第三十話 星と花の誓い
※ エピローグ前の最終話です。
その日、サフィールの空は雲ひとつなく晴れ渡り、朝から国中に祝祭の鐘が鳴り響いていた──
今日は、二十年ぶりに帰還した王子ターリクと、彼が連れ帰った花嫁アーシャの婚礼の日。城も街も華やかに飾られ、老若男女がこの日を祝うために集まっていた。
サフィール宮殿の大広間は、荘厳な美で満ちていた。
高い天井には瑠璃色と金で描かれた星空のような緻密な文様が広がり、壁には白い砂漠の大地や美しいサフィールの海を表す装飾が施されている。
白い大理石の床には淡い青色の花びらが撒かれ、白金の香炉からは甘やかな香りが漂っていた。
楽師たちが奏でる優美な弦楽の音が空気を満たし、参列する貴族や兵士たちは整然と並び、王家の威光と祝福の心を一つにしていた。
白い聖衣を纏う大神官が控える祭壇の前には、紺青の正礼装に白金のサッシュを纏い、青い大綬章とサファイアが輝く銀の星章を身に着けた凛々しいターリクの姿がある。
──そして、大広間の白い扉が大きく開かれ、花嫁が姿を現す。
(アーシャ様……)
花嫁を待ち侘びていたターリクの青い瞳が見開かれる。純白の花嫁装束を纏ったアーシャのあまりの美しさに目を奪われたのだ。
彼だけではなく、大広間にいる全ての視線が、アーシャに注がれた。
「何とお美しい……」
「まるで、純白の花のような……」
参列者が見惚れる中、純白のドレスを纏ったアーシャが静かに歩みを進める。
薄紅色に煌めく淡い金の髪は美しく結い上げられ、透き通る純白のヴェールの上には、青いサファイアがあしらわれた白金のティアラが輝いている。
美しい真珠の輝きが耳と細い首元を飾り、その体を包む純白のドレスには細かなダイアモンドがいくつも散りばめられ、繊細な輝きを放っている。
細い腰に巻かれた白金の帯には、国王夫妻から贈られた大きなサファイアの留め飾りがあしらわれ、ティアラと共に、サフィール王家の象徴である“蒼の輝き”を纏っている。
白いヴェール越しに見える、真珠のような白い頬はほんのりと薄紅に染まり、少し伏せられた長い睫毛が儚げな影を落としている。その愛らしい唇は、咲いたばかりの淡い薔薇の花弁のように瑞々しい。
アーシャがゆっくりと歩みを進めるたび、純白のレースの裾から静かな衣擦れの音が響き、その姿の美しさに参列者たちがため息を漏らした。
「アーシャ様……」
目の前に立つ花嫁を、陶酔したような眼差しで見つめるターリク。
少し恥ずかしそうに微笑んだアーシャを愛しそうに見つめると、白いレースの手袋に包まれたアーシャの両手をそっと握る。
紫水晶の瞳を潤ませ、彼女は真っ直ぐにターリクを見上げた。
二人は、見つめ合ってから、揃って祭壇の方を向いた。
かつてザフラーンの王宮で『日陰の花』と呼ばれ冷遇されていた少女は、今や万人に祝福される『サフィール王家の花嫁』として、確かにここに立っていた。
大神官が厳かに誓いの言葉を読み上げる。
ターリクは一歩進み出て、胸を張って声を響かせた。
「一生涯をかけて、私の全てをかけて妻アーシャを守り、愛すると誓います」
その真っ直ぐな言葉は大広間に響き渡り、兵士たちの胸を打った。
アーシャは小さく息を整え、震える声ながらも真っ直ぐに答える。
「夫ターリクだけを愛し、生涯を共に歩むことを誓います」
その瞬間、サフィール王と王妃は溢れる涙を拭いきれず、立ち上がった。
涙を押さえながら、笑顔で二人を祝福する。
そして、指輪の交換が行われる。
