表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの森に眠る宝石  作者: 鳥無し
9/22

第八話『祈りの森の妖精』

 薄暗い祈りの森の中を、二つの人影が歩いていた。クルトと珠が森の中を歩いているのだ。

 妖狐の国を出てから、まだ数時間しかたっていない。クルトは野宿できそうなところを探していた。早く珠の怪我を手当てしてやりたいのだ。

「珠、本当に大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ほら! こんなに元気に歩いて……イタタ」

 珠が大げさに手を振って歩こうとすると、珠は傷口を抑えて蹲った。

「ほら、無理しちゃダメだよ」

 クルトが珠の背中をさすってやる。本当なら今すぐにでも怪我を手当てしてやりたい。しかし、まずは安全な場所を見つけなければならない。手当をしているところを何かに襲われるのでは意味が無いからだ。

「放っておいても、大丈夫ですよ。これでも妖狐の端くれなんですから、人間よりは回復力があります。ただ休んでいるだけでも、体内の妖気が傷を塞いでくれます」

 珠は人間の姿をしているが、実際は妖狐が化けているのだ。今までクルトには隠していたのだが、ついさっきばれてしまった。


「妖気が塞いでくれるって言うなら、狐の姿の方が治りは早いんじゃないの?」

 クルトがそう指摘する。人間に化けているのにも妖気を消費するはず。それなら、狐の姿になっていた方が、傷の手当てに専念できるのではないかと考えたのだ。

 そしてその指摘は当たっている。狐の姿の方が、まちがいなく傷が塞がるのは早い。だが、珠はそれをしない。

「それは……そうなのですが……」

 珠はぼそぼそと答える。ばれてしまったとはいえ、狐の姿をクルトには見られたくない。単なるわがままに過ぎないが、人間として扱って欲しいというのが珠の思いだ。

「……そうだね。珠がそうしたいというなら、そうするべきだと思うよ」

 クルトは何となく珠の心中を察して、この話題はここで切りあげた。珠はすまなそうに頭を下げる。

「でも、苦しそうにしてる珠をほっとくことはできないよ。乗って?」

 そう言ってクルトは珠に背を向けてしゃがみこむ。背負ってやると言っているのだ。

「そ、そんな! いいですよ! 歩けます!」

「確かに歩けてるね。すっごくゆっくりとした速さで。体力を使うのは怪我に良くないし、その速さなら僕が珠を背負った方がまだ速く歩けるよ。だから乗って」

「だったら、狐の姿に戻った方が重くなくて……」

「ほら早く乗って! こうしてしゃがみこんでると僕が馬鹿みたいでしょ?」

 クルトが遮ってそう言った。

『人間扱いして欲しいなら、人間として扱ってあげる!』

 クルトはそう約束したのだ。だからクルトは人間(・・)の珠を背負って歩くことを選ぶ。


 珠は少し躊躇した後、恐る恐るクルトの背中に乗る。

「よし、それじゃあ行こうか」

 そう言ってクルトが歩きだす。しかし、相変わらず野宿できそうな場所は見つからない。

「うーん、なかなかいい場所が見つからないな。こんな時、フィルが居てくれれば……」

 フィルは森の中に詳しい。もちろん行ったことが無い場所だってあるが、感覚的に森の中がどうなっているのか分かるのだという。フィルに安全そうな場所を見つけてもらったことは、一度や二度ではない。

 しかし今この場にフィルは居ない。フィルは最後に別れてから再開できていないのだ。妖狐達に捕まったのかとも思ったが、別れ際に妖狐達聞いたら『妖精など知らない』とのことだった。

 この場にフィルが居れば、いつもの憎まれ口をきいて、この場を賑やかにしてくれるだろうに……。

「フィルさん……何処に要るんでしょうね?」

「フィルのことだから、そのうち何事も無かったように出てくると思うよ。でも、こんな時にフィルが居ないのは辛いね」

(でも……私は今フィルさんが居ないのが、少し嬉しいです……)

 珠は心の中でそう呟いて、クルトの首にまわしている腕に少し力を込めた。


   *    *    *


 フィルはその頃、クルト達とは離れた場所にいた。合流しようと思えばすぐにでもできる。だが、今はそんな気分になれなかった。何か不愉快な違和感が、フィルの胸の中にあったからだ。クルトのことを思い出すとそれが大きくなる。しばらく離れて落ち着きたい。

