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第五話 ワーテム辺境伯

「ええい反対だと言ったら反対だ!」

「そうです。あなたには感謝しておりますが、それとこれは別ですよ。

 ドロシー」

 ある日のラウール公爵邸、当主の書斎。

 ドロシーを前にした当主と奥方が厳しい目で見つめてくる。

「そう仰られましても、もう決まったことなのですよ」

「なにが決まったことなのですか!

 ローズを10歳以上年上の辺境伯に嫁がせるなんて!」

「………こうなったら、お前を解雇する」

 不意に当主が深いため息を吐いて告げた。

「すぐ荷物をまとめて出て行きなさい」

「はあ、ご理解いただけず残念です。

 ですが、もう遅い、というやつでして」

 にやり、と笑ったドロシーの姿がぼやける。

「これは」

「まさか、投影魔道具…!?」

 今更に話しているドロシーが本物ではないことに二人は気づく。

 そんな二人に手で挨拶して、

「それでは、アディオス。旦那様、奥様」

 とドロシーは微笑み、姿を消した。




 ガタガタ、と馬車が音を鳴らして走る。

 その馬車の中には二人の少女が向かい合って座っていた。

「本当に良いの? ドロシー。

 あなたを悪役にしてしまって」

「お気になさらずお嬢様。これは私の本懐でもあるのです」

「あなただけは本当にいつだって味方ね」

 自信たっぷりに微笑んだドロシーにローズが瞳を潤ませる。

「私の一番のお友達」

「光栄です。お嬢様。っと」

 不意にガタン、と大きな音を立てて馬車が停まったので、ドロシーは目を瞬いた。

「石にでも乗り上げましたかね。見て参りましょう」

 そう主人に断って、扉を開けると外に出る。

 場所は断崖絶壁のそばの細道だ。

「どうかしましたか?」

「すみません。石に車輪が乗り上げてしまって」

「ああ、やはりですか」

 御者の言葉に納得し、ドロシーは御者を手伝おうとそちらに足を向ける。

「すぐに石を退かしますので。あ、あまり崖側に近づかないほうがいいですよ。

 危な」

 そのはずだった。ずる、と足が滑る。その先は、険しい崖。

「ドロシー様ぁ!?」

 御者の悲鳴が聞こえる。

 詰んだ、とドロシーは思った。




 その頃、険しい岩道の途中で五人の男に囲まれている男がいた。

 渋い顔立ちの偉丈夫は、剣を手に男たちと向かい合うが足がよろける。

 くそ、毒を飲まされた。

 男の名はワーテム辺境伯。周囲にいる五人の男はその辺境伯の命を狙う男たちだ。

「…ここまでか」

 そう呟く。毒は致死量ではないが、戦えなくする程度の効果はあるようだ。

 いつ服毒したか、それがわからないが。

 自分が倒れればワーテム領も落ちる。すまない、皆、と目を伏せようとした矢先だ。

 どすっ、と音がした。

 頭上から降ってきたメイド服の女性が、周囲の男の一人の頭を踏み潰したのだ。

 相当高所から落ちて来たのか、その一撃で踏まれた男の首の骨が折れたのがわかった。

 しかもそれで終わらない。

 踏みつけた男が振り上げた剣が一人の男の腕を切り落とし、その男が痛みから振り回した斧が別の男の頭をかち割り、その男が握っていた銃が弾みで引き金を引かれ、ワーテムを挟んで反対側にいた男の目を撃ち抜き、その男が振り回した剣がそばの男の首を斬り裂き、その男が投げた毒の瓶がリーダー格の男の頭にかかった。

