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第二話 勘違いを呼ぶメイド

 ドロシー・ローテローゼは、転生者である。

 前世はしがない社会人の陰キャのオタクであった。

 ある日出会った漫画『クリスタルロマンス』のヒロイン、ローズに夢中になり、彼女のようなヒロインになりたいと夢見た日々もあった。

 だが事故に遭い、あえなく死亡。気づいたらその漫画の世界にいた。

 憧れのヒロイン、ローズの二個上の貴族の娘になっていたことを知ったドロシーは考えた。

 漫画の中で、ローズは親の決めた婚約者である王太子ではなく辺境伯に恋をする。

 だが王太子妃となる運命は壊せず、ローズは辺境伯への恋を押し殺し、王太子の妃として立つ。

 だがその辺境伯とのロマンスに胸打たれる読者は多かった。ドロシーもその一人だ。

 叶うならそのロマンスを叶えてあげたい。だが、完璧な王太子につけいる隙などないだろう、そう悩みながらドロシーはある決意をした。



「ドロシー! なにを言っているんだ!

 お前はこのローテローゼ家の一人娘。

 それが公爵家の令嬢の専属メイドになるなど!」

「もう既に決めたことなのですよ、お父様」

 ローズのメイドになれば、ローズの運命を変えられるかもしれない。

 そう考えたドロシーは自身の父親にローズの専属メイドになることを願い出た。

「ましてお前の綺麗なその瞳をそんな無粋なもので隠すなど、なにを考えている!

 婚期を逃すだけだ!」

「万一のことがあっては困るからですよ。お父様」

 そう、ドロシーは度の入っていないビン底眼鏡を掛けてうっすらと笑む。

「それに、お父様も私がラウール公爵家に入ることに利点を見出されているでしょう?」

 そう、なんせ公爵家だ。たとえローテローゼ家が侯爵家であっても、公爵家のほうが上。

 その令嬢の専属メイドになる利点は充分ある。

「まさか、お前、ラウール公爵がわたしの政敵であると知っていたのか…?」

「ふふふ」

 …うん? 政敵?

 知らないけど、まあ、でも黙って笑っていたほうが良さそう。

「この話、お父様にとっても悪いものではないはずですよ」

「…そうか。お前がそれほどの覚悟でいると言うなら…」

 覚悟? まあ覚悟はありますよ?

 ローズ様を辺境伯に嫁がせる。そのためならばなんでもするという覚悟が!

「わかった。お前をラウール公爵家に奉公に出すことを我が権限を持って決定する。

 ただし、真相に気づかれてはならん。

 情報を盗み出した際、お前が疑われることがないよう、お前は勘当扱いということにしよう」

 ? 真相? 情報? まあよくわからないけど、侯爵家の娘がメイドになるのは確かに怪しいから、勘当された扱いになるのはいいアイデアかも。




 そんなわけでやってきたラウール公爵家。

 私は勘当された扱いということで、修道院に入れるくらいなら、とメイドをすることになったという経緯だ。

 真面目に仕事はしていたが、やはり侯爵家の娘がメイドというのは怪しいらしい。

 まして、ラウール公爵は父の政敵。疑心の目で見られていることを知っていて、素知らぬふりで仕事をしていた。

「おや、奥様。お食事はどうされたのです?」

 ある日、自室で夕食をとっていたはずの奥様が全く食事を食べていないのを見て尋ねると、奥様は作り笑いで「なんでもないわ」と答える。

「そうですか…おっとぉ!?」

 不意に躓いて倒れ込んでしまう。そのままテーブルクロスを掴んだら、テーブルの上にあった料理が全部落ちてしまった。

 ああ、やばい! これはとんだ失敗だ! 侯爵家の娘と言えど厳しい罰を受けるかも!

