不仲兄妹の関係
背丈の高い木々が鬱蒼と生い茂る薄暗い天然の森の中を、一人の青年──尚司が血相を変えて走っていた。その五〇メートルほど後方、突き刺さるような殺意を放ちながら迫ってきているのは、狼の身体でワニの頭をした異形の化物。狼の身体にしては足が早くなく、まだ体力に余裕がある為しばらくは平気だろうが、追い付かれれば確実に命はないだろう。
どうしてこんな事になっているのか、どうして自分はこんな場所に居るのか、どうしてあんな化物が存在しているのか。一つ下の妹と喧嘩をした後自室で昼寝をし、ふと目が覚めたら現状に至っていた尚司には、何一つとして理解できていない。できていないが、化物から逃げなければならない事だけは考えるまでもないので、今はひたすら足を動かす事だけに専念する。
「──っ、くそッ! 一体何だってんだよ……!?」
しばらくし、何とか化物を振り払って逃げ伸びる事ができた尚司は、理不尽な状況への不満を口にしながら腰を下ろし。布団に入った時はスウェットを着ていたのに、何故か着せ替えされている高校の制服の裾で、滝のように流れる汗を拭う。そして、初めて味わう心臓が止まりそうなほどの緊張感から解放されたからだろうか、何故だか無性に笑い出したくなった。
しかし、そんな事をすれば化物に見付かる可能性があるので自重し、体力の回復を図りながら現状について考える。と言っても、いくら考えたところで今抱いている様々な疑問が真に解消される事は、残念な事に一つとしてないのだが。とりあえず、自分の命を狙っている見た事も聞いた事もない異形の化物は、犬猫といった真っ当な動物ではないだろう。
なら、そんな普通ではない化物が存在しているこの場所は何なのかと考えた時、突拍子もない可能性が頭に浮かぶ。あまりにも現実離れした中学生の妄想のような予想だが、もしかして此処は“異世界”なのではないだろうか、と。そうであれば、いつの間にか此処に居た事なども、現実では無理でも異世界なら可能だという事で納得できる──ような気がした。
そんな事を考えていた時、風もないのに前方の茂みがガサリと音を立て揺れ、化物に見付かったのかと青ざめる。完全に腰を下ろしている──仮に立っていたとしても体力が底をついている今、再び逃げ切る事は難しいだろう。という訳なので、潔いのか諦めが早いのか生き延びようと無駄に足掻く事はせず、茂みをジッと見つめて化物が現れるのを待った。
「──え?」
「……ん?」
だが死を覚悟した尚司の予想を裏切る形で茂みの向こうから姿を現したのは、化物などではなく、一人の少女だった。それも、妹の清華に瓜二つで、まるでファンタジーなアニメや漫画に出てくるような剣士の格好をした、である。そんな少女は唖然としている尚司に訝しげな表情を浮かべると、警戒心を瞳に滲ませ、ゆっくりと腰の剣に手を掛けた。
その兄に対するものとしては有り得ない態度に、尚司は目の前の少女が似ているだけで清華ではないと確信する。またその一方で、此処が異世界である可能性が濃厚になったなと、張りぼてには見えない少女の剣と鎧を目にして思う。すると異性に全身をマジマジと見られたからか、心なしか警戒を強めたように見える少女は、若干キツイ口調で尋ねてきた。
「ちょっとアンタ。そんな軽装で此処にきて、一体何をしているのよ」
見た目だけでなく声まで妹にそっくりだなと思いつつ、尚司は少女の問いに何と答えれば良いのやらと考える。正直に何も判らない、むしろ聞きたいのはこっちの方だなどと言ったところで、少女は簡単に信じたりはしないだろう。ましてや此処とは違う世界からきた、何て事を言ってしまえば、信じる信じない以前にこちらの正気を疑われかねない。
そんな事情など知るよしもない少女は、返答をしない尚司を不審者から後ろめたい事がある犯罪者へと認識を改める。それにともない、話を聞く前にまずは逃走されないよう拘束する事に決めると、剣を抜きながら一歩前に踏み出した。しかしその直後、自分が此処にきた時と同様に茂みが不自然に揺れた為、一旦尚司の事は後に回して音のした方へと身構えた。
