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第四話 王宮の宴

 その日の夜、王宮は光に包まれていた。

 幾百もの燭台と香炉が置かれ、黄金の壁面は炎のゆらめきに照らされて赤く輝き、天井の宝石飾りは星空のように瞬いている。


 庭には楽師や舞姫が待機し、広間には王侯貴族と重臣たちが色鮮やかな衣を纏ってずらりと並んでいた。

 王の誕生祝いの宴は、この国にとって最大の祭儀のひとつである。人々の視線は、玉座のすぐ下の舞台に控える二人の王女に注がれていた。


 燃えるように波打つ緋色の髪を金の髪飾りで結い上げ、深紅のヴェールと薄絹を纏った第一王女ラーニア。

 その隣に並ぶのは、ゆるやかに波打つ淡い金の髪をその背に垂らし、透き通る水色のヴェールと薄絹に包まれた第二王女アーシャ。


 ──同じ父を持ちながら、二人の姿はあまりに対照的だった。


 合図とともに、弦楽が鳴り響く。

 広間の空気が張りつめ、王の前で姉妹の舞が始まった。


* * *


「さすが、“ザフラーンの紅い宝石”……見事な美しさだな……」


 ラーニアの舞は鮮やかに燃える炎そのものだった。

 大きく弧を描くしなやかな腕、優雅な足さばき、ひとたび紅い衣を翻せば、纏う薄絹が紅い花弁のようにふわりと舞い、舞台の上で鮮やかに咲き誇る。

 小麦色の豊満な体に紅い薄絹を纏い舞う姿が艶やかな色香を放っていた。ラーニアが客席に向けて熱い視線を投げるたび、重臣や貴族たちは魅了され、目を細めて見惚れた。


 対して、アーシャの舞は月明かりを受ける清らかなせせらぎのようだった。

 指先の揺れひとつまで繊細で、淡い水色の薄絹は水面の光をすくうように柔らかく流れる。彼女の白い肌は舞台を囲む灯火を受けて真珠のように輝き、淡い金の髪は薄紅の光を帯びて煌めいた。

 アーシャの舞に合わせ、ヴェールと薄絹を飾る白金の鎖が輝き、藍玉の雫が揺れる。


 この砂漠の国では、褐色や小麦色の肌こそが当たり前。艶やかな小麦色の肌に赤毛のラーニアは燃える太陽のように人目を引くが──アーシャは異国出身の母譲りの珍しい容姿ゆえに、宴の舞台の上でひときわ浮き上がって見えた。


「……あれが、“ザフラーンの白い花”……」


 舞うアーシャの姿に、広間のあちこちで息を呑む声が漏れた。

 ラーニアの艶やかさと並べばこそ、アーシャの清らかな姿はひときわ際立つ。水色の薄絹は月を受ける水面のように澄み、白く華奢な体を包んで、彼女自身が光を宿した女神のように見えた。


「なんと可憐で清らかな……」

「これほど美しい姫君だったとは……」


 囁きが広間に広がり、ラーニアの耳に届いた。舞を続けながらも、彼女の表情がわずかに険しくなる。


 そのとき、客席の最前列の中央。

 褐色の肌に豊かな黒髪を持つ美しい青年が、ただひとり瞬きを忘れたかのように舞台を見上げていた。ラーニアの婚約者、ファリードである。


 その琥珀色の瞳は、舞うアーシャの姿を捕らえて離さなかった。

 繊細な袖のひと振り、しなやかな足の一歩、光に照らされた真珠のような頬、煌めく紫水晶の瞳──すべてが彼の胸を打ち、目を奪った。


 アーシャの隣で艶やかに舞う婚約者には目もくれず、彼の熱い視線はただひとりに注がれていた。


 その熱を帯びた視線に、最初に気づいたのはラーニアだった。

 舞の最中、最前列に座っている婚約者にちらりと視線を送った瞬間、ファリードの眼差しが誰に向けられているかを悟ったのだ。

 弧を描く紅い唇の奥で、歯が音を立てて噛みしめられる。扇を握る手に力がこもり、優雅な舞いがわずかに乱れた。


 ──許せない……あの人が、私ではなくアーシャを見ているなんて……。


 鳶色の瞳が燃えるように揺らぎ、怒りが彼女の頬を赤く染めた。


 そして、もうひとり、その視線に気づいていた者がいた。

 離宮から随行してきていた衛兵、ターリクである。


 アーシャの舞う舞台の脇にある柱の陰から広間全体を見守っていた彼の青い瞳は、ファリードの執拗な視線を正確に捉えていた。

 舞台に立つ王女アーシャを見つめるあの眼差しには、礼儀も忠義もなく、ただ熱と欲望の色が混じっている。


(……あの男、王女様に……)


 ターリクは拳を握りしめた。

 ファリード・アール・カリーム……第一王女ラーニアの婚約者で、名門カリーム家の嫡男。

 今夜は王のための宴席。それに、これだけのことで貴族相手に剣を抜くことはできない。けれど心の奥で、危機の炎が燻り始めるのを確かに感じていた。


* * *


 舞が終わった。

 二人の姫が静かに袖を広げて跪くと、広間は大きな拍手と歓声に包まれた。

 玉座からは、シャフリヤール王の笑みと頷き。

 そして列席の貴族たちからは、惜しみない賛美の声。


「素晴らしい! まさに光と影の舞!」

「姉妹でありながら、これほどの対比が見られるとは!」


 アーシャは、ほっと小さく息をついた。

 舞を乱さず終えられたことだけで胸がいっぱいで、誰がどんな視線を注いでいるかなど気づきもしなかった。


 だが、広間に渦巻く視線は確かに彼女アーシャに注がれていた。

 ラーニアの嫉妬と、ファリードの熱い眼差し、そしてターリクの懸念。

 そのすべてが交差するなかで、光と影の姉妹の運命は大きく動き始めていた。

次回、第五話「燃える瞳」


宴の余韻に揺れる王宮。

アーシャを「清らかな花」と讃える声が広がり、姉ラーニアの胸には嫉妬の炎が燃え始める。

そして──婚約者ファリードの視線は、妹アーシャに注がれていた。

交錯する想いの中で、執念に燃える紅い瞳が、彼女の運命を大きく狂わせていく……。

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