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第三話 第二王子クロード

 煌びやかな空間。着飾った貴族の男女が集まる華やかな世界。

 ここは王宮で行われる夜会の会場だ。

 その日、ドロシーはローズと共に王宮のパーティ会場に来ていた。

 ドロシーもいつものメイド服ではなくシックな黒いドレスである。もちろん、目はビン底眼鏡で隠していたがいつもはひっつめの黒髪も美しく結われている。

「もう、ドロシーったら、その眼鏡を別のものに変えればもっと綺麗なのに」

「ふふふ、私を綺麗だなどと仰るのはお嬢様くらいのものですよ」

 ちょっと拗ねた顔をしたローズにドロシーは答えながら、「いや、鷹の目さんも言うか」と思い直した。あの人もお嬢様も目が節穴だと思う。

 お嬢様なんて、今日のためにドロシーのためのドレスを何着も用意していたのだから。

「しかし、なぜ私を夜会などに?」

「なにを言うの。ドロシーは侯爵家の令嬢なんだから、来てもなんの不思議もないでしょう?」

「それはそうかもしれませんが…」

「それに、ドロシーだけなの。私の味方なのは」

 不意にローズははにかんで、恥じらったように話す。

「私の恋を応援してくれるのは、ドロシーだけ。

 私の大事な理解者であるあなたにも、幸せを掴んで欲しいの」

「…お嬢様」

 嬉しそうな笑顔のローズに、ドロシーは感激した。

 自分のためにここまで言ってくれる、なんて清らかで優しいお嬢様。

 あなたのためならなんだって致しましょう。

 ああ、私の推しが今日もエモい。

 不意にその場に集まった貴族の令嬢たちが一斉に奥の大きな扉を見る。

 響くファンファーレ。

「王子殿下のおなーり!」

 開いた扉の奥から姿を見せたのは、白い装束を身に纏った第二王子。

 廃嫡となることが決まった第一王子に変わり、王太子になることが決まった王子である。

 第一王子とは異なる銀色の髪に金色の瞳、端整な顔立ちに集まった令嬢たちがほう、と息を吐く。

 その傍らに立った国王が、手に持ったワインの入ったグラスを掲げる。

「それでは、クロード第二王子の立太子を祝して、乾杯」




 乾杯が済むと、ありとあらゆる貴族令嬢たちが自分に群がってくる。

 こんなことは王子に生まれた以上、仕方ないことだとクロードはわかっている。

 それでも降って湧いた王太子の座に、その結果を招いた無様な兄に舌打ちしたくもなる。

 よそ行きの笑みで令嬢たちの言葉に答えながら、既にうんざりしていた。

 寄ってこないのは、おや、意外だ。こちらになど興味ないとばかりにワインを飲んでいる令嬢たちがいる。

 薄紅色の長い髪の令嬢は確かラウール公爵令嬢だが、そのそばの黒髪の令嬢は誰だ?

 まだ控えめながらこちらに視線を寄越すラウール公爵令嬢よりも、全くこちらに興味ないと言わんばかりの黒髪の令嬢が気になった。

 不意に遅れて会場に姿を見せたのは、30代ほどの渋みのある美丈夫。

 あれはワーテム辺境伯だ。

「ワーテム辺境伯! お久しゅうございます」

「これはこれは、ラウール公爵令嬢。

 相変わらず華やいでいらっしゃる」

「そんな…」

 ラウール公爵令嬢はワーテム辺境伯の言葉に頬を染める。

 なるほど。ラウール公爵令嬢の目当てはあちらか。

 やはりどの令嬢も、地位と名誉のある男に目がないものらしい、と落胆する。

 だがあの黒髪の令嬢は誰のことも見ていない。

 そもそもあのビン底眼鏡。目当ての殿方がいるならあんな眼鏡を掛けて来ないはず。

 では彼女は一体?

 ああ、悩んでいても仕方ない。気になるなら話しかけるべきだ。

 そう思って令嬢たちの群れをかき分け、彼女の元に急ぐ。

 だがあと少し、というところで伯爵家の当主に話しかけられた。

「クロード殿下。この喜ばしい日を祝福致します」

「ああ、ありがとう」

「ワインは飲まれましたか?

 あれは我が領地の特産品のブドウを使ったものなのですよ」

「ああ、それでしたら乾杯の時に…」

 ええい、邪魔だ。ワインなどどうでもいい。あの彼女の元に行かせてくれ。

 不意に目の前に給仕の使用人が手に持ったトレーを差し出した。

 トレーの上には五つのグラスが載っている。

 もう一度味わえということか。王宮の御用達品にしろとでも言っているのか?

「それでは、もう一度」

 作り笑いを浮かべてグラスを手に取った瞬間、伯爵が一瞬だけ笑みを浮かべた。

 ひどく嫌な笑みだ。

 そういえば思い出した。この伯爵は兄の第一王子と懇意だった。

 廃嫡になって初めてわかったことだが、兄は一部の貴族と癒着していた。

 その中にこの伯爵の名前もあったはずだ。確たる証拠がなく、爵位を返上させるに至らなかったが。

 あることに気づいた。この国の王子は二人だけ。自分と、兄。

 自分が死ねば、例え男性の機能に問題があろうが貴族と癒着していようが兄を王宮に留めなければならないかもしれない。

 まさか、このワインに入っているのは、毒?