そして二人の前に現れたのは、尚司の命を狙っていた狼とワニをくっ付けたような化物──それが三匹もだった。化物の出現に怯える尚司を少女は一瞥し、ため息を吐くと、何の義理もないが尚司を庇うようにして化物と対峙する。そして戸惑う気配を見せる尚司へ振り返らずに逃げてと一言告げると、そのまま返事を待たずに化物へ斬りかかった。
年下だと思われる少女を一人置いて先に逃げるという行動は、人間として、それ以上に男として非常に情けない事だ。しかし、だからといって見栄を張り、あの場に留まり続けていたとしても、少女の足手まといにしかならなかっただろう。だから仕方がない事なんだと誰にともなく言い訳をし、少女に戦いの心得がある事を願うと、尚司は一目散に逃げ出した。
「──ハッ、ハッ、ッ……くッ」
少女と別れてから数分後、体力の限界まで走り抜けた尚司は、倒れ込むようにして地面に両手両ヒザをついた。無我夢中であった為どれだけの距離を走ったのかは判らないが、少女が囮になってくれたお陰か追っ手の気配はない。その事に安堵した途端全身の力が抜け落ちるのを感じると、そのまま抵抗する事なく手足を広げてうつ伏せに寝転がった。
幸い休憩中に化物が現れるような事もなく、冷静に思考できる程度には体力が回復させた尚司は、ある事を考え始める。それは、怪しいところしかないような自分を何故か庇い、今も化物と戦っているかもしれない妹に良く似た少女の事だ。深い森の中、再び出会う事は早々ないだろうしもう関係のない相手だと頭では思うも、しかし頭から離れてくれなかった。
自覚のないまま、心のどこかで一人逃げてきた事を後悔しているのだろうかと、頼りない足取りで立ち上がる。精々友人と喧嘩した事くらいしかないド素人が、何も持たずにノコノコ戦場に戻る事は、考えるまでもなく危険で無謀な事だ。しかし、それが判っていながらどうしても少女の事が気になってしまい、尚司は気付けば、元の場所へ向かって歩き出していたのだった。
引き返さなければ良かったと尚司が心底後悔する事になるのは、それから大体十数分後の事である。異様な臭いに眉をひそめながら辺り一帯を見て回っていると、血の海に無造作に転がっている死体を発見した。それは手足がもがれ、身体に無数の傷と抉られた痕があり、もはや原型を留めていない──あの少女の死体だった。
「う、ぁ……っ、うぐッ……!」
喰い散らかされたかのような凄惨な光景に堪え切れず、胃の中の物をぶちまけながら尚司が感じたのは、胸の痛み。いつの間にか、まとも会話どころか挨拶すらも交わさなくなった妹に似ているだけの、赤の他人の筈なのに。少女の死体を見た瞬間、仲が良かった頃の妹との思い出が脳裏に浮かび、重く圧し掛かるような後悔に襲われた。
そして、少女の死を前にショックで呆然としてしまっていた為に、尚司は自身に迫る危機に気付く事ができなかった。獲物が戻ってくる事を予想して待ち伏せていたのだろうか、口元を少女の血で濡らした化物が茂みから一斉に飛び出し。抵抗する事も悲鳴を上げる事もできないまま、強い後悔だけを胸に、少女と同じ死の結末を迎える事になるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……夢落ちかよ」
尚司が自室のベッドで目を覚まし、着ている物がスウェットである事、また身体の何処も欠けていない事を確認。それから室内をグルリと見回して、森での衝撃的な出来事が、一体何であったのかを把握した後の第一声がソレだった。体内全ての空気を吐き出す勢いでため息を吐き、起こしていた上半身を倒れ込むようにしてベッドに沈める。
色々と思う事はあるが、異世界に飛ばされたり化物に殺されたりといった出来事が、全て夢であって良かったと思う。そして、あの妹に似た少女の死がなかった事になったのも──といっても、現実には存在しない人物なのだが。ただ異世界という存在に憧れがない訳ではないのでその点だけは少し残念に思ったが、しかしそれも命あってのモノである。
