げているようだ。
なんでも、最近村でよく起こっている事故や誰かの突然死などの原因が犬神神社にあるとのこと。
何を根拠にそのようなことを言うのだろうか。』
『1974年3月10日。
反犬神神社を掲げていた町内会の幹部たちが相次いで死を遂げた。
反犬神神社を掲げていたとはいえ、冥福をお祈り申し上げる。』
『1974年5月1日。
巷では犬神神社は呪いの神社と呼ばれているらしい。
今年の2月から相次いで、
犬神神社にとって不利益な人間が次々と酷い目に遭っていることが原因のようだ。
そのなかには、突然心臓発作を起こしてそのまま死んでしまう者も多い。
きっとこれは、神主である私が心のどこかで彼らを疎ましく思っていたからに違いない。
犬神様の威厳を損ねるような愚行をしてしまった今、
潔くこの世から去る以外に犬神様に謝罪する方法など思いつかない。
これより神主の私は倉庫の地下、犬神様の聖地に自らを閉じ込め、
死に行くその時まで犬神様に許しを請うこととする。』
日記のようなものはここでぱったりと消えていた。
「これが・・・・・・」
「ええ。
私も当時からこの島にいたわけではないから詳しいことは存じませんが、
この一件以降、犬神は呪いの神として穢されるようになりましたの」
横たわっているのは、死に至る直前まで犬神にお詫びをしていた最後の神主だと言われている。
自分が信仰している存在を邪神と罵られたこの神主は、
その責任を自らのものとして、自らを幽閉した。
Hは、今ではすっかり腐りきって白骨と化した神主に向かって合掌する。
後ろにいた女性も、自身の左右の掌同士を合わせた。