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第十二話 星降る夜の逃亡

⚠ このお話は、戦闘シーンや流血表現等が含まれます。

 夜半を迎えた王宮。

 アーシャの暮らす離宮は、不気味なほど静まり返っていた。


 寝台には、熱が下がったばかりのアーシャが眠っていた。アーシャは夕食後に眠りに落ちてから目覚めず、湯殿の準備をして待っていた侍女たちはターリクが下がらせた。

 ターリクは、彼女の寝顔をじっと見守っていた。


 ──守る。どんな刃が迫ろうとも、この方の命だけは……。


 その胸に宿る決意は、あの夜のリディア王妃の言葉を思い起こさせる。『この子を守ってあげて欲しい』と細い声で告げられた日のことを……小さな王女を抱いたあの感触が、今も腕に残っている気がした。


 ふいに、風が鳴った。

 わずかに開いた格子窓が揺れ、夜気とともに不穏な気配が流れ込む。


 ──来たか……。


 ターリクの青い瞳が鋭く光る。

 剣の柄にそっと手を添えたその瞬間、扉の外から低い衣擦れの音が重なり、次いで金具がかすかに鳴った。


 寝所の静寂が、鋭い破砕音で引き裂かれる。

 黒衣の影が三つ、窓から、扉から、同時に飛び込んできた。刃が月明かりを受けて鈍く光る。


 アーシャが小さく呻き声を上げた。

 まだ夢の中にいるのか、瞼は閉じたまま──


「……お守りします」


 低く呟いた声とともに、ターリクの身体は即座に動いた。寝台を背に庇いながら剣を抜き放つ。鋼の響きが闇を裂き、最初に迫った刺客の刃を受け止めた。


 火花が散り、鋭い衝撃が腕を震わせる。

 しかしターリクの足は一歩も退かない。

 彼の立ち位置はただひとつ──王女の傍ら。そこから退くつもりは、微塵もなかった。


 「殺せ!」


 短く叫ぶ声とともに、三人の刺客が同時に襲いかかる。刃が三方向から閃いた。


 ターリクは身を低く沈め、前方からの一撃を受け流すと同時に、逆手に取った短剣で相手の左胸を突いた。刺客が声もなく崩れ落ちる。


 二人目が背後に回り切りつけようとした瞬間、ターリクは剣を円を描くように振り抜いた。刃が暗闇を裂き、相手の手首を叩き落とす。血飛沫と共に短剣が床に転がる。


「ぐっ……!」


 呻く刺客の喉元に、ターリクは容赦なく鋼を突き込んだ。


 三人目は、仲間の死に怯むどころか、さらに猛り狂ったように飛び込んできた。毒を塗った刃が月光を受け、暗緑色に鈍く光る。


 ターリクは一瞬も目を逸らさず、その軌跡を見切った。


 刃が迫る直前、床を蹴って低く踏み込み、相手の懐に身を滑り込ませる。青い瞳が冷徹な光を放ち、剣が一閃した。

 首筋を裂かれた刺客が、音もなく崩れ落ちる。


 床には、三つの影が横たわっていた。


 ターリクは剣先を床に下ろし、深く息を吐いた。

 寝台を振り返ると、アーシャがわずかに眉をひそめ、小さく呻いている。夢の中で恐怖を感じているのだろうか。


 彼は血に濡れた剣を拭うことも忘れ、再び枕元に膝をついた。

 握った剣を離さず、もう一方の手で彼女の細い手を包む。


「……大丈夫です。あなたは、私が必ず……」


 その声は、誰に聴かせるでもない、ターリク自身への誓いだった。


 しかし、廊下の奥から再び物音が響く。

 まだ終わっていない──いや、今夜が本当の始まりだ。


 ターリクの青い瞳が鋭く細められる。

 外には、まだ刺客が潜んでいる気配がした。

 この離宮の衛兵は少なく、その衛兵も、もはや信用はできなかった。


(夜が明けるまで、ここを守り切れるか……いや──)


 思考の果てに、ターリクにはひとつの答えが浮かんだ。

 この王宮には、もはや安息はない。王女アーシャを守るためには、一刻も早くここを出なければならない。


 剣を握る手に、力がこもる。


「……ターリク?」


 不意に柔らかい声が響いた。目を覚ましたアーシャがゆっくりと体を起こす。

まだ付けられたままだった薄紫のヴェールの金の留飾りが、かすかな月明かりに煌めく。


「……王女様。夜が明ける前に、ここを出ましょう」


 囁くように告げたその声は、静かだが決意に満ちていた。だが、目覚めたばかりのアーシャは困惑の表情を浮かべる。


「……ターリク、何を言って……──っ!?」


 破られた窓と扉から差し込む月明かりに照らされて、アーシャの瞳に室内の惨状が映し出される。


(怖い……! これは、私を殺しに来たの……? どうすれば良いの……!?)


