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孤島の犬神  作者: 藍上恩
第五章:昼食
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第五章:昼食

 「そうですか、調べ終わりましたか・・・・・・」

山守は嬉しそうな声をあげた反面、表情は悲しげだった。

「しかしこれで、最後のお客さんともお別れですか・・・・・・」

「そんな・・・・・・。

今日はまだ帰りませんよ」

思わずHまで悲しみを感じてしまう。

「そうでしたね・・・・・・」

山守の目はまだ悲しさを宿わせていたが、

口元は笑っているようにも見えた。

「さあ、島の漁師が昨日釣ってきたばかりの新鮮な魚です。

どうぞご賞味ください」

「いただきます」

Hは明日、この島を離れ本島へ帰る。

山守お手製の朝食を口に運びながら、少し複雑な気分を味わっていた。

(この人の食事にありつける回数も、もう多くはないのか・・・・・・)

「そういえば・・・・・・今の今まですっかり忘れておりましたが」

突然苦虫を噛んだ表情になった山守は、左手で顎を撫でていた。

「犬神神社の近くには狼か何かが生息しているようで・・・・・・。

どういうわけか、犬神神社の敷地内に入ろうとする者は悉く狼のような獣に襲われます。

十年前は、それで死者が出ました」

犬神神社の敷地内で獣に襲われたことはもちろん、

その類のものを見かけすらしなかったHは首をかしげた。

「あなたは襲われたようには見えませんし、

その様子だと、獣すらも見かけなかったのではないですか?」

「ええ。

そもそも、狼はもう日本には生息していないのでは?」

狼に襲われる――これも、犬神が呪いの神とされる由縁なのかもしれない。

「すっかり忘れていたが、

どういうわけか、あなたが襲われていなくて本当によかった」

すっかり安堵の表情を浮かべる山守とは対照的に、

Hの表情は狐につままれたようなものだった。


 Hの慎重な性格もあって、Hは約束の十分前に図書館へと向かった。

しかし着いてみると、既に図書館の前には待ち人が佇んでいた。

「ごめんなさい、待ちましたか?」

約束の時間より前なのにも関わらず、ついつい謝罪の言葉が出てしまう。

「いえ、私も今来たばかりですわ」

Hはカギを渡して、即座にその場を去ろうとする。

女性はスーツ姿であり、勤務の邪魔をしてはいけないと判断したためであった。

しかし女性は去ろうとするHの腕を掴んだ。

「お待ちになって」

Hが振り向くと女性はクスリと笑って言った。

「一緒にお昼食べに行きません?」

「ですが・・・・・・」

あなたは勤務中ではないのですか、と問いかける。

「いえ・・・・・・私は今日の午後、お休みなので。

カギを役場に返しに行ったら、今日の職務は終了ですわ。

それとも・・・・・・私とご一緒するのがイヤかしら?」

スーツ姿の女性はHに、小悪魔的な笑みを投げかけた。

「いえ・・・・・・そういう事情でしたら、ぜひご一緒しましょう」

職務妨害にならないのであれば、Hにとって断る理由などなかった。

「では、私も着替えたいので・・・・・・。

午後の1時に再びここで落ち合うことに致しましょう」

足早にスーツ姿の女性は去っていった。

女性の姿が見えなくなると、Hは自販機を探し始めた。


 約束の時間になった。

図書館前の道路を見回すと、水色のワンピースに白い麦藁帽子をかぶった女性がこちらへ歩いていくのが見えた。

「それでは行きましょう。

私の行き付けで美味しいお店がございますの」

五分程度歩いたのち、Hと女性は質素な外観の蕎麦屋の暖簾をくぐっていた。

店長と思われる人はHと一緒にいる女性の顔を見ると、一番奥の席を手配してくれた。


 「へえ・・・・・・それでは自分と同い年、ということになりますね」

「ええ、偶然ですわね」

女性は月ヶ瀬島の生まれではなく、子ども時代を東京で過ごしたという。

東京にある何の変哲もない都立高校を卒業したのちに、月ヶ瀬島の村役場に就任した。

「ですから、まだこの島へきて半年も経っていませんのよ・・・・・・。

でも、この島の人たちは皆いい方ばかりで、

私はすぐに島に馴染めましたわ。

そういえば、あなたはどちらの方なんですか?」

今度は、女性がHの住んでいる地域を尋ねた。

「自分は、山陰の海の近くにある大学に通っています」

「山陰というと・・・・・・、島根や鳥取のあたりですわね」

Hは話が上手いほうではないのだが、

大して親しいわけでもない女性との会話が、なぜか弾んだ。


 「ところで・・・・・・アレについて色々と調べることはできましたか?」

蕎麦屋を後にした時、女性は小声で尋ねてきた。

「ええ、あらかたは調べました。ただ・・・・・・」

Hは、戦後から現代における犬神信仰について知ることができないことが不本意だと話した。

「そして、どうして犬神が呪いの神と言われているかも・・・・・・わからずじまいです」

今把握している情報だけで、及第点をもらえる程度の論文は書けるだろうとHは考えていた。

しかしよくよく考えてみると、どうにも納得がいかない。

女性はしばらく伏し目がちに何か物思いをしているようだったが、

やがて口を開いた。

「それでは、」

女性はかばんから何か取り出した。

それは、今日の正午にHが女性に渡したものだった。

「例の場所に今から行ってみましょう」

「え・・・・・・」

「どのみち私も、行こうと思っていましたので」

Hは今朝の山守の話を思い出す。

犬神神社の敷地内に入る者は、狼のような獣に襲われる。

「ですが、確かあそこは・・・・・・」

「獣ならば、出ませんわよ」

女性の口調からは、自身の主張の絶対的な自信が感じられた。

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