 だが五つのグラスの中のどれを自分が取るかわからないはずだ。

 しかしあの嫌な笑みが脳裏をよぎる。

「どうされました? 飲まれないのですか?」

「い、いえ」

 早く飲めと促す伯爵に顔が引きつる。まずい、と思った矢先だ。

 どん、と不意によろけた女性が自分の肩にぶつかった。

 艶やかな黒髪が揺れる。あの令嬢だ。

「おや、これはこれは、王子殿下。申し訳ございません」

「あ、いや」

「おい、無礼な! 王太子殿下にぶつかっておいてそれだけか!」

 緊張から声がうわずった自分に対し、伯爵は「邪魔な真似を」とばかりに彼女を怒鳴る。

「ふふふ、ずいぶんと殺気立っておられることですねえ。

 まるで後ろ暗い密談でもなさっておられたかのよう」

 だが彼女は怯まずにそう笑う。伯爵が一瞬息を呑んだ。

「な、なにを馬鹿なことを」

「ええ、ええ、馬鹿なことでございますね。

 おっと失礼。ぶつかった時にワインが零れてしまったようです」

 言われて気づく。手に持ったワインが少し零れて床の絨毯を汚している。

「それではこちらは私がいただきましょう。

 殿下はこちらのワインをどうぞ」

「え」

 言うなり手に持ったグラスを彼女に取られ、そのまま彼女が一気に中身を飲み干す。

 代わりに渡されたグラスは彼女が元々持っていたものだ。

「伯爵! あれはローテローゼ侯爵令嬢です…!」

「なに…!?」

 焦った声の伯爵とその従者の声が聞こえる。

 だが青ざめた伯爵や自分を余所に、彼女──ローテローゼ侯爵令嬢は表情一つ変えずに軽やかな足取りで「では失礼致します」と一分の隙も無い淑女の礼をして去って行った。




 あー、びっくりした。

 そうバルコニーに出て私は胸をなで下ろした。

 うっかり第二王子にぶつかってしまうとは。

 ワインもこぼしてしまうし、危なかった。しかし、あの伯爵はやけに焦っていたような?

「ローテローゼ侯爵令嬢!」

 不思議に思って首をかしげた矢先、クロードの声がして彼がバルコニーに出て来た。

「お身体は無事ですか!?」

「うふふふ、おかしなことを。あの程度で体調を崩す者はローテローゼ家にはおりませぬ」

「…そう、か。よかった」

 ほっとクロードが息を吐く。

 小声で「毒を飲んで無事とは…」という呟きが聞こえた。

 毒!? あのワイン、毒が入ってたの!? 全く気づいてなかったが!?

 まあ私、毒効かないんだけど。

 転生者の特権なのか、私は生まれつき毒が効かない体質らしい。

「なぜあのような危険な真似を…」

「なにを仰るのか。私はただワインをこぼしてしまった責任を取っただけでございます」

「ええ、あなたにとってはそうなのでしょうね」

 いや、その言葉通りなんだが。ほかの他意はないが。

 クロードはなにやら感極まったような表情だ。

「僕はあなたの命を危険にさらしてしまいました。せめてその償いをさせてください」

「それ以上は言いっこなしですよ」

 そっとその唇を指で塞いで、微笑みかける。

「あなたは私の無礼を見逃した。お互いに罪を償った。それでいいではありませんか」

「…ローテローゼ嬢」

「ええ」

 ハッと息を呑んだクロードに微笑んでから、ふと気づいた。

 なんかここ、虫がいる。顔の周囲を飛び回っていてうるさい。

 ええい、邪魔だなあ、と手を振るった瞬間、なにかが手の中にぴったりと収まった。

 虫、ではない。庭のほうから飛来した、ボーガンの矢。

 それがなぜか私の手の中に収まっていた。

 え!? ボーガン飛んできた!? まさかのナイスキャッチ!?

 方向からして、これクロード殿下を狙った矢!?

 クロードもそう思ったのだろう。私の手の中にあるボーガンの矢を見つめて、青ざめる。

「どうやら、ワインの件と同じ者の犯行のようですね」

 なにもかもわかっている風な口調で言えば、クロードが息を呑んだ。

「あのワインを運んできた使用人は父に頼んで抱き込んであります。

 犯人はもう袋のネズミです」

「ローテローゼ嬢…」

「早く安全な場所へ。国王陛下に進言を」

「この礼は必ず…! ローテローゼ嬢…!」

 クロードは私から矢を受け取ると、私の手を取って手の甲に口づけを落とし、去って行った。

 はて、手の甲に口づけを落とすプロセスは必要だったか?

 そう疑問には思ったが、ひとまずあっちにも話を通しておかねばなるまい。




「陛下! 祝い事の最中ですが申し上げます!

 私の命を狙う者がこの会場に!」

「なんだと!?」

 クロードの進言に国王が息を呑む。

「このグラスをお調べください。毒が付着しているはずです。

 それから」

「殿下。命令に従って中庭を捜査して参りました。

 殿下に矢を放った刺客を捕縛してございます。

 命じた犯人は殿下の推理の通りでございます」

「あ、ああ、よくやった!」

 中庭の捜査? そんなこと僕は命じていないが、いやあのローテローゼ嬢のこと。

 僕の意を汲んで、そう命じてくれたに違いない。

 どこまでも有能な女性だ。彼女こそ王太子の妃に相応しい!




「ふふふ、近衛部隊があの伯爵を捕縛したようですねえ」

「全く、あんたには恐れ入る。ボーガンの矢を素手で掴むとはな。

 そりゃあ俺の銃弾を防ぐことなんざ大したことじゃないはずだ」

「鷹の目さんも、気をつけないと捕縛されますよ」

「変装には自信があってね。実際、あの近衛部隊は変装した俺を第二王子と疑わなかっただろう?」

 などと四阿で会話を交わすドロシーと鷹の目の姿があったとか。


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