 声も出せず、震えだしたアーシャの肩を落ち着かせるように左手で包むと、ターリクが口を開く。


「王女様、まだ刺客の気配がします。直ちに王宮を出なければ危険です」


「……でも、わたし、どうすれば……」


 震える声に、ターリクは静かに言葉を落とした。


「……王女様のお名前は、リディア王妃様がお名付けになりました……『光に満ちた、長く幸せな人生を歩んでほしい』──と」


 その言葉に、アーシャの瞳が大きく揺れた。胸の奥に、覚えのないはずの母の面影が浮かび、熱い涙が溢れる。


「……お母様が……」

「ここにいては、その願いは潰えてしまいます……どうか、私と共に」


 ターリクの掌が、アーシャへ差し伸べられる。


(怖い……でも、ターリクが一緒なら……)


 アーシャは震える手を口元に当て、嗚咽をこらえながらも、静かに頷いた。差し出されたターリクの手を震える手で握る。


 二人は着替える間もなく、黒い外套を羽織り破られた窓から離宮を抜け出した。その背後には、血と死の匂いが濃く残る王女の寝所が静まり返っていた。 


 あたりには、まだ刃を握る刺客たちの気配が渦巻いている。


 外套を纏った震える肩を抱くよう柱の陰に隠れると、ターリクはあたりの様子を窺う。充分に気配を探ってから、アーシャの細い手を取って王宮の影を縫う。月明かりに浮かぶ石畳の上を、ただひたすらに前へ進んだ。


 夜空には星々が銀色に輝き、二人を照らしている。


「王女様、失礼します」


 ターリクが小声で囁いた。

 少しふらついているアーシャを静かに抱き上げると、離宮を囲む塀へと急ぐ。刺客の気配を探りながら、近接する兵舎の脇の倉庫から梯子を出し、離宮から見えない位置にそっと立てかけた。

 ターリクが梯子を登って外の様子を確認すると、すぐにアーシャの元へと降りてくる。


「私が支えていますから、塀の上まで登ってください」


 アーシャは少しだけ戸惑う様子を見せたが、決意を固めた瞳で頷き、梯子へと足を掛けた。

 アーシャが塀の上まで辿り着くと、ターリクがすぐに上がってくる。彼は音を立てず梯子を持ち上げると、離宮の外の草地へと立てかけた。


「王女様、先に降りられますか」


 背後を警戒するターリクの視線に、アーシャは頷いて梯子を降りる。

 足を下ろすと、柔らかい草地の感触に、アーシャはほんのわずかな安堵を感じた。

 見上げる間もなく、すぐに降りてきたターリクが、梯子を草地に隠すように倒す。


「失礼します」


 ターリクはアーシャを抱き上げると、早足で薄明かりの灯る城下へと向かう。


 ターリクの首にしがみつくアーシャの瞳には、月明かりに淡く照らされる王都の白い街並みが映っていた。遠く、その向こうには、どこまでも沙漠が広がっている。

 アーシャは、ターリクの肩越しに王宮を見ようとした。だが、寝所での惨状を思い出し、恐ろしくなって彼の胸へと顔を押し付ける。


 安心させるように、震えるアーシャの体を少し強く抱き直すと、ターリクは城下の灯りに向かって駆け始めた。


 夜空の星々はなおも瞬き、逃げゆく二人を見守るように銀の光を降らせていた。

 その先に待つのが希望か、さらなる闇か──誰にもわからなかった。

次回、第十三話「月夜の逃避行」


王宮を後にしたターリクとアーシャ。

迫る追手の影を背に、二人は月明かりに照らされた城下を抜けて砂漠へと駆け出す──。


星降る夜空の下、寄り添う二人の鼓動は不安によるものか、それとも芽生え始めた想いなのか……。


物語は、沙漠を彷徨う第三章へ──


* * *


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第二章までは王宮を舞台に、愛憎劇の渦に巻き込まれるアーシャの姿を描いてきました。


次の第三章からは、アーシャとターリクの逃避行が始まります。

ふたりの距離が近付く中で芽生える想い、すれ違い、そして深まっていくふたりの絆──

ロマンスファンタジーとしての物語が動き出します。


ふたりの物語を最後まで見届けていただけたら、とても嬉しいです。

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