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プロローグ ―月夜の砂漠で―

この物語は──冷遇されながらも健気に咲く王女アーシャと、許されぬ想いを胸に彼女を守り続ける衛兵ターリクの、主従ラブロマンスです。


第一章・第二章では王宮に渦巻く愛憎劇を。

第三章からは、二人の逃避行を通して、葛藤や募る想いを描いていきます。


主従を超えた禁断の恋の行方は、第五章で明かされる真実と共に──

(序章、第一章〜五章、終章の構成で、全32話)


⚠ プロローグは世界観の導入です。

本編の第1話からでもお読みいただけます。


挿絵(By みてみん)

※ 表紙風のイメージイラストです。

 ──砂漠の夜は、月の光に支配されていた。


 天蓋のように広がる紺碧の空には無数の星が瞬き、白銀の月は地上を幻のように照らしている。

 砂丘は波のように連なり、淡く輝く稜線が果てしなく続いていた。風が吹くたび、さらさらと白い砂が舞い上がり、宙に散る光の粒が星々と溶け合う。


 その静謐せいひつな光景のただ中に、ふたつの影があった。


 ひとつは、一頭の駱駝らくだの背に座る華奢な体。

 少女は薄紫の装束と薄絹のヴェールを纏い、月光を受ける姿はまるで砂漠に咲いた一輪の花のように淡く輝いていた。

 その肌は真珠のように白く、背で波打つ長い髪は美しい朝焼けの色を纏う淡い金の髪。大きな紫水晶の瞳は、夜明けの空のように澄んでいる。


 駱駝の手綱を取り、傍らに寄り添うのは、淡い褐色の肌を持つ青年。切れ長の青い瞳は夜の深さを静かに宿し、月明かりが群青の服に黒い外套を纏った彼の精悍な輪郭を鮮やかに描き出す。


 遠く、風が砂を巻き上げる音がした。

 少女は思わずヴェールを押さえ、傍らを歩く青年を見下ろす。


「……どこまで、行けば良いのかしら……」


 かすかな声は、夜に溶けて消えそうに儚い。

 青年は一瞬だけ彼女を見上げた。

 その瞳には、迷いもためらいもなく、ただ確かな決意だけがある。


「──行けるところまでです。王女様……あなたが安全にお過ごしになれる場所まで、どこまでも……」


 それ以上の言葉はいらなかった。

 少女の胸に広がるのは、少しの不安と安堵の入り混じった温もり。月に照らされた彼の横顔を見つめながら、少女はかすかに微笑んだ。


「夜も更けました……風が当たらない場所で休みましょう」


 気遣うような響きの低い声に、少女が頷く。

 駱駝の背から降りようとした瞬間、夜風に煽られて体勢を崩し、少女の体がぐらりと傾いた。


「──っ」


 咄嗟に伸びた逞しい腕が、彼女を抱きとめる。


 胸と胸が触れ合う距離。月光に照らされる瞳が交錯する。息が触れ合い、時が止まったかのように周囲の静けさが深まった。

 少女の心臓が大きく跳ね、頬が熱を帯びる。


 青年はほんの一瞬、その細い腰を抱き締めそうになった。だが瞳を伏せ、抑えるように腕の力を緩めた。

 壊れ物を扱うように、そっと少女の足を砂地に下ろす。


「……王女様、お怪我は」

「大丈夫よ……」


 短く言葉を交わした声は砂に吸い込まれ、すぐに夜に溶けていった。

 少女の胸には、灯された熱が確かに残ったまま……。


 月に照らされた二人の影はひとつに寄り添い、星空と溶け合うように伸びていく。

 宙には白い砂塵が漂い、煌めく粒子は光の幕となって、二人を隔絶された夢の世界へ閉じ込めていた。


 少女はまだ知らなかった。

 これから、どんな旅路が彼女を待ち受けているのかを……。


 青年もまた、許されない密かな想いを胸の奥に沈めたまま、ただ静かに寄り添っていた。自身でも、その想いに気づくことなく──


 ──砂漠の夜は、幻のように美しく、そして残酷だ。

 それでも、少女にとってこの瞬間だけは、夢のように永遠であってほしかった。


 月は静かに砂を照らし、二人の影を長く引き延ばしていく。やがて夜明けが来ることを告げるように。


 けれど、その安らぎを許さぬ気配が、すでに王宮の影で蠢いていた──

次回、第一話「日陰に咲く花」


沙漠のオアシスにあるザフラーン王国。

王宮の片隅の離宮で、冷遇されて育った第二王女アーシャ。

ひっそりと咲く「白い花」に寄り添うのは、ただ一人、衛兵ターリクの誠実な眼差しだった。

孤独な日々の中で芽生える温かな絆──しかし、花の微笑みを脅かす影は、すでに忍び寄っていた。

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