 フィルは淡々と森の中を進んで行く。目的が無く放浪しているわけじゃない。そろそろあいつら(・・・・)も起きる頃だ。

「……ふん」

 フィルは立ち止って鼻を鳴らす。遠くから騒がしい音が聞こえてくる。あいつらは起きているようだ。フィルは音が聞こえてくる方角に向かって飛んで行った。


「あら、フィルじゃない! おはよう!」

 フィルが向かった先には妖精達が居た。ざっと三十ほどはいるだろうか? 森の中の狭い広場一面に妖精達が集まって、楽しそうに雑談をしているところだった。

「ギャーギャーうるさいわね。寝起きなんだから目でもこすって欠伸をしていればいいのよ」

 フィルは近くの岩に腰をかけてそう言った。周りの妖精はそれで気を悪くしたりしない。こういう奴だということは妖精達が誰よりも分かっている。それに、性格の悪さなら他の妖精達だって負けていない。

「久しぶりねフィル。私達が居ない冬は退屈だったでしょ?」

 ある妖精が声をかけてくる。

「別に。冬にあんた達の騒がしい声が無いのはいつものことでしょ?」

「寂しかったくせにぃ。フィルも冬眠すればいいのよ。冬の森の中は何も無くて面白くないでしょ?」


 多くの妖精達は冬眠する。別に、寒さに耐えられない訳じゃない。ただ単に退屈なのだ。冬の森の中にはなにも無い。他の季節なら花や草が生えるし、虫も飛び交っている。森の中を散歩するだけで、違った風景が妖精達を楽しませくれる。

 しかし冬の森にはそれが無い。何処まで行っても代わり映えのしない雪景色が続くだけ。虫はもちろん居ないし、動物達さえ冬の間は冬眠して姿を隠しているものが多い。妖精達にとっては、冬の森は面白くない。だから、森が賑やかになる春まで他の生き物たちのように冬眠するのだ。

 だが、フィルは冬眠したことがない。確かに冬の森の中は退屈だ。しかし、いつもは何かしらの音がする森の中が、静寂に包まれているのは新鮮だし、森が一面雪化粧しているのは美しい。日によって雪の量や氷の形も変わる。フィルはそれらがすごく好きだった。だから、冬の森はフィルにとって苦ではない。他の妖精達からすればそれはかなり変わっているが。


「フィーールゥーー! ひっさしぶりー! 元気にしてたぁー?」

 テンションの高い妖精が、フィルに抱きつきながらそう言った。今さっき起きたばかりでテンションが高くなっているらしい。

「あら? あんたも起きてたの? もう永遠に目を覚まさないかと思っていたわ」

 フィルがクスリと微笑む。

「何言ってるのよフィル! 冬が終わったんだから起きるに決まってるじゃない」

「……そっか、あんたは知らないわよね。あんたが目を覚ますのは二年ぶりよ。いびきをかいて丸二年寝続けてたあんたは気付いてないと思うけど」

「え! 嘘ッ!?」

 慌てて抱きついてきた妖精が後ろを振り向く。そんな様子を見て他の妖精達が笑う。

「いつものフィルの冗談よ。私もあんたと一緒に寝たから間違いない」

「あんたも一緒に丸二年寝ていたもの。気付く訳ないわ」

 フィルは小馬鹿にするような口調でそう言った。しかし、今度はそれに誰も騙されない。

「相変わらずご機嫌ねフィル。何かあったの?」

 フィルの機嫌が少し悪いことを察した妖精が、フィルに対してそう声をかける。

「別に何もないわよ。ところで、数がちょっと少ないんじゃないの? 他の奴らは?」

「まだ寝てるわ」

「まだ寝てる奴が居るの? もうすぐ夏になっちゃうわよ?」

 最近はだいぶ気温が高くなるようになってきた。そろそろ春だというには遅すぎる時期になってきている。

「起きても退屈だしね。虫を追いかけたり、花の上で踊るくらいしか暇つぶしができないんだもの。それだったら、メルヘンな夢の世界で遊んでいる方が楽しいわ」

「フィルの方がおかしいのよ。何にも無い冬の森の中で、一体何をしている遊んでいるのよ?」

 別の妖精が声をかけてくる。

「あら、冬の森でも暇つぶしはいくらでもできるわよ。例えば、あんた達の顔を的にして雪玉を投げて遊んだり、雪の布団を着せてあげたり……」

「私、次に冬眠する時はフィルにだけはその場所を教えないようにするわ……」

 妖精達の中でクスクス笑いが広がる。


「やっぱりフィルが居ると面白いわ。私達が寝ている間、何か面白いもの見つけてない?」

 妖精達は常に退屈している。そのくせ、自分からそれを何とかしようとしないのだから呆れてしまう。歌でも歌いながら踊っていれば、誰かが面白いことを探してきてくれる。そう言うスタンスだった。