機嫌が悪い時に寝たからあんな悪夢を見たのだろうか、などと思いつつ時計を見ると、秒針は夜の八時を刺していた。夕食はいつも大体九時頃なので、後一時間は何もする事がなく暇なのだが、再び寝直す気にはとてもなれない。何か代わりに暇を潰せるような物はないかと部屋を見回し、そしてふと、妹が今何をしているのかが気になった。
変な夢を見た所為だなと頭を掻きつつ部屋を出て、さり気なく隣の妹の部屋を確認するが、人の居る気配は感じられない。この時間はいつも部屋に居るんだけどなと首を傾げながら一階のリビングに行くも、母親は居たがやはり妹の姿はなかった。別に居ようが居まいがどうでもいいのだが、一応母親に所在を尋ねてみると、妹はどうやら近くのコンビニへ行ったらしい。
「アンタ達、また喧嘩したんだって? 清華がアンタのプリンを食べたのが原因のようだけど、小さい子じゃないんだから……」
気にして損──いや、別に気にしてなんか、と尚司が一人内心でブツブツ言っていると、ため息混じりに母親が言う。妹が素直に謝らなかった事や、日頃溜まった鬱憤などがあったので、別にプリンの事だけで喧嘩になった訳ではない。しかし喧嘩となったキッカケがプリンである事は確かであり、尚司自身下らないと思っていたので、弁解したりはしなかった。
何もせず戻るのは不自然なので冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んだ後、部屋に戻りながらコンビニか、と呟く。調理の進行具合からして夕飯まで後少し掛かるようであったし、コンビニへ行って帰るには丁度良い時間かもしれない。決して妹の事が気になる訳ではなく、あくまでプリンを買う為だと自分自身に頷きながら、尚司はコンビニへ行く事に決めたのだった。
◆
「──何やってんだかな、俺」
使い古した財布を手にコンビニへと向かう道中、尚司は今更の事ながら自分の行いの馬鹿さ加減に自嘲していた。夢で見た出来事が忘れられずに妹の事を気にし、無事を確認する為に外出するなど、まるでシスコンではないかと。ちなみにシスコンとはシスターコンプレックスの略で、姉や妹の事が好きで好きで堪らない人間の事を指す名称である。
とはいえ、もうそろそろコンビニが見えてくるといった辺りまできてしまっている以上、ここで引き返すのもアホらしい。だからさっさと行って帰ろうと尚司が心に決めた時、何やら聞き覚えのある声が少し先にある路地裏から聞こえてきた。気の所為、もしくは不良が喧嘩しているだけという事にして無視してしまいたかったが、妙な胸騒ぎを覚えたのでそっと覗き込んでみる。
すると裏路地には、何がどうしてそうなったのかは判らないが、見たまんまの不良三人に囲まれた妹の姿があった。普通そんな状況になれば男でも縮み上がりそうなものだが、気の強い妹には当てはまらないらしく、真っ向から口論している。聞き耳を立ててみると、どうやらナンパした妹のあまりの素っ気なさに不良達がプライドを傷付けられ、いちゃもんをつけたようだ。
不良達の小物っぷりに乾いた笑いを漏らしつつ、尚司は平然としている妹の様子に助けは必要なさそうだなと踵を返す。いざとなれば逃げる事もできるだろうし、人通りの少なくないこの場所で不良達も無闇に騒ぎを起こしたりはしないだろう。そこへ自分が下手に首を突っ込む事で状況を悪化させてしまう可能性を考えれば、このまま大人しく立ち去った方が良い筈だ。
それに相手が一人ならともかく、人数的に返り討ちに合うと判っていながら助けに行くような義理は妹にない。本当に残念な事に今は居ないが、恋人などの自分にとって大切な人であるなら迷わず飛び込んでいた事だろう。だが尚司にとって妹は、血が繋がっているというだけで好きか嫌いかで言えば嫌い一択の、他人に等しい存在だった。だから──
「清華が面倒事に巻き込まれようが、俺には関係ない」