花嫁の手を包む白い手袋をターリクが外し、サファイアが輝く白金の指輪をアーシャの左手の薬指にそっと嵌める。続いて、アーシャもターリクの手袋を外すと、震える指でサファイアが嵌め込まれた白金の指輪を嵌めた。お互いの指輪には、揃いの星と花の意匠が刻まれている。
王と王妃、大広間中から盛大な拍手が送られる。温かな祝福に包まれながら、二人は微笑んで深々と一礼した。
(かつては居場所を失い、存在すら否定されたわたしが──今、こうして光の中で祝福されている……)
アーシャの胸には熱いものが込み上げていた。
冷たく背を向け続けていた父王とは違う──今度こそ温かい家族に迎え入れられるという実感に、心の奥が救われていく。
涙を浮かべて微笑むアーシャを、ターリクはこの上なく愛しそうに見つめていた──
* * *
式が終わると、二人は白馬に曳かれた馬車に乗り込み城門をくぐった。美しい装飾が施された白い馬車には、青い花々が飾られている。
サフィールの城下では、二人の登場を待ち侘びていた人々が大勢集まっていた。馬車の姿が見えてくると歓声を上げ、二人のために淡い青色の花弁を空高く舞わせる。
「おめでとうございます! ターリク王子殿下! アーシャ王子妃殿下!」
花弁は風に乗ってひらひらと舞い降り、二人の頭上を祝福の雨のように覆った。
「綺麗な王子妃さま! おめでとうございます!」
可愛らしい子どもたちの祝福に、二人が笑顔を向けて、微笑み合う。
ターリクは笑顔で堂々と手を振り、アーシャも涙に笑みを混ぜながら手を振り返す。
王家の凛々しい花婿と美しい花嫁の姿に、人々の歓声は一層高くなった。
* * *
サフィールの海が薄紅色に染まり始める頃、ふたりは再び城へ戻った。
広い露台に並んで立ち、眼下に広がる広大な海と美しい城下を見渡す。
「アーシャ様、お疲れでしょう……もう、休みましょうか」
気遣う眼差しのターリクに微笑むと、アーシャは微笑んで首を振る。
「もう少し、この景色を見ていたいの……あなたと一緒に……」
「アーシャ様……」
ターリクが愛しそうにアーシャを抱き寄せると、淡い金の髪にそっと口付ける。
二人は寄り添って、夕陽が輝く海と城下の景色を見つめた。城下では早くから灯りが煌々と輝き、二人の門出を祝う祝祭が続いている。
「……わたし、この国の王子妃として、きちんとやっていけるかしら……」
「アーシャ様……私が傍にいます。少しずつ、一緒に進んで行きましょう」
ターリクの頼もしい言葉に、アーシャが安堵の表情を浮かべて微笑む。
やがて、夕陽が沈み、紺碧の夜空に次々と花火が打ち上がった。
金銀の光の花が夜空にいくつも咲き、星々と交わり、二人を照らす。
──砂漠の星と白い花が、ついに大衆の前でも結ばれた瞬間だった。
ターリクは隣に立つアーシャの手を取り、囁く。
「あなたと共に歩む未来こそ、私のすべてです……愛しています。アーシャ様……」
涙を浮かべたアーシャは微笑み、頷いた。
「わたしも、ターリクだけを愛しているわ……ずっと、傍にいてね……」
微笑んだターリクは、アーシャを抱き寄せると涙を優しく拭い、顔を寄せる。訪れた柔らかな感触に頬を染めたアーシャは、そっと瞼を閉じた。
いつまでも寄り添う二人を、夜空の光が照らしていた。
こうして、祝福の歓声と花火に包まれながら、ふたりの未来への誓いは、誰の前にも揺るがぬものとして刻まれた──
✧ 次回予告(本編完結) ✧
エピローグ ―蒼き海に咲く未来―
サフィール王国で迎えた新しい日々。
蒼き星と白い花が重なり合うように、ふたりの物語は、新たな一歩を刻み出す──