「面白いこと? 急にそんなこと言われても……あ」

 あった。フィルがここで毒舌を吐いて気を紛らわせなくてはいけなくなった元凶。自分の期待や予想をことごとく裏切った存在。これ以上の退屈しのぎは他に無い。

「あるわ……今最高に面白いおもちゃが森の中にあるの」

 フィルのその言葉に、妖精達が聞き耳を立てた。


   *    *    *


 クルトと珠が食事の昼食の準備をしていた。

 昨日の夜ある程度手当をして一晩休むと、珠の傷はだいぶ塞がって普通に歩ける程度には回復していた。そうは言ってもまだ完全に回復してはいないため、珠を戦わせるわけにはいかない。幸い、あれから悪魔や魔物に襲われていない。

 いないと言えば、フィルともまだ合流できていなかった。別れてからそんなに時間は経っていないのに、クルトの不安はどんどん増してきていた。

(もしかして、悪魔に襲われたんじゃ……)

「クルトさん。鍋が煮えましたよ」

 そう言って珠がクルトの茶碗に鍋の中身をよそう。

「ああ、ありがとう」

「フィルさんのことが心配ですか?」

 珠が優しい表情をしながらクルトに茶碗を渡す。

「……ばれてるね。森に入った時からずっと一緒だったから、そばにいてくれないとなんだか不安なんだ」

「大丈夫ですよ。フィルさんは森の中でずっと暮らしていたんです。身を守る方法なら私やクルトさんよりよっぽど詳しいでしょうし、何より……フィルさんが危ない目にあって居るなんて想像が付きません」

 確かにそうだ。フィルならどんな状況でも、のらりくらりと切りぬけそうな気がする。


『ちょっとスリリングだったけど駄目ね。すぐに飽きてしまったもの。飽きやすいおもちゃはすぐに捨てられる運命よ。お気の毒』

 嫌味な捨て台詞のオマケ付きで……。


「……ぷっ!」

 クルトは想像したらおかしくなって笑った。

「ありがとう珠。僕もフィルは元気にやってると思う」

 クルトはそう言って茶碗の中身を食べようとする。


「み~つけた! 楽しい楽しいお人形さん。今は食事の時間なの?」

 あたりに声が響き渡る。クルトは茶碗を置いて周りを見回す。しかし声の主は見つからない。それは珠も同じようだった。

「あれ? こんなことが前にもあった様な……」

 そう、少し前にも似たような状況に遭遇したことがある。声が聞こえるのに声の主が見つからない。 散々あたりを見回した後、その声の主に自分は上に要ることを教えられたのだ。……フィルと出会った時だ。

 クルトはゆっくりと視線を上に向ける。

「あら? 見つかっちゃったわ。もう少しあたふたする姿を見たかったのに」

 声の主は見つかった。しかしそれはフィルではなかった。しかし、あの時と状況は酷似していた。声の主は妖精だったから。

「おはよう男の子。ん? 今はこんにちはの時間? ごめんなさいね、何しろ起きたばっかりだから時間の感覚が馬鹿になってしまっているの」

「あなたが馬鹿なのは寝起きだからじゃないでしょ?」


 妖精が話していると、別の妖精が現れてクルトを見下ろす。

「ひっどーい。これでも頭が悪いことを気にしてるのよ?」

「馬鹿でもいいじゃない。妖精の私達に優れた頭脳なんて必要ないわ」

 また別の妖精が現れる。

「馬鹿でもいいの? じゃあ妖精に必要なものってなぁに?」

「そんなの決まっているわ」

 次々と妖精が現れて、話に加わってくる。

「お話ができる程度の頭脳と!」

「悪戯を愛する心!」

「そして何事も楽しもうという心構え!」

「「「これだけあれば他にはなにも要らない! キャハハハハ!」」」

あちこちから妖精が現れ、その数は両手の指では数えきれないくらいになってしまった。妖精達は楽しそうに歌を歌ったり、たがいに手を取ってダンスをしたりし始める。唐突に始まった舞踏会は、とても楽しそうだった。