「おやおや、いけないいけない。うっかりしてしまいました。

 火傷はしておりませんか? 奥様」

 そんな内心とは裏腹に、怪しい笑みといやらしい口調しか出て来ない。

 どうにも胡散臭いのがこのドロシーの標準装備らしい。

「え、ええ」

「それはよかった。ではこちらは私が片付けますので、新しい料理をお持ちしますね」

「ドロシー、あなた、わかっていて…?」

「ふふふ、さあなんのことでしょう?」

 怪しい微笑を浮かべて、私は手早く床に落ちた料理を片付けようとする。

 不意に足下を這ったネズミが床に落ちたスープに口を付ける。

 途端、悲鳴じみた声をあげてのたうちまわる。

 おや? スープってネズミさんにとって有毒だっただろうか?

 そんなことを考えながら駄目になってしまった料理と、なぜかお亡くなりになってしまったネズミさんを片付け、新しい料理を厨房から持ってくる。

「申し訳ありません。奥様。

 奥様用の食事が全てなくなってしまっておりましたので、使用人用の料理をお持ちしました。質素なものになってしまいますが、ご勘弁を」

「ドロシー、あなた、やっぱり全てわかって…」

 いや本当に質素な料理になっちゃってすみません、と思ったらなぜか奥様、喉を詰まらせて泣き出した。

 え? そんなひどいことしたかな? あ、でも日本人だったら食の恨みは怖いな。

 次から気をつけよう。

 そんなことがあった数日後、私は裏庭の掃除をしていた。一人でだ。

 大奥様がそう命じたのだ。私がなにかしましたか。

 内心文句を言いつつ、薄暗い裏庭で掃除をしていたら、そこに奥様がやってきた。

「ドロシー」

「おや、奥様ではありませんか。どうかなさいましたか?」

「いいえ、お義母様にあなたの様子を見に行くよう言われて」

「ほう?」

 いやぁ、おかしくない? 一介のメイドの様子を見に、一家の女主人を行かせる?

 変な話だなあ、と思っていたら奥様が「見ていたわよ」とくすくす笑う。

「あなた、その箒を振り回していたわね?」

 ああ、見られていましたか。野球ごっこ。

 学生時代よくやったなあ。掃除の時間に箒でね。

「なんのことやら。私はただ空を掃除していただけでございますよ」

 そう答えてもう一度、箒を構えて振り抜いた瞬間だ。

 バキン、と音を立てて箒が真っ二つに折れた。

 同時にコロコロ、となにかが地面に落ちる。

 拾ってみると銃弾だった。え? まさか、振り抜いた箒に銃弾が当たった?

 誰ですかこんな流れ弾を飛ばす奴は、と銃弾を握った手を振り上げて、思い切り投げる。

 そしたら遠くで苦悶に呻くような声がして、それきりだった。

「おやおや、獣でも迷い込みましたかねえ。

 不思議なこともあるものです」

 いや本当に、なにがあった?

