彼女が生き返った日
「ミラベル⁉︎ ミラベルだな⁉︎ 返事しろ⁉︎」
「ぁ……ぅぐ……」
急に視界が明るくなる。何、だ?
目を、閉じられない。けれども世界はぼんやりしてよくわからない。体も上手く……体?
体は切り離されてしまったはずだが?
なんだか記憶がはっきりしないな。つい今しがたより混濁している。まるで全てが泥になったかのように重い。
「ふい、ど、り」
「そうだ。フリードリヒだ。おい、間違いなくミラベルだ。進めろ!」
何かぞわぞわと弱電流が流れるような気持ち悪さがあふれ、皮膚の表面がぐずぐずとしたものから土が固まるように引き締まっていく感覚がして、気がつくとパチパチとまばたきをしていた。
揺れ動く視界も次第にその振動によって不純物が除去されるようにクリアになり、それに連れてゆっくりと震えも収まっていく。ひゅごひゅごと喉をかすれる空気も通りが良くなり、先ほどと違い声帯を震わせて声を出す。
「フリードリヒ、様?」
「そうだ、私だ。ミラベル、よかった」
「一体、何が?」
思わずそう尋ねるほど、フリードリヒの姿は先程、つまり私が死ぬ直前に見た姿から変わり果てていた。
全体的に薄汚れている、けれど最後に見たよりしっかりとした視線と精悍さを増した風貌。それから顎髭。うん? 記憶より5は年を取っているような。
フリードリヒは私の処刑前後の顛末を述べた。
我がヒューゴー家の処分を決定したのは王だ。王とフリードリヒは完璧に整えられた資料を見た。ヒューゴー家が隣国と内通し転覆を図っていたことを赤裸々に示す資料だ。あまりにも整いすぎてフリードリヒもそれ以外の結論を導き出せなかったほど。
それでも通常であればきちんと審議するはずだが、それを信じた、或いは傀儡となった幕僚の意見と病床の王の鶴の一声で処刑が決まった。フリードリヒが反論する隙間もなく、最低限の手続きに付されて玉璽の押された令書に基づき定められた裁判と処刑が敢行された。
王はその直後に亡くなられ、わけのわからぬうちにフリードリヒが戴冠しシャーロットが婚姻するというありえない状況に陥る。間もなく前王毒殺の疑いでフリードリヒが排斥され、今はシャーロットの後ろ盾を名乗る貴族家が国を牛耳っているらしい。短い期間に守旧派の貴族の多くが処刑または国外追放された。
なんということだ。
「あっという間のできごとだった」
「それほど敵が周到だったのでしょう。現在はどのような状況でしょうか」
「王家は……ほぼ断えている。私以外は粛清された。地下に潜り復権を狙っているが、埒があかない。先日偶然こちらの高名な死霊術師とお会いしてやむなく貴方を復活させたのだ」
目を向ければ胡散臭そうな男が頭を下げている。普段なら死霊術師など世迷言をと切り捨てるところだが、私が死んだのは間違いないのだから、本物ではあるのだろう。
「英断でした」
「何か、何か手がかりがないかと思い、それから……まことに身勝手だが協力頂けたらと思った。それから何より謝りたかった。誠に申し訳ない」
フリードリヒが頭を下げようとするのを慌てて止める。私は王家の剣だ。王命に従うのに何の否やがあろう。何よりフリードリヒの額には苦悩と後悔の皺が深く刻み込まれていた。5年の間の苦労が忍ばれる。
死霊術師。そうすると現在の私はゾンビかグールなのだろうか。
「良いのです。ヒューゴー家は王家の剣。であるのに王家を守れなかったのですから、当家が不甲斐ないのです」
「ミラベル、そなたは本当に変わらぬな」
フリードリヒは力なくほほ笑んだ。
「ですが手がかり、ですか。申し訳有りませんが私は裁判で述べたとおり、処刑前は拉致監禁されておりました。しかし独自にシャーロットとその周りを調査しておりました。ライザックという従者は存命でしょうか」
「ヒューゴー家の一族郎党及び関係者は皆処刑された」
「ならば僥倖です。では埋葬されているのですね。術士殿。追加で蘇りをお願いしたい」
