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第一話 胡散臭いメイドの願い


 王立魔法学園。そこで喜劇の幕が切って落とされた。

「ローズ・ラウール公爵令嬢。

 今を以てお前との婚約を破棄する!」

 そう言い放ったのはこの国の王太子、フィルヴィス。

 場所は学園の二階のサロン。上級貴族の子息子女しか立ち入り出来ない空間だ。

 だがフィルヴィスの傍らには男爵令嬢ミラが身を寄せている。

 その場に居合わせた子女たちが「やはりあの噂は」「あの男爵令嬢が王太子を誑かして」と囁く中、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢は毅然とした態度で王太子を見上げていた。

 その矢先だ。パンパン、と拍手の音がその場に響いた。

「さすがでございます」

 拍手をしながらサロンに入ってきたのは、メイド服の一人の少女。

 年の頃ならこの場にいる子女たちと同じくらい。

 だがその口元に刻まれた怪しい微笑とビン底眼鏡がまるで黒幕のような妖しさを醸し出していた。

「見事なまでの手腕、このドロシー・ローテローゼ。

 感服致しました」

「さ、さすがとはなんの話だ」

「おや、ご存じなのでは?」

 思わずたじろいだフィルヴィスに、ドロシーという名のメイドはうっすらと笑う。

「お嬢様、この私の頭脳を持ってしても、お嬢様の素晴らしさは見通せませんでした。

 全くお見事です。

 まさかミラ嬢をお助けになる、とは」

「そ、そういえばわたしが襲われそうになった時、ローズ様が手引きして逃がしてくださった…」

「ま、まさか、ミラを暴漢に襲わせたのは」

 はっと息を呑んだフィルヴィスを意に介さず、ドロシーはにたり、と笑んで手に持ったストールをローズの肩に掛ける。

「さあ、なんのことでしょう?

 私は一介のメイド。そのようなことなぜ存じましょう。

 さあ、お嬢様。このようなお嬢様の魅力を介さぬ輩など放って帰りましょう。

 屋敷に帰ればお嬢様のお好きなハーブティーとお茶菓子がご用意してありますよ」

 そう言ってローズを促したドロシーは、サロンを出る直前、肩越しにミラを振り返って、

「ところでミラ嬢、夜道には気をつけたほうがよろしいかと。

 月夜ばかりではございませんからね、ふふふふふ」

 と怪しく囁いた。

「そうか。今までのローズらしくないミラへの嫌がらせ、全てあのメイドの仕業か」

 残されたサロンで、フィルヴィスが小さく呟いた。




 ラウール公爵邸。その当主の書斎にて。

 怪しく笑んだメイドがローズの婚約破棄を報告し、そして続けた。

「さすがは旦那様でございます。

 この婚約が破談になるとわかっていてお嬢様を王太子の婚約者になさるとは」

「そんなわけがあるか!」

 ドロシーの言葉に当主はバン!と机を叩く。

「わたしはローズを王太子妃に相応しい娘として育ててきた。

 間違ってもこんな結果のためではない!」

「ご冗談を。あのような教養も品もない小娘に籠絡される王太子の妃になんの価値がありましょうか。

 いっそ、堅物と名高い辺境伯に嫁がせたほうがお嬢様のためなのではないかと」

「馬鹿を言うな! 辺境伯は30を過ぎた男だぞ!?

 そんなところにまだ花も盛りの年頃の娘をやれるか!」

 叫んで、それからはた、となにかに気づいたように当主は動きを止める。

「…いや、待て。

 その辺境伯は、お前の親族だったな? ドロシー。

 まさか、お前、それが狙いでミラ嬢に嫌がらせを」

「さあ、なんのことでしょう?

 私はただ、お嬢様の幸せのために」

「馬鹿を言うな!