 そう思ったのに、奥様は口元を押さえている。

「やっぱりお義母様が…」

「ええ、きっとそうなのでしょうねえ」

 なんかよくわからないのでとりあえず話を合わせておく。

「しかしご安心を。奥様。

 このドロシーがいる限り、奥様の身の安全は保証されておりますとも。

 ええ、もちろん」

 とりあえず奥様が泣きそうだったので、そう励ましてみる。

 経緯はさっぱりわからなかったけど。

「ドロシー…!」

 奥様は感極まった様子で、ひしっと私に抱きついて来た。

「ええ、ええ。ご安心ください。

 全ては私の手のひらの上でございますとも。

 奥様のお命、確かにこのドロシーが預かりました」

 奥様、震えていらっしゃる。まあ流れ弾とはいえ、銃弾飛んできたら怖いよね。




 ローズお嬢様のため、まずは当主と大奥様の人となりを把握しなければ、と私は考えた。

 王太子との婚約は既に成っている。

 ならばいかにそれを破棄させるかが問題だ。

 ある日、掃除のついでに当主の書斎に入った私だったが、ふと机の上に置きっぱなしになっている手帳に気づいた。

 手帳の中に、なにか有益な情報が記されているかもしれないと手に取って開いたが、読み進めていくうちに怪訝な顔になった。


『あの嫁、私の息子を誑かして』

『あの嫁を殺そうとしたのになかなか死なない』

『あのドロシーというメイドがまた邪魔をした』


 どういうことだろう。これ。

 なんか日記帳みたいだけど、内容が当主が書くようなものじゃない。

 文体も女性が書くようなものだ。

「そこでなにをしている」

「おや、旦那様。いいえ、お掃除をと思いまして」

 不意に話しかけられ、気づいたら室内に当主がいた。

 しまったいけないいけない夢中になっていた。

「時に旦那様、こちらをご覧に?」

「なんだ、この手帳は…」

 自分の不審さを誤魔化すために手帳を差し出したら、当主は不審な顔をして読み始めた。その顔が徐々にこわばっていく。

「これは、まさか、母上…? まさか母上があいつを…?」

「証拠は全てその手帳に記されておりましょう。

 私は全て存じております」

 そう、もっともらしい言葉で自分が当主の部屋で手帳を読みふけっていたことから目をそらさせようとする。私はなにもしていない。掃除していました。

「ドロシー。お前は、まさか全て理解した上でこの手帳を…」

「旦那様の手の中にある真実、それが全てでございます」

 だから私のサボりは見なかったことにしてね! 誤魔化されてね!

「どうやって気づいたのかは知らないが、感謝する!

 あいつを母上に殺させてなるものか!」

 言うなり当主は部屋を飛び出して行った。

 え? 大奥様が奥様の命を狙っていたってこと?

 全然気づかなかったが?

「全く、末恐ろしいメイドだぜ」

 不意に室内、窓のほうから聞こえた男の声に視線を向ける。

 そこには片目に包帯を巻いた男が窓枠に腰掛け、銃を手にうっすら笑っていた。

「おや、あなたは…」

「もうとっくにわかってんだろ?

 百を見通すメイドさん。

 俺が大奥様に雇われ、奥様を狙撃したときにさも気づいていない様子で助けたもんな」

 なんと、この男があのときの狙撃犯。

 いや、全然知らなかったが。

「あんたの一撃は痛かったぜ。おかげで片目は失明。

 この商売あがったりだ」

 私の一撃? 銃弾を投げ返したこと?