そうしてしばらくが経過し、私は生前に足りなかった準備を終えていた。
ヒューゴー家は大貴族家の常として非常時の隠れ家を複数所持している。ここはその一つだ。
王都に程近い小さな町の高台に設けられた商館。その窓からは王都を小さく眺めることが出来た。幸いなことに内部は手つかずだ。他の隠れ家もおおよそは無傷。その資材を集め、念の為に更に別の町を拠点として反攻の狼煙を上げる準備に邁進している。
「お嬢様。資料はあらかた整いました」
「宜しいでしょう。苦労を掛けましたね、ライザック」
「勿体なきお言葉」
結果としてわかったこと。
ヒューゴー家の反乱の基礎資料として用いられたのは私が部下に調べさせていた資料の一部だった。
もちろん分散保管をしていたからその全てが持ち去られたわけではない。けれどもその根拠のついた一部の資料のうち、その主体がシャーロットではなく私やヒューゴー家の名前に書き換えられ、それに沿って証拠が捏造されていた。
隣国とのやり取りなど、隣国の協力を得ればいくらでも捏造可能だ。
王子の寝室に毒を仕込めという命令、有力な貴族子弟の暗殺、武装蜂起のための武器の収集。本来隣国がシャーロットに命じた命令の宛先を私やヒューゴー家の名前に書き換え、現物の毒や暗殺時の武器、自ら収集した武器一式を証拠として王家に提出する。
それは実にリアリティのある証拠だろう。まさに真実の証拠であるのだから。
そう考えるとこの国を今牛耳っているいくつかの貴族家は随分前より隣国と繋がりがあり、準備が進められ、少しずつ官吏やら何やらの人員の入れ替えが行われていたのだろうな。
けれども私たちはそれを上回る多くの証拠を保持した。生前かき集めていたものがようやく間に合った。フリードリヒもシャーロットの養親の身柄を隠していた。
シャーロットたちの関係者の多くは既に証拠隠滅のために暗殺されていたが、この男爵は私が処刑された時点に次は自分だとフリードリヒに投降し、変わりの死体を用意して死を装いそのまま身を隠した。
そして現在の王家に叛意を持つ貴族家、隣国優遇政策の割を食っている商人。草の根で協力者を増やしていた。
「さすが我がミラベル。これほどの資料があれば」
「いいえ。王家復活の悲願にはもう一押し必要です」
「もう一押し?」
「ええ。王家を今度こそ盤石としなければなりません。それに……私はとても怒っているのです。私の首に消えない傷をつけたこと。これでも貴族令嬢なのですから」
首筋に触れれば、ギザギザとしたささくれに触れる。
「お前にも人間らしいところがあるのだな……」
死霊術師の手により私は死ぬ直前の姿に蘇った。けれども私の首は死ぬ前に体と別れたのだ。だからそこは復活せず、首を傾げようものなら頭が転げ落ちてしまう。元には戻らない。
うなじが綺麗と母様に褒められたのに。
だから私はこれも利用することにした。
私はこの姿のまま、民衆の前に立つ。
「聖女様が来られた」
「ありがたや、ありがたや」
「聖女様は本当に黄泉の国から復活されたの?」
「勿論よ。ほらこの通り。でも皆様、秘密になさってね」
種も仕掛けもなく首と体が分離すると、民衆から歓声が上がる。
今この国では隣国の主要作物の関税が撤廃されて、農民も事業者も苦境に立たされていた。そこに公爵家の私財を投じて急場を凌いでいる。
自転車操業だが原因は国政なのだからどうしようもない。必要なのは今の救済だ。
私は不当に処刑された私を神が憐れみ正しきを証明するために復活させた聖女、ということになっている。自然発生のゾンビの姿は悲惨だ。対して私は首が取れるだけで腐臭もない。だからゾンビとは思われない。
私の処刑時の毅然とした態度も合わさり、じわじわと私の名誉は回復され、王家を復活せよとの気風が次第に高まっていた。
反旗の狼煙を上げる準備は間もなく整う。