 リーダー格の男は毒が目から体内に入り、もがいて地面に倒れ伏す。

 たった一撃で五人の男たちを死屍累々に追い込んだ少女は、落ちた眼鏡を拾うとふうと何事もなかったかのように息を吐いた。

 その澄み切った硝子細工のような瞳、透明感のある美貌に目が釘付けになる。

 少女はすぐに眼鏡をかけてしまったが、それで誰だかわかった。

 あの夜会の日、ラウール公爵令嬢に付き添っていたメイドだ。

 確かローテローゼ侯爵令嬢。

 あのクロード王子へのボーガンを素手で掴み、命を救ったほどの実力者。

 今のもまぐれではあるまい。

「大丈夫ですか?」

 ドロシー・ローテローゼ嬢は何事もなかったように手をこちらに差し出す。

「あ、ああ。だが、すまない。毒が」

 この毒はあのリーダー格の男が持っていた毒ではない。

 口にするものには充分気をつけている。

 ならば、身近に自分に毒を盛った人間がいるのだ。

「ああ、毒を盛られたのですね。辺境伯様らしくない醜態だと思いましたが。

 では失礼を」

 ドロシーは踏みつけた男の上から降りると、ぐいと自分の胸元を掴んで突然キスをした。息を呑んだ自分から顔を離し、涼しい顔で尋ねる。

「気分はいかがですか?」

「いや、今ので毒が治るはず……………身体が楽になっている?」

「私の唾液は毒の成分を分解しますので」

「そんなことが…」

 信じられない心地で呟く。そんな体質の持ち主がいるのか。

「…君は一体」

 ますますわからない。自分が危機に陥っているタイミングで助けに来た。

 空から降ってきた姿はまさに天使だ。

「ああ、これをお渡しするのを忘れていました」

 茫然としていた自分に、彼女は持っていた鞄から分厚い本を取り出し、差し出した。

「これは…! 我が家に伝わる兵法書! なぜ君が」

「場所を探り、取り返して参ったのです。

 ワーテム辺境伯様が常勝を誇る秘訣、流出させてはなりませぬ。

 全ては我が国のため」

 凜と背筋を伸ばし、告げる姿はまさに王の女。

 女王のような威厳すら感じさせる。

「君は…」

「お迎えに上がりました。ワーテム辺境伯様。

 私はドロシー・ローテローゼ。

 ラウール公爵令嬢専属メイドです」

 その姿は、どんな女神より美しく神々しかったのだ。




 ああ危なかった。偶然落下地点に人がいなかったら私がぺちゃんこですよ。

 しかもそこに偶然ワーテム辺境伯がいるとは。

 運が良かった。

 そのままワーテムの乗ってきた馬に乗せてもらい、ワーテム伯爵邸までやってくると既にお嬢様を乗せた馬車が到着していた。

 馬から下りて、お嬢様に駆け寄るとお嬢様も安堵の表情で自分に抱きついた。

「お嬢様、無事にお着きでなによりです」

「無事でよかったわドロシー! あなたが崖から落ちたと聞いて私…!」

「この通り、無事ですのでご心配なく」

 いや本当にびっくりした。まさか崖から落ちて無事とは思わなかった。

 我ながら凄い強運だ。

 なんだあのピタゴラスイッチ。一撃で五人の男たちを倒すとかどこのチート。

「ラウール公爵令嬢。ようこそいらっしゃいました」

「わ、ワーテム辺境伯様。あの、わたし」

 渋い声で話しかけて来たワーテム辺境伯にお嬢様が緊張している。頑張って!

「う、うちのドロシーは凄いでしょう!」

「ええ、感服致しました。とても優秀なメイドをお持ちで」

「そうでしょう! ありがとうございます。自慢のメイドです!」

 いかん。お嬢様がテンパってなぜか私の自慢をしている。

「夜会の時にもお会いしましたな」

「あ、はい! そのときもドロシーったら凄くて!

