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第8話「灰色の狼」

レオンとの出会い。

それは、全ての始まりだった。

暗殺者と、亡国の王女。

敵同士だったはずの、二人。

でも、運命は二人を引き合わせた。

帝国兵を倒したレオンは、無言で歩き出した。

私とマルタは、顔を見合わせた。

この人を、信じていいのか。

灰色の髪。灰色の目。

傷だらけの顔。

まるで、狼のような。

でも、選択肢はなかった。

この人がいなければ、私たちは死んでいた。

私たちは、レオンの後を追った。

レオンは、時々立ち止まって周囲を警戒する。

帝国兵の気配を探っているのだろう。

そして、また歩き出す。

言葉は、交わされない。

ただ、足音だけが響く。

私は、レオンの背中を見つめていた。

この人は、誰なのか。

なぜ、私を助けたのか。

暗殺者なら、殺すはずなのに。

「なあ」

レオンが、急に立ち止まった。

「はい」

私は、緊張して答えた。

「お前、名前は」

レオンが、振り返らずに聞いた。

「アリアです」

私は答えた。

「アリア・フォン・アイゼンブルク」

レオンは、少し黙っていた。

「王女か」

「元、ですけど」

私は、苦笑した。

「もう、国はありませんから」

レオンは、何も言わなかった。

また、歩き出した。

マルタが、小さく囁いた。

「アリア様、あの方は」

「わからないわ」

私も、小さく答えた。

「でも、敵じゃない。多分」

「多分、ですか」

マルタの声が、不安そうだった。

「今は、信じるしかないわ」

私は、レオンの背中を見た。

「この人がいなければ、私たちは死んでいた」

マルタは、何も言わなかった。

ただ、不安そうに、レオンを見ていた。

昼過ぎ。

レオンは、小さな洞窟に案内してくれた。

「ここで休め」

レオンが言った。

「帝国兵は、ここまでは来ない」

「ありがとうございます」

私は、頭を下げた。

レオンは、何も言わずに外へ出ていった。

マルタが、心配そうに私を見た。

「アリア様、大丈夫ですか」

「ええ」

私は頷いた。

「疲れたけど、大丈夫よ」

マルタは、荷物から毛布を取り出した。

「これを、どうぞ」

「ありがとう、マルタ」

私は、毛布に包まった。

冷たい。

春だというのに、まだ寒い。

でも、毛布の温かさが、少し心を落ち着かせてくれた。

「マルタ」

「はい」

「あなたも、休んで」

「でも」

「いいから」

私は、微笑んだ。

「あなたも、疲れているでしょう」

マルタは、少し迷ってから頷いた。

「では、少しだけ」

二人で、毛布に包まった。

沈黙が、落ちた。

洞窟の外から、鳥の声が聞こえる。

風の音。

平和な音。

でも、私の心は、平和じゃなかった。

父上のことを、思い出す。

城門で、一人戦う姿。

膝をつき、倒れる姿。

あれが、最後だった。

もう、会えない。

涙が、溢れそうになった。

でも、こらえた。

今は、泣いている場合じゃない。

生きなければ。

父上との、約束を守らなければ。

足音が聞こえた。

レオンが、戻ってきた。

手に、何かを持っている。

兎だ。

「食料だ」

レオンが言った。

「焼いて、食え」

「ありがとうございます」

私は、受け取った。

レオンは、火を起こし始めた。

慣れた手つき。

一言も発さず、黙々と。

あっという間に、火が燃え上がった。

私とマルタは、兎を捌いた。

前世では、こんなことしたことなかった。