 クルトは警戒をといて妖精達を見上げる。そして、同じ妖精ならフィルのことを知っているのではないかと思った。

「ねぇ君達! 探している妖精が居るんだけど……うわぁ!」

 クルトは急に珠に腕を引っ張られてバランスを崩してしまった。何が起こったのかと思い珠を見ると、珠は焦った表情をしている。

「どうしたの珠?」

「逃げましょうクルトさん!」

 クルトの質問には答えずに、珠はクルトの腕を引いて走り出した。

「逃げたわよ?」

「逃げたわね」

「追いかける?」

「追いかけましょ」

 妖精達がそんなことを言いながら追いかけてくる。


「ど、どうしたの珠? あれは悪魔や魔物じゃない。妖精だよ?」

「……クルトさん。フィルさんとは仲が良いようでしたから言いませんでしたが、妖精はけっして人間の味方ではないんですよ!」

 珠はそう言ってさらに速く走る。

「ねぇねぇ聞いた? 私達は人間の味方じゃないんですって!」

「あんた今知ったの? そんなの妖精の常識よ」

「うっそー! 私ずっと人間と妖精はお友達だと思っていたわ。人間のお料理の中にこっそり毒の植物を混ぜて遊ぶのが好きなの!」

「馬鹿、そしたら人間が死んじゃうじゃない」

「でも?」

「私達は?」

「「「楽しい! キャハハハハ!」」」

 妖精達はふざけあいながら笑う。クルトと珠はそんな妖精達の会話を聞きながら走って逃げた。


   *    *    *


「ハァハァ……こ、ここまでくれば大丈夫でしょう……」

 珠が息を切らせてしゃがみこむ。まだ病み上がりなのに、全力で走るのは辛かっただろう。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫ですよ。まだまだ全力で走れます! ハァハァ……」

 心配して声をかけるクルトに対して強がって見せる。クルトは水筒を取り出して珠に水を飲ませる。

「ありがとうございます。んぐ……んぐ……ぷはぁ! 生き返りました!」

「それで、さっきの妖精はけっして人間の味方ではないって話だけど……」

「はい。さっきの妖精の会話を聞いても分かったと思いますが、妖精は人間に対して友好的ではありません。……中にはそういう妖精もいるのですが、この森の中に住んでいる妖精は悪戯好きで、人間を遊び道具として見ていますから、味方とは言えませんね」

「でも、逃げる必要は無かったんじゃないの? そんなに大した力は無いんでしょ?」

「確かに大した力はありません。ですが妖精も魔力を持っていますから、妖精が満足する程度の悪戯をされる可能性があります」

「……どんな?」

 珠はクルトの質問に少し考え込んでから答えた。


「妖精自身が人間に対して攻撃をするということはありません。妖精は人間が困るように仕向けて、困っている人間の様子を鑑賞して楽しむというか……」

「なんだ、じゃあ大したことないじゃないか」

「それが、その困らせる度合いにかなり差があるんです。例えば人間の持ち物を隠して、人間があらかた探しまわった後、すぐそばに置いて驚かすなんてことをすることがあります」

 クルトはふむふむと頷く。その程度なら少し困る程度で済む。

「ですが、ひどい時になると、迷いの森へ誘い込もうとします。迷いの森はこの森の中の一部分で、魔力を帯びた特別な場所です。妖狐の国も同じようなものですね。あれも森の中にはありますが、入口が森の中にあるだけで、実際は別の空間に国があるんだそうです。話に聞いただけなので詳しくは分かりませんが」

 クルトはそうだったのかと思った。国を出た後、後ろを振り返ったら何も無くなっていたが、そう言う理由があったのだ。

「それで迷いの森ですが、妖精達はこの迷いの森の出入り口を知っているのだそうです。この森に迷い込むと、一切の魔道具や磁石が役に立たなくなり、永遠に出口なき森を彷徨うことになります。妖精はそれを遠くから鑑賞して、人間が苦しむのを見て楽しむ。鑑賞するのに飽きれば、その人間のことを忘れてどこかへ行ってしまう。後に残された人間は当然……」

 言わずとも分かる。迷いの森の出入り口を知っているのは妖精だけ。ならば後に残された人間は死ぬしかない。


「……ひどい話だね」

「ねえ聞いた? 私達さんざんな言われようよ?」

 突然上から声が降ってきた。クルトと珠が上を向くとそこにはさっきの妖精達がクスクス笑いながらこちらを見ている。

「でも事実だわ。あんただって迷いの森に人間を誘いこんだことがあるでしょう?」

「もちろんあるわ。数は数えてないけれど、一人として森から出てきた者は居ない」

「まあ残酷! それって殺しているのと同じじゃない。非難されるのも当然ね」

「違うわ! 違うわ! 私は実験しているの。今まで一人として迷いの森から出てこれた者はいない。でも私はいつか最初の一人が出てきてくれることを期待している。だから人間を迷いの森へ誘うのよ。これは崇高な研究だわ!」