関係ない筈なのに、何故か微かに痛む胸を無視して数歩進んだ時、背後からきゃっという短い悲鳴が耳に届く。反射的に振り返って見ると、不良の一人に妹が腕を掴まれていたが、妹の事だから突き飛ばすなり何なりするだろう。そう思って様子を窺うと妹は予想通りの行動を取り、尚司はやっぱりなと歩き出そうとしたが、すぐに足を止めた。
コンビニの袋を手に持っていなければ判らないくらいほんの僅かにだが、妹の手が震えている事に気付いたからだ。表情や態度に出ていない──判り辛いだけで本当は怖いのだとしたら、万が一の時に逃る事ができないかもしれない。そう思った瞬間、夢で見た血塗れの光景が尚司の脳裏を過り、妹と肉の塊と化してしまった夢の少女の姿が重なって見えた。
双子のように妹と似ているというだけで、全くの赤の他人である少女の死に酷く後悔し、胸が痛んだ事を思い出す。それならば夢ではなく現実で、似ているのではなく本人が、殺されるまではいかなくとも深く傷付けられたと知った時。助けられた可能性があったにも拘らず逃げ出した自分は、果たしてどれだけの後悔と痛みを抱える事になるのだろうか。
夢の少女の死が何故あれほどまでに堪えたのか、尚司はその理由が今でもよく判っていない。そして妹が傷付けられた時、夢の少女の時のように後悔すると自覚している理由も判っていなかった。しかし気が付けば、どうでもよく思っている筈の妹の元へ向かって、尚司は足を踏み出していたのだった。
◆
顔は腫れ、あちこちに痣ができている満身創痍な尚司は、妹に肩を貸してもらいながらゆっくりと家を目指していた。想いとは裏腹に妹と不良達の間に割って入った尚司は、自分で予想していた通り物の見事に袋叩きにあったのである。しかし邪魔者を叩きのめして興が冷めたのか、身体を張った甲斐もあって不良達は妹に何もせず去っていったのだった。
尚司はちらりと視線を横に移し、薄っすらと赤くなっている目の下を見ながら、妹が少し前に浮かべていた表情を思い返す。不良達にしこたま殴られた後、しばらくの間気絶してしまっていたのだが、目を覚ますと人生で初の膝枕を妹にされていた。そして膝枕をされているという状態に戸惑う中、真っ先に視界に飛び込んできたのが、久しぶりに見る妹の泣き顔だったのである。
自分が妹を嫌いであるように妹も自分を嫌いである筈なのに、膝枕についてはともかくとして何故泣いていたのか。気にはなるが、それを聞いてしまうのはデリカシーに欠けると思い黙っていると、若干躊躇うようにして妹が口を開いた。その内容は、奇しくも尚司が疑問に思っていた妹の涙の訳と似たような、されるだろうと予想していた事への質問だった。
「……なんで、あんな真似したのよ。私達、身体を張って助けるような仲じゃ、全然ないじゃない」
妹は心から不思議そうな、それでいて喜怒哀楽が入り混じったかのような何とも複雑な表情を浮かべている。妹の言う通り二人は助け合うような仲ではなく、助けはしたが尚司は今も妹の事などどうでもいいと思っていた。にも拘らず、妹を助ける為に自らが傷付く事を承知の上で不良達に立ち向かったのは、明らかに矛盾しているだろう。
本当はどうでもいいだなんて思っておらず、大切に思っていたという訳では決してなく、無関心は偽りのない本心だ。そうなると夢で見た死の光景が理由になりそうではあるが、それはあくまでキッカケに過ぎないと尚司は考えている。では一体何が理由で動いたのだと考えているのかというと、自分自身も確信している訳ではないのだが、おそらく──
「俺が、お前の兄貴だからなんだと思う」
「な、何よそれ……意味判んないんだけど」
清華は全くもって納得していないようで眉をひそめているが、そういう事なんだろうと尚司は思っている。どんなに仲が悪くて実の兄妹でありながら他人に等しい冷めた関係であったとしても、家族は家族、妹は妹であり。そして兄というものは相手をどう思っているかに関係なく、見えない何かによって妹を助けてしまうものなのだろうと。