でも、この三年で、覚えた。

サバイバルの、知識。

兎を串に刺し、火で炙る。

油が滴り、ジュウジュウと音を立てる。

いい匂いが、広がった。

レオンは、火の前に座っていた。

じっと、火を見つめている。

何を考えているのか。

わからない。

兎が、焼けた。

レオンは、焼けた兎の一番良い部分を、さりげなく私に差し出した。

「どうぞ」

一言だけ。

でも、その目が優しかった。

マルタにも、同じように。

この人は、優しい。

不器用だけど、優しい。

「ありがとうございます」

私は、受け取った。

三人で、兎を食べた。

無言で。

ただ、火の音だけが響く。

食事が終わった。

レオンは、立ち上がった。

「少し、見回ってくる」

「私も、行きます」

私は、立ち上がった。

レオンが、私を見た。

「危ない」

「でも」

「ここにいろ」

レオンの声が、低くなった。

「戦えないなら、ここにいろ」

その言葉に、私は何も言えなかった。

確かに、私は戦えない。

剣術は、中級程度。

魔法も、大したことない。

レオンのような、戦士じゃない。

レオンは、洞窟を出ていった。

私は、その場に座り込んだ。

マルタが、心配そうに見ている。

「アリア様」

「大丈夫よ」

私は、微笑んだ。

でも、心の中では思った。

私は、無力だ。

前世の知識があっても。

転生者であっても。

この世界では、力がなければ何もできない。

父上を、止められなかった。

国を、救えなかった。

そして今、レオンに守られている。

私は、何もできない。

ただ、守られるだけ。

悔しい。

でも、どうしようもない。

私は、懐を探った。

向日葵の種。

まだ、ある。

いつか、これを蒔く。

その時まで。

私は、生きる。

力をつける。

前世の知識を、活かす。

そして、向日葵を咲かせる。

それが、私の使命。

夕方。

レオンが、戻ってきた。

「帝国兵は、いない」

レオンが言った。

「明日、リベルタを目指す」

「リベルタ?」

私は聞いた。

「自由都市だ」

レオンは、火のそばに座った。

「帝国も、手を出せない」

「そこなら、安全ですか」

「ああ」

レオンは頷いた。

私は、安堵した。

リベルタ。

自由都市。

帝国の支配が及ばない、中立の街。

そこなら、生き延びられる。

「レオンさん」

私は、聞いた。

「なぜ、私を助けてくれたんですか」

レオンは、しばらく黙っていた。

そして、小さく息を吐いた。

「さあな」

それ以上、何も言わなかった。

私は、聞きたかった。

でも、レオンの表情が、それ以上聞くなと言っていた。

この人には、何か理由がある。

私を助けた、理由が。

いつか、聞ける日が来るだろう。

今は、ただ感謝するだけ。

沈黙が、落ちた。

火が、パチパチと音を立てる。

「お前、これからどうする」

レオンが、急に聞いた。

「どうする、って」

「リベルタに着いたら」

レオンは、私を見た。

私は、少し考えた。

何になる?

王女じゃない。

国もない。

私は、何者なのか。

「わかりません」

私は、正直に答えた。

「でも、一つだけ」

「何だ」

「向日葵を、咲かせます」

私は、真っ直ぐレオンを見た。

「父が、言いました」

「父?」

「この国が、確かに存在したという証として」

私は、懐から種を取り出した。

「これを、蒔きます」

レオンは、種を見た。

しばらく、じっと見つめていた。

その目に、何かが浮かんでいた。

懐かしさ?

悲しみ?