 そう言って妖精は誇らしげに胸を張る。

「まあなんてこと! あなたは研究者だったのね! ……で、本音は?」

「人間が壊れて行くのを見るのが最高に面白いからに決まってるでしょ!」

「「「キャハハハハ!」」」

 妖精がそう言って笑い声をあげる。


「に、逃げましょうクルトさん!」

 そう言って珠がクルトの手を取って再び逃げ出そうとする。

「逃がさないわよ?」

 珠が逃げようとする方向に妖精が現れる。

「ぐッ!」

「こっちもダメ!」

 別の方に逃げようとしても妖精が道を塞ぐ。気付けば二人は妖精達に囲まれていた。

「道を開けて!」

 クルトが剣を鞘から抜いて構える。とはいえフィルと同じ妖精に手荒な事はしたくない。これで怯えて逃げ出して欲しいと思って剣を抜いたのだ。


「あの男の子剣を出したわよ?」

「そりゃ警戒するわよ。物騒な話をしているんだから」

「私達切られてしまうの? そんなの嫌だわ、怖いわ、面白すぎるわ!」

 妖精はさして動揺している様子が無い。クルトを舐めているのか、ただ騒ぎたいだけなのか……。

「道を開けて。僕だって君達を切りたくない」

「こわーい! あの男の子私達のことを切るって言ったわよ?」

「じゃあ私達も抵抗しましょうか?」

 そう言って妖精達は何かを取りだした。それは小さな木の枝だった。

 妖精達は空を飛びながら木の枝を振って歌を歌い始めた。こんな状況でなければ、それはとても楽しそうに見えただろう。

 何が起こるか分からず、クルトと珠はそこから動くことができなかった。目で妖精達のことを追いかけて警戒する。

 すると、妖精達の歌に混じってある音が聞こえてきた。それはよく聞いたことがある音だった。


「クルトさん! 空を見てください!」

 珠が異変に気付いて空を指さす。クルトが空を見ると、そこには真黒な物がこちらに飛んでくるのが見えた。……カラスの大群だ。

「うわ! イタッ! 痛い!」

 気付いた時にはすでに遅かった。カラスの大群は波のようにクルトと珠を飲みこんで、襲いかかってきた。

「まあ壮観! これだけの大群のカラスが集まると、一つの大きな生き物のようね!」

「これだけの妖精が居るんだもの。カラスの大群を呼ぶのは訳ないわ。でもカラスはどうして人間達を襲っているの? 私達はカラスを呼ぶことはできても、カラスを支配するような力は無いでしょ?」

「そんなの簡単よ。カラスを操る程度の魔法は使えなくても、この二人をカラスの大好物に錯覚させる程度の魔法は使えるもの」

 妖精達が何か言っていたがクルトには聞こえなかった。体中をつつかれてそれどころではない。また爆竹で追い払おうか?

 そう考えていると、珠の声があたりに響いた。

「きゃぁあああああ!」

 クルトは悲鳴を上げて姿を消す珠を見た。

「珠!」

 どうやらすぐそばに崖があったらしい。なんとかカラスを振り払って、珠の声がした方に駆け寄ると、かなり深い崖があった。


「すぐに助けなくちゃ!」

「無駄よ」

 慌てて崖を降りようとするクルトを妖精が止める。

「どいて! すぐに珠を助けにいかなくちゃ!」

「大丈夫よ。あの女は死んではいないわ。下で私達の仲間が受け止めることになっているから」

「それはどういう……?」

 妖精はにやりとして飛び上がった。


「大変よ! お姫様が囚われてしまったわ!」

「悲劇のヒロインと言う奴ね! 囚われのお姫様なんてベタベタな王道でとっても素敵!」

「それじゃあこの男の子が白馬の王子様役ね? 私達に囚われたお姫様を、王子様は無事に助けることができるのかしら? 手に汗握る展開にクラクラ」

 妖精達がふざけて身振り手振りを入れながら語る。


「でもちょっと待って、お姫様はどこに囚われているの? この森の中のどこかなんて言ったらとても探せないわよ?」

 一匹の妖精がもっともな疑問を口にする。囚われたというなら、その場所が分からなければ助けに行けない。

「そうよね、ノーヒントはさすがに可哀そうだわ。それじゃあ一つだけヒント! 少なくとも……ここには居ないわ(・・・・・・・・)!」

「「「キャハハハハ!」」」

 そう言って妖精達は姿を消し、後にはクルトと静寂だけが残された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
   ★上の拍手ボタンから指摘、意見、感想歓迎!★一文字『あ』と書いてもらえるだけでも、どの作品への拍手か分かるので助かります!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