 ローズの幸福は王太子の妃になることにあるんだ!」

 ありったけの声で怒鳴った当主を意に介さず、ドロシーは一礼すると当主の書斎を後にする。閉まった扉を見やって、当主の傍らにいたラウール公爵家の女主人は、沈痛な表情で呟く。

「ローテローゼ家は曲がりなりにも侯爵家です。

 ドロシーがなぜそんな格の家の娘ながら、召使いをやっているのか謎でしたが」

「ローズを辺境伯に差し出すこと。それがドロシーの目的か」

 妻の推測を否定する証拠はどこにもない。当主は深いため息を吐いた。



 当主の書斎を出たところでローズの姿を見かけたドロシーは、怪しい微笑のまま近寄る。

「おや、お嬢様。

 申し訳ありません。身支度をお手伝い出来ず」

 ローズは学園の制服から私服のワンピースに着替えている。

 本来その身支度を手伝うのはローズ付きのメイドであるドロシーの仕事だ。

「いえ、いいの。それよりドロシー、さっきの話は本当?」

「さっき?」

「わたくしを、辺境伯様にって」

 ローズの声は縋るようで、震えていた。

「ええ、私は本気でおりますよ。

 お嬢様の幸福のため、このドロシー、手段は選びませぬ」

 そうはっきりと答えたドロシーを、離れた場所から眺めていた使用人の男性は青ざめる。

 なんて恐ろしい。自分の私利私欲のためにお嬢様を30過ぎの男に嫁がせようとする野心、この娘、見た目通りの悪役令嬢か!

「さあ、お嬢様、お部屋に参りましょう。

 すぐに夕食の準備を致しますからね。

 朝食のお飲み物はなんに致しましょうか。

 このめでたき日を祝して、特別な食前酒でもご用意致しましょうかねえ」

 なにがめでたいものか。お嬢様を好色な男に嫁がせる計画が成就するからめでたいと?

 ああ、だがローテローゼ家には逆らえない。

 申し訳ありません。お嬢様。僕は無力です。




 そんなことなど露知らず、夜の人気の無い道ばたで逢瀬を交わす男女の姿があった。

「ミラ、様々な邪魔はあったが、今度こそ本当だ。

 君を僕の妃に迎える。

 約束するよ」

「フィルヴィス殿下、嬉しい」

 見つめ合うのは王太子フィルヴィスと男爵令嬢ミラ。

 二人は抱き合い、幸せそうに寄り添う。

「だが、ローズのことが心配だ」

「ローズ様がなにか…?

 まさか、まだわたしを…!?」

「いや、あのメイド、あのメイドこそがローズの黒幕なのだろう。

 ローズに入れ知恵をした真犯人だ。

 そのメイドがまだ君を狙っているかもしれない」

 そう表情を険しくし、王太子が自分の胸元に手を当てた時だ。

「ふふふ」

 不気味な笑い声がその場に響いて、二人は弾かれたように声のするほうを見た。

「さすがのご慧眼、と言うべきでしょうかねえ」

「お、お前はあのメイド!」

 そこに佇んでいたのはあのドロシーだ。

「王太子様、私は悲しゅうございます。

 幼き頃の誓いも忘れ、婚約者に不義理を働く男になろうとは。

 なんとおぞましいことか」

「なんの話だ!?」

 幼き頃の誓い? 確かにローズには「君を永遠に守る」と約束したが、それをこのメイドが知るはずもない。

「そしてミラ嬢、あなた様にも申し上げたいことがあるのですよ。

 ありもしない根も葉もないお嬢様の冤罪の噂を流し貶める。

 ヒロインとは名ばかりの見事な手腕です」

「な、なんのこと!?」

 確かに噂は流した。そのほとんどはローズが一切関わっていない冤罪。

 唯一、あの暴漢だけはローズの差し向けたもののはず。

「あなた様を狙った暴漢、差し向けたのが誰だとお思いですか?」

「そ、それはローズ様とあなたが」

「いいえ、真犯人はあなたのすぐそばにおります。

 そう、目の前に」

「え」

 ドロシーの視線の先には、フィルヴィスの姿がある。

 それを見て、ミラは息を呑んだ。

「な、なにを馬鹿なことを言うんだ」

 フィルヴィスは否定しようとするが、図星を指された反応か、引きつった笑いが隠せていない。

「あなたは本心ではミラ嬢に飽きていたのでしょう?