「向日葵か」

レオンが、小さく呟いた。

「はい」

私は頷いた。

「いつか、必ず」

レオンは、種を見つめ続けた。

そして、小さく微笑んだ。

初めて見る、レオンの微笑み。

不器用だけど、優しい微笑み。

「なら、手伝ってやる」

レオンが言った。

「え?」

「向日葵を咲かせるの、手伝ってやる」

レオンは、私を見た。

「お前一人じゃ、無理だろう」

「でも」

「俺も、向日葵が好きだ」

レオンの目が、少し優しくなった。

その言葉に、私は何も言えなかった。

胸が、熱くなった。

この人も。

何かを、失ったのだろう。

大切なものを。

私と同じように。

「ありがとうございます」

私は、涙をこらえて言った。

「よろしく、お願いします」

レオンは、小さく頷いた。

そして、また火を見つめた。

沈黙が、落ちた。

でも、先ほどとは違う。

少しだけ、暖かい沈黙。

マルタが、微笑んでいた。

この人なら、信じられる。

そう思った。

その夜。

私は、なかなか眠れなかった。

マルタは、すぐに寝息を立てている。

疲れているのだろう。

レオンは、洞窟の入口で見張りをしている。

背中が、月明かりに照らされている。

私は、起き上がった。

そっと、レオンに近づく。

「眠れないのか」

レオンが、振り返らずに言った。

「はい」

私は、レオンの隣に座った。

「少し、お話ししてもいいですか」

「ああ」

レオンは頷いた。

二人で、外を見た。

月が、綺麗だった。

星も、たくさん見える。

私は、レオンを横目で見た。

その横顔に、深い影が見える。

傷。

たくさんの、傷。

レオンの手にも、古い傷がたくさんある。

どれも深く、痛々しい。

この人は、どれだけ戦ってきたのだろう。

何と戦ってきたのだろう。

そして、何を失ったのだろう。

「レオンさん」

「何だ」

「あなたは、なぜ暗殺者に」

レオンは、しばらく黙っていた。

そして、ぽつりと言った。

「復讐だ」

それだけ言って、また黙った。

私は、何も聞かなかった。

この人の目が、それ以上聞くなと言っていた。

復讐。

誰に対する復讐なのか。

何を失ったのか。

いつか、話してくれるかもしれない。

今は、そっとしておこう。

沈黙が、落ちた。

でも、不思議と心地よい沈黙だった。

「妹を、思い出した」

レオンが、急に言った。

「妹?」

「ああ」

レオンは、月を見上げた。

それ以上、何も言わなかった。

妹。

きっと、大切な人だったのだろう。

私は、向日葵の種を握りしめた。

この人も、何かを失ったのだ。

私と同じように。

「レオンさん」

「何だ」

「一緒に、向日葵を咲かせましょう」

私は、真っ直ぐレオンを見た。

レオンは、少し驚いた顔をした。

そして、小さく頷いた。

「ああ」

その言葉に、私は微笑んだ。

この人と一緒なら。

きっと、向日葵を咲かせられる。

父上との約束も。

レオンの妹への想いも。

全部、向日葵に込めて。

私たちは、しばらく月を見ていた。

沈黙。

でも、暖かい沈黙。

二人の間に、何かが生まれた気がした。

信頼。

絆。

まだ、名前はつけられない。

でも、確かにそこにある、何か。

「寝ろ」

レオンが言った。

「明日も、早い」

「はい」

私は立ち上がった。

「おやすみなさい」

「ああ」

私は、マルタのそばに戻った。

毛布に包まる。

心が、暖かかった。

レオンがいる。

この人が、守ってくれる。

そして、一緒に向日葵を咲かせる。

私は、安心して目を閉じた。

そして、眠りに落ちた。

翌朝。

私たちは、リベルタを目指して歩き出した。

レオンが先頭。

私とマルタが、後ろを歩く。

森を抜ける。

開けた場所に出る。

遠くに、街が見えた。

城壁に囲まれた、大きな街。

海が見える。港に、たくさんの船。

「あれが、リベルタだ」

レオンが言った。

自由都市リベルタ。

帝国も手を出せない、中立の街。

私の、新しい人生の始まりの場所。

「ようやく、着いたんですね」

私は、微笑んだ。

「ああ」

レオンは、歩き出した。

私は、その背中を追う。

灰色の狼。

そう、この人は狼だ。

孤独で、傷ついた狼。

でも、私を守ってくれる、優しい狼。

レオンの背中に、朝日が当たっている。

灰色の髪が、光を受けて輝いている。

その姿が、とても頼もしかった。

私は、前を向いた。

リベルタへ。

新しい人生へ。

レオンと共に。

マルタと共に。

そして、いつか。

向日葵を、咲かせる。

それが、私の使命。

転生者としての、使命。

そして、レオンの妹への、約束。

名前は、まだ知らない。

いつか、教えてくれるだろう。

その日まで。

私たちは、共に歩く。

灰色の狼と、向日葵の王女。

私たちは、リベルタへと歩いていった。

希望を胸に。

新しい未来へ。

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