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公爵令嬢・オブ・ジ・デッド  作者: tempp


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3/4

彼女たちの勝利

 全てが寝静まり、扉を固く閉める深夜。

 夜半、突然目が冷めた。冷たいベッドの端からざわざわと違和感が体をよじ登ってくる。それが首筋まで達した時、それが殺気だと気が付き飛び起きた。

 何?

 月が登っているのか窓から明るく四角い光が伸び、対比するように部屋は既に闇に深く沈んでいる。けれどもその闇の中で確かに何かが動く気配。そうして随分、久しぶりな感触に肩が強ばる。

 私がスラムで暮らしていた時に時折感じた、ひりつくような視線。

「鼠のくせに敏感ね」

「誰⁉︎ ここを王妃の部屋と知ってのこと⁉︎」

「王妃? 王がいなければ王妃などいないのよ」

「誰か! 襲撃よ誰か!」

「無駄よ。あなたの味方はもう城にはだれもいない」

 そしてするりと窓から差し込む光の中に細い足が現れ、もう片方の足、そして胴が現れる。見たことのある紋章が彫り抜かれた礼服、ヒューゴー家。そしてその白いはずの礼服はたくさんの返り血で赤く染め抜かれていた。


 ヒューゴー家はこの国の剣。戦ではいの一番に切り込んでくる死神。

 そして不意に、濃厚な血の匂いが鼻に、遠いざわめきが耳に登り始める。

 異常。異常が起きている。そしてその女を照らす明かりが赤みを帯びて揺らめいていることに気がついた。急いで窓に駆け寄ると城内の所々から火の手が上がっていた。

「立場はおわかりかしら?」

「あなた、こんな、こんなことをしてどうなるかわかっているの? すぐに隣国が」

「それとも」

「ヒッ」

 風が吹いたと思えば首元に剣が突きつけられ、髪がはらりと寝台に落ちた。

「今、楽にして差し上げましょうか?」

 その冷徹な視線は、私が恐れていたもの。恐れていたから排除したもの。それが何故、いまここに。

 私は、結局何もできなかったことを思い知る。儚い夢の全てが終わってしまったことも。


 そうして私は、かつての彼女と同じ立場に追いやられた。

「それでは裁判を始める」

「お待ちなさい! その女はゾンビです! 先に討伐なさい!」

 裁判官は困惑した顔でフリードリヒを、そしてミラベルを順番に見る。

「ここはお前の罪を改める場である。ミラベル・ヒューゴーの立場は関係ない」

「フリードリヒ、様」

 翌日。私は多くの貴族や民衆の前に引き出されていた。

 見渡しても私の知っている者はいない。この広い空間のなかで孤立無縁。

 今朝引き出される間に城の惨状を見せつけられた。まさに血の海だった。抵抗した者は全て切られたのだろう、あの鬼神ミラベル・ヒューゴーによって。

 つまり私の味方は最早誰もいない、のか。ギシリと口の中から音が鳴る。


 ミラベル・ヒューゴーは一騎当千だ。ヒューゴー家でもあの若さで歴代最強と言われていた。だから武装をしていない学園からの帰り道を攫ってそのまま処刑した。なのに何故、いま目の前にいる? 私は彼女の首が体から離れるのを確かに見たのだ。

 けれどもそれより今は私の処遇。

「私が、私が何をしたというのですか⁉︎ それに」

「黙れ」

 フリードリヒの冷たい声。かつての暖かかった声はもうなくなってしまった。私にはミラベルは血も涙もない機械だと言っていたのに。

 ミラベルの集めた資料は破棄させた。だから私の罪を立証するものなどなにもないはず。けれども全身を震わせる悪寒は止まらない。胃液が逆流してゆく。何故ならそこに並べられていた資料は私が破棄したものを除き、隣国から受け取った全てがほぼ揃っていた。

 何故? どうやって? どこからこんなものが?

 目の前が真っ青になる。

「知りません! こんなもの見たことがない! それに隣国の印章もありません。きっと捏造よ! その女が捏造したの!」

「私はこの証拠で処刑されたのだがな」

「ではあなたも私と同じように陥れられたのよ! そうでしょう⁉︎」

「おお、ではやはり聖女様は陥れられていたのだな!」


 ふいにそのような声と、次いで民衆から大歓声が上がる。

 聖女? 何のこと? そういや貧しい地域で施しをする聖女が現れたという報告を見た、ような。整えられている。

 無情な裁判は続く。

 人証をと言われて引き連れられていたのは特徴の乏しい男。

「この者はお前と隣国との手引をしたのだ」

「し、知りません、そんな男など」

「知らない? 本当に?」

「勿論です! 見たことも有りません!」

「語るに落ちたな。この男はお前の養親、マクブル男爵だ。知らないのであればお前はどこの誰なのだ」

 フリードリヒの声が冷たく私に降り注ぐ。

 マクブル男爵? 始末したはずでは?

 そんな、はず。私の中で何かがガラガラと崩れ落ち、目の前が不意に暗くなる。見上げた影は真っ暗で、その口元だけが赤かった。

 私が殺し、私は殺される、のか。ふ、う。

 瞬間、駆け巡る走馬灯。スラムで生まれ、売られ、何人もの同胞とともにこの国に送り込まれ、失敗すれば死という緊張と初めて知った贅沢と愛の味、そして全てが手に入ったと思った、のに。私はそうするしかなかった。いつしか涙が頬を伝っていた。その液体だけが、暖かかった。結局全ては敵なんだ。

「シャーロット、いや本名はリザ。お前には3つの道がある」


 随分久しぶりに呼ばれた本当の名前。条件反射にビクリと体が震える。

 この人はどこまで知っているの?

「1つ、罪を認めて自害する。2つ、身の潔白を証明するために私と神明決闘を行う」

 聖女様が負けるわけがねぇという声がする。

 聖女以前にこの鬼神ミラベル・ヒューゴーに私が勝てるはずがない。

「3つ、全ての過ちを認め聖女に下る」

「は?」

 その最後の言葉は、意味が解らなかった。聖女?

「私は聖女だ。かつてお前が道を過ったとしても今後の忠誠に命じて罪を死罪から隷属に減じよう」

 その意味は容易に呑み込めなかった。

 隷属? つまり私がこの女の奴隷となるということか。冷徹な目が私を射抜く。それあ死ぬよりはマシなのかも知れない。結局のところ逆戻りだ。あのスラムにいたころに。そう思うと口の中でハハと乾いた音が鳴る。

 そうして耳元に声が聞こえた。


『身分は王妃のままとする。私の意のままに動くのであれば限度はあるが一定の生活を保証しよう。まずはお前の同胞の説得だ』

 その言葉にハッとなる。苦楽を共にした仲間。

『みんな生きているの? あなたは王妃になりたいのではないの?』

『我がヒューゴー家は王家の剣である。残念がらゾンビは王妃になれぬ。子もなせぬからな。であればこの体朽ち果てるまで王家の剣となりその敵を排除するまで』

 その爛々と光瞳に見えた、僅かな希望。私はそれにすがるしかなかった。

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