 クロード殿下に盛られた毒を飲み干して殿下を守ったんですよ!」

「ほう?」

 お嬢様、それは別に言わなくていいこと。

「実はお母様の命も救ってくれて」

「お嬢様、そのあたりで」

 いかん。アプローチのはずが謎の方向に行っている。

「いえ、もっと聞きたいですな」

「辺境伯様?」

 制止しようとした自分を遮って微笑んだワーテム辺境伯の瞳には明確な興味が宿っていた。




 その日の夜、屋敷の廊下に佇んで庭を眺めていた私は、困ったとため息を吐いた。

 お嬢様が思った以上に奥手だ。あれではアプローチも空回り。

 私もなにか援護すべきか、と考えた時だ。靴音が聞こえてきて、視線を向けるとワーテム辺境伯がこちらに歩いてくるのが見えた。

「ワーテム辺境伯様…」

 肩越しに振り返った姿勢で名を呼ぶ。ちょうどいい感じに風が吹いて黒髪を揺らした。

 かすかに頬を赤らめたワーテム辺境伯が、咳払いをして隣に立った。

「ローズ嬢はひどく君を頼りにしているようですね」

「ええ、もったいないことでございます」

「なぜそうも畏まる。君とて侯爵家の令嬢だろう」

「私はお嬢様の手足となるため、産まれて来た身です。

 それ以上の栄誉など、恐れ多い」

 本心だ。推しの壁になりたいところ、手足になる栄誉を得たのだ。

 これ以上の幸福はあるまい。

「手足となるため…」

「ええ」

「君はいつもその眼鏡をかけているな。

 目が悪いわけではあるまい」

 決意すら宿した自分の横顔に見惚れたかのような表情だ。

 まさかそんなはずはない。月の光に見惚れたのか。

 不意に彼の手が伸びてきて自分の眼鏡を外す。

 真っ直ぐ彼を見上げた自分に、彼は真摯なまなざしで囁く。

「無粋なものだ。

 君は月より美しい」

「…辺境伯様?」

「もっと君のことが知りたい」

 な、なぜか熱っぽい目で見られている。

 まさか私に秋波を送られている? いやそんなまさか、好かれる理由がない。

 だが万一のため、嫌われておいたほうがいい。

 そのためには、はしたない女を演じることだ。

 私は辺境伯の肩を掴むとそのままその場に押し倒した。

 だがひゅん、と頭上をなにかが通過した。

 視線を向けると、壁に矢が突き刺さっている。

 起き上がった辺境伯が、険しい表情で壁の矢を見る。

「私の命を狙った残党か。

 よく気づかれたな」

「え、ええ。勘だけは良いもので」

 どうしよう。なぜか感心される流れだ。

 ああ、この流れを変えなければ。

 そう、嫌われる行動第一位と言えば他人の家で勝手に部屋や冷蔵庫の扉を開ける行為! それをやれば!

 と、そばの扉を開け放ち、「まあ素敵なお部屋!」と図々しく乗り込んだ瞬間、ばさばさばさと大量の書類が床に散らばった。

 そこには蒼白になった初老の執事が立ち尽くしている。

「そうか。私が飲んだ毒。あれを仕込んだのがお前か」

 えっ、そうなの!?

 気づいたらそばに立っていた辺境伯が執事を見下ろしている。

 よく見ると床に散らばった書類はどれも、機密情報が記されたものだ。

「な、なぜ」

「私はお前を真に信じておる。だからこそ気づいたのだ」

 辺境伯は朗々とした声で告げる。

「お前、脅されているな?

 人質を取られたか。

 思えば私が毒を盛られたのも、身内の犯行でなければ不可能だった」

「も、申し訳ございません…!」

 深々とひれ伏した執事に、辺境伯はふっと笑う。

「私はローテローゼ嬢に救われた。

 ならば、もうお前を恨む道理はない。

 人質は奪還する。これからも、私に尽くしてくれるな?」

「は、はっ! この命に代えましても!」

 余談ですが、矢を射た犯人はいつの間にか縛られて屋敷の前に転がされていたし、人質も救出されていました。

 これ鷹の目さんだな? もうアレクサじゃねえか。




 そんなこんなで辺境伯暗殺事件が片付いた後、ラウール公爵邸にお嬢様と辺境伯と共に帰還した私ですが、想像に反して当主と奥様は怒っておりませんでした。

 なにかあったのか?

「ご令嬢をお預かりしておりました。

 ご無礼、お許しください。

 そしてご安心を。

 手紙でお知らせしましたが、私はご令嬢を娶るつもりはございません」

「え」

 公爵邸の客間、朗々と告げた辺境伯に擦れた声を漏らしたのはそう、私。

 動揺する私に構わず、辺境伯は私の目の前に傅いた。

「ローテローゼ嬢、私はあなたに恋をしてしまった。

 どうか、私の妻になっていただきたい」

 目玉飛び出るかと思った。


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