 そんな威力あったのかあれ? まあ前世でドラマのエキストラやって、そのときに忍者の手裏剣の投げ方を教わってかなりの精度で投げられるようになったけども。

「俺だけ破滅するのも気に入らないから、大奥様の手帳を盗み出してここに置いてやったんだ。あんたは俺がそうするとわかっていてここにいたんだろう?」

 いや、全然知らないが。

「あんたには恐れ入った。

 こんな縁だが悪いもんじゃねえ。

 なにかあったら『鷹の目』を呼びな。

 きっとあんたの力になるぜ」

 言うだけ言って、男、もとい鷹の目さんは庭に降り、そのまますぐに走って行ってしまった。

 なんだったんだろう。

 ちなみにその後、大奥様は家を追放。奥様には大層感謝されましたが。




 問題はどうやってローズお嬢様の婚約を破棄するかであったが、学園に入学して二年。

 イレギュラーな事態が起こった。

 すなわち男爵令嬢ミラの登場である。

 こんな存在、原作漫画にはいなかった。

 天真爛漫に見えるミラの魅力にフィルヴィス殿下は骨抜きになり、ローズお嬢様を蔑ろにする日々。

 それだけならば私は黙認した。だってそのほうがお嬢様を辺境伯に嫁がせるのに都合が良いもの。

 だがミラはお嬢様の根も葉もない悪評を撒き始めた。

 これは阻止しなければならぬ、と思っていたが私はしがないメイド。

 そのような力はない。私は無力である。

 そう悩みながら日々を過ごしていたら、屋根裏にある使用人部屋に手紙が置いてあった。


『裏通りの店に行ってみな。

 お嬢様を救う手立てがある。

鷹の目』


 なんと、鷹の目さんからのお手紙だ。

 どうやって屋敷の中まで侵入した。警備ざるか。

 そう考えながら、目立たない服装で手紙に書かれた地図の店に行ってみる。

「おお、あんたか。こっちに来な」

 出迎えたのは店主と思しき男で、差し出された店員の衣装と、金髪のウィッグにビン底ではない眼鏡。

 それらの衣装に着替えて待っていると、黒いローブを被った人物が店の中に入ってきた。

「店主。約束の品は用意出来ているだろうな?」

 その声でわかった。彼はあの王太子だ。

「へい」

 ぎこちなく店員を演じて、小袋に包まれたものを差し出す。

 王太子は満足げに受け取って、金を置くとそのまま去って行った。

「うまくやったかい?」

「ええ、全く、疑われることもありませんでしたよ」

 奥に引っ込んでいた店主が戻って来て笑う。

「用意したのは王太子が所望した毒と同じ無味無臭のただの液体だ。

 王太子は一度体内に入ったら最後、身体の機能が麻痺する毒を所望だったからな」

「ふふふ、そんなことは承知でしたとも」

「やはりご存じか。鷹の目が言った通り恐ろしいお嬢さんだ」

 いや全く知らなかったんですけどね。

「鷹の目は言っていたよ。あんたは全部きっとお見通しだと。

 自分がなにもしなくてもきっとここにたどり着くだろうとね。

 だがなにかしたかった、だとよ。

 あの鷹の目にそこまで言わせるとはすごいお嬢さんだ」

「ふふ、買いかぶりすぎというもの。

 私はただ、神の教えを信じるのみ」

「神の教えかい」

「ええ、信じる者には救済を。信じぬ者には破滅を。

 あの王太子も男爵令嬢も、神の御許には行けますまい」

 そうだろう。そうじゃないと許さん。お嬢様を貶めておきながら救済の道など用意しない。

「じゃあお嬢さんに聞く。

 散々罪を犯し、自分をしのぐ射撃の腕前を持つ少女に敗北し、彼女に一生を捧げることを誓った男は許されるか?」

「おかしなことをお聞きになる。

 全ては神のご意志。

 ですが、そうですね。一人の誰かのために生きるならば、その方は神の御許に行けるのでしょう」

 ま、今時の罪には罰をって風潮、あまり好きじゃないからなあ。

 いちいち禊ぎを禊ぎをってうるさいんだわ。オタク。

「そうか。それを聞いてあいつも安心しているだろうよ」

 そう、店主は満足げに笑って言った。




 さて、問題の王太子は男性の機能を失って廃嫡。

 男爵令嬢も修道院送りとなり、お嬢様にかけられた冤罪は全て濡れ衣だと公になった。

 二人を襲った野犬たちが殺処分となるのは寝覚めが悪いので、どうにか捕獲してちゃんとした保護施設に預けた。

 保護施設の人たちに大事にされ、すっかり人懐っこい本来の性格を取り戻した犬たちは今は里親の元で幸せにやっているらしい。

 さて、これであと問題はお嬢様を辺境伯にいかに嫁がせるかなのだが。

「あんたの伝手を使えないのか?

 親族なんだろ?」

「親族違いですね。ローテローゼ家に縁があるのは西の国境のほうの辺境伯であって、お嬢様が恋したワーテム辺境伯ではないのでぇ」

 なんて会話を使用人部屋で鷹の目さんとしている。

 だから屋敷のセキュリティ、ちゃんとしろ。

「駄目だって。俺の実力を舐めなさんな。お嬢さん」

 くつくつくつ、と喉の奥で笑った鷹の目さんが私の手を取って、手の甲に口づける。

「可愛いお嬢さん」

「ふふふふふふ、その目は節穴のようですねえ」

「なんとでも。俺だけの花の美しさは俺だけがわかっていりゃいいってことさ」

 この人怖ぁい。話が通じない。

 とは顔に出ないドロシーだった。



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