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第二話 ふたりの王女

 ザフラーン王国を治めるシャフリヤール王には、三人の王子と二人の王女がいた。

 三人の王子たちは父王から課された教育を終え、領地の運営を担うためそれぞれが王宮を離れていた。

 王宮に残るのは、美しい二人の王女。

 そのうち、宮廷で常に光を浴びていたのは、王と現王妃カミーラの間に生まれた娘、第一王女ラーニアであった。


 ラーニアはアーシャの二つ年上。生まれたときから国王である父と、当時は愛妾だった母に溺愛され、蝶よ花よと大切に育てられた。国王夫妻から一身に愛情を受けるラーニアの存在は、王宮の華そのものだった。

 太陽のように華やかな笑顔、踊るたびに人々を魅了する舞の才、そして母譲りの豊艶な美貌。

 彼女が歩けば人が振り返り、彼女が笑えば人々は酔いしれた。


 ──まさに「ザフラーンの紅い宝石」と称えられるにふさわしい存在だった。


 一方で、アーシャは遠い異国の王家から嫁いだ王妃リディアから生まれた。アーシャが母から受け継いだその白い肌と淡い金の髪は、この砂漠の民の中ではあまりにも異質だった。


 元より愛妾だったカミーラを寵愛していた父王は、政略結婚で仕方なく娶った王妃から生まれた娘を抱き上げることすらしなかった。

 そして、生来病弱だったリディアは、王女アーシャを産んで間もなく命を落とした。赤子のうちに後ろ盾を失ったアーシャは、自然と王宮の片隅へと追いやられた。


 そして、王妃リディアの喪が開けると同時に、父王はラーニアの母である愛妾カミーラを王妃に据えた。

 王と現王妃は、ラーニアを手放しに愛した。幼いラーニアが舞の真似をすれば、王は笑い、母は拍手を送った。

 その隣に座るアーシャには、誰も目を向けなかった。

 やがて幼いアーシャは人々の輪から離れ、静かな離宮へと暮らしを移していった。


* * *


 ラーニアは成長するにつれ、ますます華やかさを増した。

 燃えるような緋色の髪と美貌は母譲り。小麦色のそのしなやかな肢体は人々を魅了し、くっきりとした鳶色の瞳の輝きは炎のように熱かった。


 まだ少女とはいえ、王妃の教えを受けて磨かれた舞は優雅で艶やか。楽に合わせて舞えば、その場の誰もが息を呑んで見惚れた。


「ラーニア様こそ、次代の王妃にふさわしいお方」

「いずれは他国の王子たちからこぞって求婚され、王妃として輿入れされるだろう」


 宮廷では、そう囁かれるのが常だった。


 そして、年頃を迎えたラーニアは大輪の花のように美しい王女に成長した。母譲りの美貌は更に輝きを増し、しなやかで豊満な体は男たちの視線を攫う。


 ラーニアが社交界に顔を出すようになると、美しいもの──特に整った顔立ちの若い男に関心を示すようになった。

 ラーニアは特に夜会を好み、美しい近衛兵や侍従を連れては艶やかに着飾って出かけていき、夜更けまで遊んだ。時折、明け方に戻ることもあったが、咎める者は誰もいなかった。


 ラーニアは昼間も美しく着飾り、王宮で艶やかに咲いた。近衛兵が訓練に励む姿を見かければ、必ずと言ってよいほど足を止めて見学に訪れる。


 ラーニアの様子を見て、周囲は笑いながらも「王妃様譲りで、ラーニア様はお目が高い」と噂した。


* * *


 対照的に、アーシャの暮らしは質素で静かだった。彼女は離宮の庭で花を世話し、書を読み、侍女と小さな刺繍をする日々を送っていた。

 王宮の喧噪とは無縁の生活は、孤独でありながら、彼女をより清らかに映した。


 血の繋がる父王から冷遇されながら、淋しい離宮に追いやられても、誰を恨むでもなく微笑む心優しい王女。その可憐な清廉さに惹かれる者は少なくなかった。


 年頃を迎えたアーシャも美しく成長し、離宮でひっそりと咲く可憐な姿に密かに想いを寄せる者がいた。

 暇さえあれば、離宮に足を運ぶ近衛兵が一人──彼はいつも離宮の庭先で彼女を見守り、アーシャが花に水をやるときには、密かに手助けを申し出た。異国の珍しい菓子を取り寄せてはアーシャに贈り、微笑んで小鳥たちと分け合う姿を目を細めて見つめていた。

