第六話 帰らずの森の騎士、そしていざ行かん逃亡の地
帰らずの森、という場所がある。
王都から少し離れた場所。地元住民すら近寄らない森。
そこの最奥、湖のそばで俺はいつ終わるかもわからない日々を過ごしていた。
話し相手もいない。孤独の日々。
そのはずだった。あの女が来るまでは。
「……おや、旅人ですか?」
そう軽やかに声をかけてきたのは、ビン底眼鏡の黒髪のメイドだ。
なぜこんな場所にメイドが、と思うも聞きたいことはほかにあった。
「なぜ、ここにいる」
「なぜ、と言われましてもここにいるからですが」
「質問を変える。なぜここに来れた」
「普通に歩いていたらたどり着いただけですよ?」
………………。
睨み付けてみたが、彼女は怯えもしない。
この森は樹海のように、進むのも困難なら帰るのは絶望的。
この女の言う通りのはずがない。
この女、メイドに見せかけて相当の手練れか?
「まあ、どちらでも良い。お前は直に死ぬ」
「おっかないことを言う人ですねえ」
「それとも自殺志願者か?」
「…ああ、まあ、否定はしないんですが」
女は不意に空を見上げて、ぽつりと呟いた。
「大切な人を裏切ってしまったんです。
私の生きる意味だった人を。
だからもう、私に帰る場所はない」
そのか細い声に、俺は知らず知らず自分を重ねてしまっていた。
ああ、そうだ。俺もそうだった。
だからこんなところにいるんだ。
「仮面の騎士さん。あなたもですか?」
不意に女はそうこちらを見て微笑んだ。
「あなたからは、私と同じ寂しい気配を感じます」
「…ふ、俺を見て寂しいというか。変わった女だ」
この異形の身を見て、そう言えるとは。
怯えもなにもない表情と声に、少しほだされたのかもしれない。
口が軽くなった。
「俺は大事な仲間を裏切った。
いや裏切りたくなかったのに、裏切ることになってしまった。
その結果がこの異形の呪いだ。
天罰と言うべきなんだろうな」
「あなたのほうが変わったことを言いますよ」
女は躊躇いなく自分の隣に腰を下ろして笑う。
「天罰なんてありません。
人に罰を下すのはいつだって人で、その罰は時に身勝手です。
罰を受けるはずのない人の身まで蝕んでしまう。
あなたは、そうなのではないですか?」
身勝手な罰? 受けるはずのない罰、だと?
「そんなはずはない。
この罰は正当だ。俺は罪を犯した」
「どんな罪なのです?」
「…恋を、した」
どうしたことだ。この女を前にすると、なんでも話してしまう。
こんなことは初めてだ。
「勇者の恋人に、恋をした。
叶えるつもりはなかった。
だが、一瞬魔が差した。
勇者がいない間に、彼女に想いを告げてしまった。
彼女の返事はいいえだった。それでよかったはずだったのに」
持ち上げた両手で顔を覆う。仮面に覆われた顔を。
「その後の戦いで俺が手にした剣が、その毒が、彼女の命を奪ってしまった」
知らなかったんだ。
その剣が毒を撒く呪われたものだと。
その毒に彼女は倒れた。勇者は俺を責めなかった。
だがその罪は永劫俺を蝕む。
「その剣は、俺の身を毒に変え、この森一帯を毒で蝕んだ。
近づくだけで命を落とす毒の森。
だから悪いことは言わない。
お前も早くこの森を出て…………?」
話しながら気づいた。いや、もう毒に身体が蝕まれている頃のはず。
だが女を見ると、女は柔らかく微笑んでいる。
ああ、まるであの日、俺の告白を黙って聞いてくれたあの人のように。
「さて、毒とは?
なにもないように感じられるのですが」
ふふふ、と笑って女は両手を広げてみせる。
「…そんな」
「それにあなたは自身を異形の身と言いますが、私には普通の男性に見えますよ。
ほら、ね?」
女の手が伸びてきた。
やめろ。触れたら死んでしまう。
この森の毒で死ななくても、俺の身を蝕む毒は劇薬だ。
やめろ。俺はお前を殺したくない!