 ミラ嬢を切り捨てる手っ取り早い言い訳、それは彼女が傷物になったから。

 そういう筋書きだったのに、ミラ嬢をお嬢様が助けてしまった。

 だからあなたはひとまずお嬢様に婚約破棄を告げた。

 あとから取り消すつもりで」

 ふふふ、と怪しく笑って、ドロシーは気圧されたフィルヴィスに言い放つ。

「そう、その胸元にしまった毒針で、ミラ嬢を嫁に行けぬ身体にした上でね」

「な、なぜそんなことまで」

 誰も知らぬはずの事実を指摘され、驚愕からついフィルヴィスはそう口にしてしまう。

「そんなことまで?

 そんな、フィルヴィス様。本気でわたしを殺す気で…」

「いいえ、違います。殺せばあとあと厄介なことになる。

 王太子と男爵令嬢と言えど、人を殺せば罰が待っている。

 ましてお二人のロマンスは王都の人々の憧れ、それが偽りと知れれば王太子でも待っているのは破滅。ですから、身体を麻痺させる毒を用意したのですよ。

 その毒を受ければ、身体の機能が麻痺します。そう、永久に。

 そんな令嬢を、王太子の妃に選ぶ国王がいますか?」

 カンテラを手に持ったままなにもかもを見透かして言うドロシーに、ミラが息を呑む。

「そんな…!」

「待ってくれミラ! 誤解だ!」

「この懐にしまってあるのはただの護身用のナイフだ。

 誓って毒ではない!」

 反射的にフィルヴィスから距離を取ったミラにフィルヴィスが焦る。

「そもそも、なぜそんなに詳しいのだ!

 まさか」

 そもそも自分しか知らない犯行計画を、なぜドロシーが知っている。

 たどり着いた可能性は、一つ。

「ええ、私があの店の店員です。

 あなたが毒を手に入れに忍んでやってきたあの裏通りの店の、ね」

 ドロシーはにたり、と笑んで決定的な言葉を口にする。

「願いが叶う店。その謳い文句に惹かれてやってきたのでしょう?

 残念です。あなたはもっと賢いと思っておりましたよ」

「…お前、まさか、僕がこの毒をローズに使うことを願って…?」

「ふふふ、さあ、どうでしょう?

 どちらにせよ、あなたはもう標的を定めた。

 さあ、やっておしまいなさい!」

 そうドロシーが命じるように手を振り上げ、振り下ろした瞬間だ。

 その背後から走ってきた二頭の犬がフィルヴィスとミラに襲いかかり、二人は悲鳴を上げた。


 翌日の新聞の一面に、その事件は載った。


『王太子と男爵令嬢、密会中に野犬に噛まれる』

『男爵令嬢、顔に大けが』

『王太子、男性の機能に後遺症。第二王子が王太子となるか』


「おやおや、野犬にあそこを噛まれてしまいましたか」

 ラウール公爵邸の屋根裏にある使用人部屋。

 新聞を手に、ドロシーは呟いた。

「まあ、仕方ありませんねえ。

 結果としては残念ですが、まあ、想定内ということで」

 そう呟き、満足そうに紅茶を飲むドロシーを部屋の扉の隙間から眺めたあの男性使用人は蒼白になる。

 やはりローズお嬢様を殺す気で、王太子まで。恐ろしい女だ。

 あの日つけて行って一部始終を見たが、あの女は野犬に噛まれる王太子たちを前に今のようににたにたと笑っていた。

 全て彼女の計算通り、あの野犬たちすら、彼女がそう仕向けたのかもしれない。


(全く、計算外もいいところですよ。私はただお嬢様の幸福を願っていただけなのに、そのためにお嬢様に害をなす王太子たちに釘を刺したかっただけで、なぜこうなるのやら。

 野犬だって予想外です。あれは王太子がミラ嬢を毒針で刺そうとすればそれを犯行現場として訴えられる。そういう意味でやっておしまいなさいと言ったのに、まさか野犬がいるとは)


 ラウール公爵家の令嬢、ローズが夜会で出会った辺境伯に一目惚れし、親の決めた婚約者である王太子ではなく彼の元に嫁ぎたがっていることを知っているのは、ドロシーのみでえある。


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