 けれど、その姿はすぐにラーニアの目に留まった。


「この私よりも、アーシャに目を向けるなんて──」


 その近衛兵は名家の出身だったが、ほどなくして僻地の砦へと転属を命じられた。


 また、離宮の侍女の中にも、アーシャの境遇に深く同情し、密かに寄り添い慰める者がいた。

 だが、やがて「役立たず」との理由でラーニアに退けられ、離宮から姿を消した。


 そうした出来事が重なるにつれ、王宮の人々は皆、アーシャを更に遠巻きに見るようになった。

 心優しい不憫な王女に同情はあっても、関われば自分の身を危うくする──その恐れが彼らを一層遠ざけたのだ。


 だからこそ、アーシャの周囲には常に影があった。

 誰も近づかず、誰も名を呼ばない。

 彼女が微笑んでも、それに真っ直ぐ応える者はいない。


 けれど、アーシャは静かに生き続けた。

 母から授かった白い肌と淡い金の髪を恥じることなく、日陰の庭で凛と咲く花のように。


* * *


 一方、ラーニアは光を集め続けていた。

 人々は彼女の艶やかな舞に喝采を送り、堂々としたその姿を未来の王妃と讃えた。

 ラーニア自身もまた、離宮に暮らす妹など眼中にないとばかりに、自らの美貌と魅力に誇りを抱いていた。


 ──けれど、その誇りはやがて大きな影を落とすことになる。


* * *


 アーシャは池の畔に腰を下ろし、澄んだ水面に映る自分の姿を見つめていた。

 宮殿の光を浴びて笑う姉の姿を思い出しながら、そっと紫の瞳を伏せる。


「……お姉様は、光そのもの。私は……」


 声は水面に溶け、波紋とともにかき消えた。


 そのとき、背後で硬い足音が響いた。

 振り返れば、青い瞳を持つひとりの青年──ターリクが、静かに佇んでいた。


「王女様、お加減が優れないのでは……」


 気遣うような彼の眼差しには、光の下に咲く花ではなく、日陰にひっそりと咲く花を見つめる誠実さが宿っていた。


 この離宮に、門を守る衛兵として配属されたターリクだったが、近衛兵のいない王女アーシャの身辺警護のため、王女の身の回りにも目を光らせるようになっていた。

 アーシャの離宮は王女が住むにはあまりにも小さく、門からも王女の庭がよく見える造りになっていた。それが幸いして、ターリクは門を守りながらアーシャを見守ることができた。


 衛兵には過ぎた振る舞いだと、彼も分かっていた。だが、アーシャがあまりにも無防備で、近付かずにはいられなかった。

 皆、遠巻きに見てはいるものの、心優しいアーシャを不憫に思う者ばかり。誰も何も言わず、遠くから見守っていた。


「ターリク、大丈夫よ……いつもありがとう」


 アーシャはターリクを見つめて微かに微笑んだ。

 ──彼が傍にいる限り、私は孤独ではない。


 けれど、その微笑の裏で、光と影の姉妹の運命は、確実に分かれ始めていた。

次回、第三話「宴の準備」


王の誕生祝いの宴を前に、姉妹は父王に捧げる舞の稽古に臨む。

華やかな緋色の衣を纏う第一王女ラーニアと、母の形見である水色の衣を纏う第二王女アーシャ。

光と影の舞が並び立つとき、姉妹の間に芽生えるのは優雅な競演か、それとも静かな対立か──。

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