そう拒んだのに、女の手は軽々と俺の腕に触れた。
そしてなにもないように、女は微笑む。
「ほら」
「……お前は、一体」
「私はドロシー・ローテローゼ。
ただのメイドですよ」
そう、女は言って立ち上がり、俺に手を差し伸べた。
ああ、びっくり。なにかと思ったこのポエムの人。
こんな綺麗な森の中にいると思ったら、異形の身だの毒だのなんだの言うし。
私からしたら普通の男の人なんだけどなあ。
そんな人のことなんて全く怖くない。
怖いのはお嬢様に嫌われることだ。
あの日、まさかの辺境伯に私が求婚された日から一週間。
私はお嬢様の反応を見るのが怖くて、ラウール公爵家から逃げ出した。
そして人がなるべく来ない場所を探し、たどり着いたのがこの森だ。
地元住民にも「あそこに行ったらいけない」と言われたがなんてことはない普通の森である。
拍子抜けだ。
そこにいた仮面の騎士さんと話したのは単純に、帰り道を教えて欲しかったからだ。
迷った。帰り道がわからないのである。
なので騎士さんの話を聞いていたのだが、なにやら重たい過去がある様子。
まあそんなのどうでもいいのである。
私にとって重要なのはお嬢様なので。
「俺は、アレン・タイクーンだ」
手を差し伸べた私に、騎士さんはそう名乗って手を重ねてきた。
「さあ、一緒にこの森を出ましょう」
「いや、だが、俺には毒の呪いが」
「毒?」
「お前になぜ効かないのかはわからないが…」
アレンはそう重苦しい声で言う。
「もしかして、毒の剣というのはあれですか?」
ふと気づいて指さす。
大樹の傍らに突き刺さっている剣は、私には普通の剣に見えるが。
「ああ、そうだ。あの剣は誰にも抜けない。
だから俺もここから離れられない」
ふうん、このアレンはあの剣に縛られているのか?
ならあの剣を抜いてしまえば、毒の呪いも解けるかもしれない。
「では引き抜いてみましょう」
「え、いや、無理だ」
「いえいえまずはやってみてから言いましょう」
「いやだから」
私はアレンの声を無視して剣に近づき、柄を掴む。
そのまま思い切り引っ張ると、あっさりと抜けた。
アレンの目が点になる。
「ほら、抜けたでしょう?」
剣を手に笑って見せると、アレンは脱力したようにその場に座り込んだ。
「ああ、お前の言う通りだ。
いや、お前でなければ駄目だったんだろう。
そうだ。浄化の乙女ならばこの剣を抜き、呪いを解けると勇者が言った。
浄化の乙女は千年に一人現れると言う。
お前が、そうだったのか…」
なんかアレンが意味不明なこと言っている。
しかも泣いてる。仮面が割れて外れた。
あらわになったのは黒い髪に碧の瞳の端正な顔立ちだ。
「ちょっと待ってください。
アレンっていくつです?」
「今年で二百歳だ」
「わあ」
勇者の魔王討伐が確か百年前、と思い出して尋ねたら想定外の返答。
アレンは長命種なんだろうか。
「まあいいです」
「今のをあっさり流すのか。さすが俺が見込んだ女だ」
「とにかく、一緒に森を出ましょう!」
手を差し出した私に、アレンはふっと笑って、
「ああ、いいさ。お前がそう言うならついていくのも悪くない」
と答えた。瞬間、その姿が変化する。
巨大な体躯の竜がそこに佇んでいた。
「これが、異形の呪い…?」
『いや、これは本来の姿だ。俺の身にかかっていた異形の呪いは醜い魔物に見える呪いだが、お前には効かなかった。
同じくお前には効果がなかったが森を汚染していた毒も消えたようだ。
乗れ。行くぞ』
「はいはい」
アレンに言われ、私はその身体に登ると首にしがみつく。
ばさりと大きな翼が羽ばたいて空に舞い上がった。
あっという間に地上が遠くなり、森の上をアレンは飛んで行く。
「おお、凄い」
『おい』
「なんです?」
『あれはお前の知り合いか?』
うん? 知り合い?
言われて気づく。森の入り口に何人のも男の姿がある。
「お嬢ちゃん! 俺は第二の人生をあんたのために捧げると決めたんだ!」
鷹の目さん。
「ドロシー嬢! あなたを探していたんです!
どうか僕の妃に!」
クロード王太子。
「ローテローゼ嬢! どうか俺とともに生きてくれ!」
デューク・キャンベル。
「ドロシー嬢! 私の求婚を受け入れてくれないか!」
ワーテム辺境伯。
私がアレンもとい竜に乗っているとわかったのだろう。
彼らが一斉に叫ぶ。
「ドロシー! お願い帰ってきて! わたしのお姉ちゃん!」
ああ、お嬢様! まだ私をお姉ちゃんと呼んでくださると!?
「お願いします。あそこに降りてください!」
『嫌だね』
「え?」
お願いしたらなぜかアレンに断られた。
『俺はあんたを番いにすると決めた。ほかの野郎にくれてやるもんか』
「いえ、私はお嬢様に…」
『とにかくあんたは俺と楽しくランデブーだ。
どこへでも連れてってやるよ』
そう楽しそうにアレンが笑う。
まあ、でもあそこに降りたら誰かを選ばないといけないみたいな状況なわけで。
「ああもう、どこへなりと連れて行けぇ!」
私は自棄になって叫んだ。
悪役令嬢の幸福を願っていたメイドが、なぜか逆ハーレムになった件について
救済ルートが欲しい。切実に。
私は心底そう思った。