なんとも厄介なと思うが、しかし心なしか照れた様子の妹を見ていると、それも良いかもしれないと尚司は思う。ただ、今回のような痛い目を見る事とつり合っているとは到底思えないので、もう暴力沙汰は勘弁してもらいたかった。それ以外の事であれば、結局気になって最終的に動いてしまうのだろうし、悪化する前に助ける事も考えなくはないのだが。
そういえばと、尚司は妹が手に持っている、見た感じ手の平サイズの物が数個入っていそうなコンビニの袋に目を向ける。この時間に出歩けば面倒な奴らに絡まれると予想できなかった訳ではないだろうに、コンビニまで何を買いに行ったのだろうか。もしくだらない物であったなら、女の一人歩きの危険性と、絡まれやすい外見をしている事を教えておかなければならないだろう。
「……なぁ、コンビニで一体何を買ったんだ? 急を要する物だったのか?」
「えっ!? べ、別に何だって良いでしょ? そうゆうの詮索するのってサイテー」
「お前、ホント可愛くないな──って、あぁッ!! プリン買うの忘れてた!」
すっかり頭から抜け落ちていたプリンの事を不意に思い出すが、もう引き返すには遠過ぎる所まできてしまっている。外出した第一目的を果たせず、不良にボコボコにされ、おまけに助けた妹が可愛くないとは、まさに踏んだり蹴ったりだった。更に言えば、家に帰ったら母親に何があったのかと詰め寄られ、風呂に浸かれば傷にしみ、鈍痛でなかなか寝付けないだろう。
それらの事を考えるとテンションは急転直下の駄々下がり、地面を突き抜けて一周しどうにかなってしまいそうだった。妹が何やらコンビニの袋を自身の体の陰に隠しながらごにょごにょとしていたが、今の尚司にはそれを気に掛ける余裕はない。今はただ、早く家に帰って身体と心を休めたいと、そう切に思うのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ちょっとアンタ、私のプリン食べたでしょ! 名前書いてあったの判らなかった訳!?」
──あれから数週間。ちょっとしたイベントを経た尚司と清華の二人であったが、その関係が大きく変わったりはしなかった。以前と比べたら少しはマシになったように思うが、互いに嫌いであるという事は変わらず、改善しようとする意思も見られない。今もまた、以前と二人の立場が入れ替わったというだけで全く同じ内容の、途方もなく下らない事で言い合いの喧嘩になっていた。
しかし、目に見えて大きくは変わっていないものの、小さくではあるが確かに変わっている事もあった。いや、普通であれば小さな事であっても、それを二人に当てはめてみると凄く大きな変化なのかもしれない。ワザと聞こえるように舌打ちをし、苛立たしげな表情で踵を返した尚司は、頭を荒く掻きながら自室へと戻っていく。
「お前の字、ちっちゃいから見えなかったんだよ! ったくうるせぇな、買ってくるよ今から!」
「そんなの当たり前でしょ! あ、ワザと変なの買ってこられても困るから、私も一緒に行くわ!」
そう言って少々荒っぽく冷蔵庫の扉を閉めた清華は、どこか慌てたようにして尚司の後を追い、自室に戻る。その一連の流れを心底呆れた様子で見守っていた母親は、しばらくした後、並んで玄関へ向かう二人に苦笑し。昔、まだ二人が仲良かった小学校の頃の事を思い出しながら、嬉しそうに目を細めて言った。
「……何があったのか知らないけど、アンタ達、仲良くなったわねぇ」
そんな母親の言葉にピクリと反応し、同時に動きを止めた二人は、同時に勢い良く振り返り、そして同時に声を上げた。
「仲良くなんかねぇよ!」
「仲良くなんかないよ!」
とてもそうは思えなかったが、兄妹という関係は、そんなものなのかもしれない。
嫌い、でも……ビクンビクン──という話を書いたつもりだったのに、力不足でただのツンデレになってしまったような気がする。嫌いあっているのに、いざという時は助け合う、そんなキョウダイの関係って何か好きです。